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信じる事【ロイside】

護衛騎士ロイ視点です。

「やぁ!!!!」


木刀がぶつかり合う音がして屋敷に響く。私はあの日から何処か上の空で、何をしても生きている感じがしなかった。


スパァン!!!


大きい音が響き私の木刀が空中を舞う。私は剣が空を舞っていると言うのに、それをぽやっと見つめて、動けなかった。


「ロイ様!」


はっ。と気づくと、目の前には汗だくで私の剣を受けていたアイリーン殿が息を切らしながら、私を鋭く見つめていた。


「アイリーン殿……。いや、まさかここまで成長するとは。本当にがんばりましたね。」


私はそう言って自分の吹っ飛ばされた木刀を取りに走る。すると、その手をアイリーン殿に止められる。振り返ると、私を強く睨んでいた。


「ア…アイリーン殿…」


「今の、本気でしたか?」


その言葉が深く刺さった。


アイリーン殿とこうして夜、剣の稽古をする様になったのは、たまたま闇雲に血だらけで剣を振るう彼女に見てからだ。辞めろと言うのに隠れてひたすら剣を振る彼女を見ていられなくて、どうせやるなら、私が指導を願い出たのだ。正直、セレナ様の剣の稽古を断った手前(弓に変更してもらった経緯があり)セレナ様にも言えず、アイリーン殿も、負担に思って欲しくないと言っていたため、このことを知っているのはここに居る二人だけ。


彼女は本当に真面目だった。最初は細く折れそうな腕で見ていられなかったのに、今ではそこら辺の男なら余裕で勝てるくらいの力を持っていると贔屓目無しで思う。細いのは変わらないが、ひたむきな努力で、コツを掴みながら必死で努力する姿は、私がセレナ様の力になりたいと思う気持ちときっと同じで、応援したいと、心の底から思っている。


夜の闇で必死に汗をかきながら短剣を振るう姿は本当に美しく、彼女の生い立ちからは考えられない様な力強さと生命を感じた。


「すみ…ません。今日は疲れているので、ここで…。」


私はアイリーン殿のその真っ直ぐな目から逃げるようにその場を後にしようと歩き出した。

しかし、アイリーンは手を離さなかった。


「セレナですか?」 


ハッと、息が止まる。


あの日、私の私怨如きで護衛を外されたあの日、私はどうしようもなく自分が嫌になった。嫌になって、あのカイトとか言う護衛に八つ当たりし、あろう事か自分の都合で、セレナ様の出かける前、「行かないで欲しい」と、そう言ってしまったのだ。


怖い。私の知らないところで、セレナ様が危険な目に遭っているかもしれないという事実と、カイトという私の代わりがいる事への恐怖。前から、ずっと、私でいいのかと思う気持ちがあって、それがあの優秀な彼によって証明された気がした。


『ロイ。貴方の代わりなんて居ません。』


そう言ってくれたセレナ様の言葉を忘れたわけじゃない。でも、どこかで、カイトという騎士の方が相応しいのではないかと別の誰かが私に囁く。


「いや……その…。」


私はアイリーン殿の追及から逃れるように視線をずらす。


すると急にアイリーンは、ドテンと花壇の縁に座り込んだ。


「いいなぁーーー!」


「へ?」


急にフランクな態度になったアイリーン殿に驚く。


「えっと…なにが」


「貴方ですよ。」


私にピンッと指を向ける。

私が?いい?なにが。


「森林国境へのお見送りの時、セレナが貴方に言った言葉です。」


私はなんと言われただろうかと、思考を巡らす。あの時、アイリーン殿は「気をつけて」と声をかけて、そして私が身分不相応に、「危険だ。だから、どうか、行くのをやめてほしい。」そう、言った。そして、確かセレナ様は……


『私を信じて待ってて欲しい。』


アイリーン殿がセレナ様のセリフをなぞるように私に告げる。


「私、ずっと貴方が羨ましかった。何も言わずに心が通じ合って、信頼し合って、そんな関係本当に貴重です。」


「きっと貴方にも言ってるでしょうが、セレナは良く私にも言います。『ロイは私の唯一無二の剣だ。』ってね。」


私はスヴェン様に向かって告げるセレナ様の背中を思い出す。


「これからセレナはきっと、王妃になるでしょう。だからこれから護衛は沢山増えます。貴方以外にも。」


アイリーン殿は私に優しく微笑む。


「でも、一番最初からずっとそばに居て、そして、唯一無二の剣なんて呼ばれる護衛騎士なんて、そんなものロイ様、貴方だけなのでは無いですか?」


その言葉に、私の周りの黒い闇がスッと見えなくなるのを感じる。私は、いつもくだらないことに囚われすぎる。


「私は、セレナの力になりたいけれど、そもそも身の回りのお世話とかそういうことしか出来ないし、頑張って始めた剣だって未だに全然役に立ってません。」


「いや、そんな事は、アイリーン殿の事セレナ様は大切に……」


スッとアイリーン殿は腰を上げ私の言葉を遮り、強く言う。


「貴方みたいに必要とされている事、本当に羨ましいと思うんですよ。信じて待ってて、なんて、きっと信頼している人にしか言えない言葉だから。」


えっへんと、笑顔をわたしに見せる。


「今の貴方の剣としての仕事は、きっと『信じる事』なのではないですか?」


信じる事…。


「私は、役に、立っているのでしょうか。」


ずっと考えてきた事。あの素晴らしい方の横にいて良いのだろうかと、ずっと自問自答してきた事。


「役に立ちまくりですよ!それに、セレナの横にロイ様が居ないなんてなんか変です!」


優しく笑う彼女を見て、私は、涙がこぼれそうになる。


「それに、私なんかに打ち負けるなんて、きっとセレナが見たら怒り…ます…よ……」


くそ。騎士失格だ。こんな幼い令嬢の前で涙ぐむなど。唇を噛んで、涙を無理やり止める。涙で歪む景色をゴシゴシ擦ると、目の前には、真っ青なアイリーン殿がいた。


「あのっ。すみませんっ。私、ついっ。」


本当に申し訳ない。こんな大きな大人がいきなり泣くなんて、怖がらせただろう。まだ幼い女の子なのだから。


「すみません。これは自分の問題なので……」


そう、いってこの場を去ろうとする。


すると、アイリーン殿は意を決したように私に今度は真っ赤な顔を向けた。


「私の胸を貸しましょうか!?」


「は?」


シーンと沈黙が流れる。そして、アイリーン殿はピャッと謎の奇声を発して赤い顔が更に赤く染まる。


「ごめんなさいごめんなさい!なんでもありません!良く泣いている人がいれば胸を貸すとそう、本で、以前、本で読んだものですから!その!」


その焦りっぷりが何故かなんか可笑しくて、思わず笑ってしまう。私が笑うと、アイリーン殿はほっとした様にフニャリと笑顔を見せた。

そしたらなんだか意地悪をしてみたくなった。なぜだろう。こんな発想は初めてでなぜこう思ったのか、良くわからなかった。


が、とりあえず提案をしてみた。


「じゃあ、胸をお借りしようかな。」


そう言って、そっとその細く小さな肩に、頭を乗せた。びくりと肩が揺れ、顔が真っ赤に染まる。それを見てると、別に恥ずかしいことをしている訳ではないはず?だよな?なのに、なんだかこっちまで恥ずかしく思えてきて、そして、私も少し顔に熱が集まる。


「ロイ様は、そのままで平気です。セレナの役に立ってます。私もそのままのロイ様が素敵だと、思います。」


そうアイリーン殿が私の耳に囁いた。


サーッと風の気持ちいい音が流れて、何故かずっとこのままで居たいと思った。私が、心の底から、「ありがとう」と囁くと、アイリーン殿は「いいえ」と、恥ずかしそうに笑って、私の髪をゆっくり撫でた。


彼女は不思議だ。数年前の馬車の時も、そして今も、いつでも私を闇から救ってくれる。こんな、幼い女の子なのに。そう、女の子。


ん?幼い()()()


私はアイリーン殿に髪を撫でられるのが何故か心地良くて、ポーッとそのまま突っ立っていた。


すると遠くから兵士らしき人の声が聞こえてくる。


………これって、普通の体勢か?女の子?いやいや、アイリーン殿はもう、セレナ様と同じ14歳。一歩間違えれば襲っていると勘違いされるのでは!?


私はガバッと身を引く。アイリーン殿は私がいきなり動くものだから驚いた顔で私を見つめている。

私は今、彼女に何を!?


「今日はっ、本当に、失礼したっ!」


私はそう言い残して、もうそれはそれは信じられない速さで、アイリーン殿を残しその場を去った。


後ろでぽかんとしているアイリーン殿が分かったが、止まることができなかった。

忘れられないあの手と優しい笑顔。私へ囁く言葉。


……っくそ


私はようやく解決したモヤモヤから解放された矢先違うモヤモヤに悩まされ、しばらくアイリーン殿の顔を見る事ができなかった。

ウブロイ。

なぜかセレナは女性だと認識していたのにアイリーンは幼い女の子だと思っていたロイでした。

初めて出会ったときのたくさん泣いていたアイリーンのイメージが強く、成長してもそれが抜けていなかったようです。


少し寄り道でした。

次回からは森林国境の方のお話に戻ります。

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