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外の世界【ハクside】

シュパール村長 ハク視点

 幼い頃から私の世界はこの深い森の中が全てで、外に出たいなんて思ってる人はおそらくこの中では、きっと、私だけだった。


 私は昔からこの森が息苦しくてしょうがなかった。伝統とか、恨みとか、()()()()なんて知ったことか。この森の奥には想像もつかない世界が広がっていて、その世界を私は知りたいとずっと思っていた。


 だって悲しいじゃないか。この世にはまだ知らないことがたくさんあると言うのに、知らないまま、知らずに生きていくなんて、そんなこと、絶対に悲しいじゃないか。


 でも、大人はそれを許さなかった。


 外には怖い怖い悪魔のような人しか居なくて、私達を怖い目に合わせる。いつも私達の事を見下していて、恐ろしい事を沢山されるんだよ。

 そう、教え込まれる。


 だからこそ、皆外へ行こうとはしないし、むしろ恐怖と嫌悪を抱く。同い年の村の子供は皆そんな感じで、私は居心地が悪かった。


 更に私は運の悪いことに村長の血筋でもあったから、それはより一層シュパール族の虐げられてきた歴史を学ばされた。それはまるで呪いの様に。恨みや妬み嫉み、ずっとずっと昔から抱いてきた蔑まれた憎しみを。


 ――――――――――――――――――


 14歳の時、それは本当に、突然のことだった。


 シュパールの民は、男であれば、基本的に毎日狩りへ出る。森の動物の命を頂くためだ。14歳ともなればもう一人立ちしており、その日もいつもと同じように狩りに出ていた。


 その日は何故か異様に暑くて、いつもより沢山汗が出た。沢山沢山汗が出て、自分がどこを歩いているかわからない。いつもより遠くに来ているような気もするがそれもよくわからない。そして急にピタリと汗が止まって、私は意識を失った。


 なんだろうこの感じ。何かがいつもと違うような。カラコロとなるこの音、氷の音が心地よく響く。


 遠くで…声が聞こえる…。


『おい。おーい。おーーい。』


『えっとー勉強したんだっ。えっと。あ!!』


「&+=^〒:*○!(こんにちは!)」


 私はペチペチ叩かれる頬の感触にゆっくり目を覚ます。何故か、冷たい。ひんやりする。

 ボワッとぼやける視界の中、目を凝らすと、そこには白い壁で覆われた場所で、フカフカの雲の上に乗っていた。なんだここは。この場所は?一体。


『熱中症だったんだよ?大丈夫?もう、平気?』


 何か知らない人が話しかけてくるが言葉がわからない。自分に何を言っているのかわからなかった。


 おもむろにその男は口元に何か物体を持ってくる。やめろ!私に何をする!


 そう、シュパール語で訴えても通じるわけもなく、スルリと口の中へ入っている。


 ぽわんと広がる食べたことのない味。これはなんだろうか、花の蜜のような甘味があって、それでいて花の蜜ではない。そしてとても冷たい。ひんやりとしていて初めての感覚。でも、とても美味しい。


『これはなぁ、氷菓子っていうんだ。』


 ニコニコその男は私に話しかけるが全く言葉がわからない。私の怪訝な顔を察してか、その男はこの得体の知れない物体を指差した。


「ア・イ・ス」


 大きく口を開けて必死に指を指してそう言うものだから、私も真似をする。


「あい…す?」


 その男は心底嬉しそうな顔をした。どんどん私の口元へ持ってくる。おい、そんなに食べれるかっ!


 そして、今度は満面の笑みで自分を指差す。


「サ・ン・ド」


 ニコニコ嬉しそうな笑顔の男を見て、なんだか心がポカポカしてくるのを感じた。なんでだろう。この男は見たところ外の人間か?服もそんな感じだし。大人の言っていた様にツノも尻尾も生えてるのかと思えば、全然そんな事ないじゃ無いか。ただの私たちと同じ、人間。私は、素直に同じように繰り返した。


「さ…さんど。」


 そう言うと、さんど?は、ワーー!っと拍手をして私の頭を優しく撫でた。撫でられた事など初めてだった。私は人一倍村の皆から変な奴だと言われていたし、親も私を変わり者だとそう言うから。私を褒める人など誰も…いなかった。


 私は頭を撫でられた事が気に入ったのだろうか?何故だろう。いつもは素直になれないのに、今だけはこの優しそうな笑顔に釣られてしまう。おずおずと、私も自分を指差す。


 不思議だな。コイツは、サンドは不思議だ。


「プァ・ク」


 私は自分の名前を口にすると、何故かサンドは、嬉しそうに涙ぐみながら、必死に私の名前を連呼する。なんでだ?シュパールの子供に、なんでこんなに嬉しそうに話しかけるんだ?


「はく!はく!」


 ぶっ……。全然違うよ…!全然!


 でも、不思議と嫌じゃない。その必死で私の名前を呼ぼうとしてくれるところとか、一生懸命シュパールを看病してくれるところとか色々きっと気に入ったんだろうか。


 生まれて初めて会った外の世界の人間は必死に呼ぶくせに名前を間違えちゃうような、ちょっと間抜けで、そして、とてつもなく優しい人。こんな何も知らない様な世間知らずの、しかも()()()()()のガキを受け入れてしまう様な、そんな男だった。




 それから私は、狩りの時間になると毎日森を降りてサンドに会いに行った。生憎、サンドの仕事はほぼいない密入国者などを取り締まる仕事らしいから基本的に暇だそう。サンドは私を見るととても嬉しそうにニコニコ笑ってくれる。


 なんでも、サンドは、シュパールの民に関心があったらしい。


『いやぁ!本当にシュパールはすごい民族なんだ!!』


(なに言ってるかわからないよ。)


「ごめん!えと…シュパール、すごい!!」


 身振りと手振りでお互いの言語を教え合う。森林国境は人気のない警備場所らしく、わざわざ希望する人などいないから、サンドはずっとここにいた。その時間がなによりも幸せで、沢山外の話を聞いた。外の言語を学んだ。だから、数年もすると、私はある程度の会話はできるようになっていた。なんでも、私の話し方は少し丁寧すぎるらしいけど、乱暴なのより絶対良いってサンドが言ったから、この喋り方でいい。今思えば、いつかは見る外の世界で、誤解されない様、優しく丁寧な言葉を教えてくれていたのだろうな。まぁ、隠れて勉強して、汚い単語も覚えちゃったんだけど…。でも、私に優しく真っ直ぐである様にと毎日毎日教えてくれたサンドは、紛れもなく、私の父親の様だった。


 少なくとも、私はそう思っていた。


 ―――――――――――――――――――


 その日はなんだか凄く凄く暑くて、初めて会ったあの日を思い出していた。「無理してくることは無いんだよ」ってサンドは言うけれど、暑くても体調が悪くても絶対行くよ。それに何故かその日は絶対に行かなくちゃって思ったんだ。本当に。何故、だろうね。


「俺、実は子供が生まれるんだぁ〜」


「こっ、こども!?」


 私がびっくりしてサンドを見ると、本当に幸せそうに笑った。


「そう。君にも見せてあげたいなぁ。」


「無理だよ。私は出られないから。」


 私がそういう時、サンドは優しく寂しそうに笑った。


「君は、生きている限り、不自由なんて事はないんだよ。君の前にはどこにも壁なんてものはないんだよ。」


 だって、無理じゃないか。シュパールの民は迫害されている。私なんかが山に降りれば、あっという間に警戒されて殺される。そうだろう?


「そんなの…無理だ。」


「絶対無理じゃないよ。君は何にでもなれるし、なんでもできる。生きてる限り。」


 いつもと変わらない日だった。


 でも、その日のサンドの言葉は今でも忘れられない。あの強い瞳も、強い言葉もずっと心に残ってる。


 そして、その言葉を忘れられない理由。


 それは、この言葉がサンドと交わした()()()()()になったから。



 次の日も変わらず同じ場所へ行った。

 でも、何故かサンドは来なかった。そして、次の日も次の日、その次の日も、毎日毎日通ったのに、サンドが来ることは無かった。


 私はもう、会いたくなくなったのだと思った。

 何年間もサンドがここにいる日はずっと話してきたけど、もう、私のことは嫌になってしまったのだろうか?もう、会いたく…無いのだろうか?


 そう言う悪い考えが頭を過ぎる。

 でも、毎日その場所へ行くことは決して辞めなかった。


 そんな日々を数ヶ月繰り返すと、その日は知らない男が一人立っていた。


 私は警戒しながら、その男を陰から観察していると、突然、その男は叫んだ。


「ここに!シュパール人の男が居ると聞いた!いるなら、危害は加えないから、出てきてくれないだろうか!!」


 私は、怪しいとも思ったがゆっくり、その男の前に顔を出した。何か…知っているのか?来なくなったサンドを。


 すると、心底驚いた顔をして、そして寂しそうに静かに笑った。


「本当に…言葉が通じるのか…。」


「ある程度ならば。」


 私がそう言うと、フーッと息をついて、その男はドサリと地面に座り話始めた。


「俺は、サンドという男の友人だ。あいつの事はなんでも知ってる。子供時からずっと一緒だったし、知らないことなんてなにもなかった。」


「だが、お前の事は知らなかった。何せ、シュパール人との交流は、俺たちは厳禁。絶対にやってはならない事。真面目なあいつがそんな事をしてるなんて全く思っていなかったからな。」


「じゃ…じゃあ、サンドは、この事がバレて来れなくなったのか…。」


「違う。死んだんだ。」


 死ん……だ??


 え、死んだって…サンドがか?どう言うことだ。一体、なにがあった。身体を動かしたわけでも無いのに、自然と息が上がるのがわかる。ヤケに自分の心臓の鼓動が大きく聞こえる。


 私はしばらく意味が理解する事ができなかった。死んだ?サンドが?うそだ!……そんなのうそだ!


「うそだ!!!」


「嘘じゃない。二ヶ月前急に倒れた。本来ならすぐに家に返してやるところだが、ここは森林国境。アイツの体力じゃ無理だった。」


「倒れた?え、なんで…倒れたって…病気か?」


「そうだ。どこかの臓器が病んでいたんだろうな。ここにはまともな医療機関もないからそのまま死んだ。」


 二ヶ月前だって?あの日じゃないのか?来なくなった日の前の日。子供が生まれるんだって嬉しそうに笑ってたじゃないか!

 じゃあ、あの後、すぐにサンドは倒れて…


「もう、死にそうだっていうのに、俺に強く言うんだ。この場所に行って、俺の事を伝えてくれ。きっと不安に思っているって何度も何度も。」


 男は自嘲する様に深く首を垂れる。今思えば、彼もまた、私と同じ様に、サンドの死を受け入れられていなかったのかもしれない。


「俺は、まさか、シュパールの民と交流があるなんて思わないから、なに言ってるんだって言ったんだけど。でも、何度も何度もそう言うから、わかったって……言っちまったんだ。そしたらあいつ……呆気なく逝っちまった。」


 ゆっくりその男は私の方へ向いた。その目が寂しいって切ないって苦しいって叫んでいる。彼の目に映る私も、同じ顔をしている。嫌だよ。寂しいよ。なんで行っちゃったんだよ。サンド。


「まさか、本当にいるとはな。俺は、あいつの事何でも知ってると思っていたが、ったく。本当薄情な奴だな。」


「そんな…死んだって……」


「俺らを置いていくなんて…な?まだ、ガキも生まれてないってのに、全く…最低な野郎だ。」


 死んだ?うそだろ?嘘だと言ってくれ。私はこれからどうやって生きていけばいい。外の世界を教えてくれると約束したのに。お前の子供を見せてくれるとも約束したじゃないか。


 私は、大切な人を亡くした喪失感なのか。心にはポッカリ穴が空いたみたいでその日は家にも帰れなかった。ひたすら森を歩いて、歩いて、サンドを探すけど、もうどこにもいない。この前まで私の隣でなんだか幸せそうに笑ってたのに、優しく、私の頭を撫でてくれていたのに。うそだろ?この世界のどこにも、もうサンドはいないのか。


 何日も何日も何もできない無気力な日々が続いた。サンドのいない生活は思っているよりずっと、ずっと苦しかった。何故サンドは居なくなったのに、世界は変わらない。こんなにも、こんなにも大きな存在だというのに、何故日は昇るんだ。


 しばらくそんな日々を送り、終わりの無い、無意味な問いを自分にし続けてなんとか生きたけど、それでもこれからどうすればいいのかわからなかった。


 でも、私がそこから起き上がれたのは。

 立ち上がれたのは、私に、夢があったから。


 私の夢は外の世界をこの目で見る事、サンドの子供をこの目で見る事。


 だって最後の言葉がそうだったから。私にできない事はないって言ってくれたから。それを現実にしたいって心から思ったから。


 村長になった私が、少しずつ子供に外への憎しみを与えないよう、恐怖を与えないようにすれば変わるだろ?少しでも変わっていけるだろう?私に出来ることがあるのだとすればそれは、変わること。憎しみから子供達を解放すること。


 だって、私は何でもできるんだから。生きている限り。


 それを心に刻んで毎日毎日を生きた。サンドのいない世界も懸命に日々を生きて生きて生きてきたのに…。



 でも、それは、起きた。


 リーブルス教の青のローブを見に纏い、この村を焼く悪魔。まるで、大人に教えられた姿そのものだった。

 目の前で仲間が子供が家が焼けていく。奴らは私達のことを人間とも思っていない。そんな殺し方だった。


 どうしてだ。私は、お前らと仲良くなりたいと思っていたのに、なぜ奪う。なぜ壊す。一体私たちがなにをしたって言うのだ。無理だったのか。あの夢なんて、所詮は妄想だったのか。大人の言うことは本当だって言うのか。シュパールの民は、外で暮らす夢すらも持ってはならないというのか。


 私は恨んだ。恨んでしまった。

 外の世界を心から憎んだ。憎んでしまった。


 だって、こんなにも必死で積み上げてきた物。外へのしがらみや、憎しみを少しでも消そうと努力してきたのに、彼らは平気で踏みにじる。


 見ろよ。この顔、怯えた子供達の顔。少し前までは外はどんなところなの?ってワクワクした目で私に質問してたんだ。これじゃあ、外に行きたいなんて思えるわけないよな。間違いなんかじゃなかった。親や大人が言う私達を侮蔑する人々がいると言うこと。憎しみを教える事で、私達(こどもたち)が傷つかない様守ってもいたんだよな。


 もう、死んでも構わない。だから、だからせめて全てを外の世界の人間を血で染めてやるって思った。これが私達の恨みだ。長い長い歴史の恨みを私が外の彼らに教えてやるとさえ思った。復讐だよ。それが、私の使命なんだとも。


 そう、彼女(セレナ)に出会うまでは…


 別に、取り囲んだのは何か話す意思があったからじゃないんだ。何か彼女と話し合いたくて攻撃しなかったんじゃない。彼女が何と叫ぼうが、聞こえなかった。言葉はわかっても、そんなもの聞く気もない。


 それはそれは、私達がされたのと同じように残虐に痛ぶってやろうと思ったんだ。見るも無残に汚され、踏みにじられ、侮辱された様に。それは、きっとあのカイトとか言う人には伝わってる。間違いなく私達は殺意を彼女に向けていた。


 あの神輿だって、まさか、歓迎の印な訳ないだろ。あれは、シュパール特有の生贄を乗せる神輿なんだ。すぐに殺すつもりだった。私達がされたように。我々の恨みを晴らす為に。


 でも、彼女は突然叫んだ。



「&+=^〒:*○!(こんにちは!)」



 ほんとさ、何でこう、偶然ってものは重なるのか。それは、サンドと初めて会った日にかけられた()()()()()()。初めて通じ合った、大切な大切な言葉。


 君は、サンドの言葉をなぜ思い出させる。何度も何度も何度も何度も、彼女は私の記憶を降り起こすように必死で叫ぶから、心がすごく、苦しい。痛い。


 外を恨んだ。だけど、外に憧れていたことも事実で、それは、真実で。


 良い人もいるって知ってるんだ。

 悪い人ばかりじゃないって知ってるんだ。


 サンドを思い出せばわかる。彼女を見てればわかる。


 だって見ず知らずの、どうでもいいはずの私達の為に、汗を流し、涙を流し、泥だらけで、手を握ってくれるんだから。死ぬなと、心の底から叫んでくれるのだから。


 あんなにも怯えていた子供達もほら、少しずつ笑ってる。

 あれほどまでに恨んだ人間達をほら、少しずつ溶かしてく。


 もう、諦められないんだ。外の夢を。

 諦めたくないんだ。私の夢を。


 だから、お願いだ。どうか、セレナをセレナを守ってくれ。


 私はまた、ラグーン国の王子を見て、理性をなくし憎しみに囚われそうになったのに、再び彼女に助けられたんだ。彼女は何回も、絶望と憎しみの闇から引っ張り上げてくれる。


 何故だ?彼女には何の利益もないのに。綺麗な、優しい人しかいない、決して汚れる事のない、花畑に立っていれば、そのまま幸せに暮らせただろう?君は生まれに恵まれている。


 どうして、こんなにも人のために、血や汗や涙を流す。馬鹿みたいだと、思わないのか。人のためにこんなにも、何故必死に叫ぶんだ。


 そんな彼女は何故こんなにも人の心を打つんだ?こんなにも愛しいと、失いたく無いと心が叫ぶんだ?


 私は大勢の青ローブから手負いの兵士を守る事で手がいっぱいで、セレナを追いかけられない。ああ。ダメだ。届かない。いくら手を伸ばしても、もう、手が届かない。


 セレナは、追いかけなくて良いと言うけれど、いいわけないだろ。相手は敵国の王子だぞ。何をするかわかったものじゃない。


 私の命ならくれてやる。

 だからどうか、私達の()()だけは、セレナだけはやめてくれ。サンド。彼女を守ってくれ。


 サンドお願いだ。


 どうか、彼女を、セレナを連れてかないで…。


長くなってしまいました笑 ハクは攻略対象でも主人公でも無いですが、凄く大切に大切に書いた人の一人ですので、優しく見守っていただけると嬉しいです。

読んでいただきありがとうございます!

是非宜しければブックマーク評価していってください!

感想とっても嬉しいです〜。感謝!

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