シュパールの悲劇
私とカイトは謎のオブジェから下され、拘束や目隠しも外された。何が起きているのかわからなかった。
「ごめんなさい。一応、この村の……歓迎の神輿で。驚かせちゃったみたいで。」
そっと震える手にハクは手を重ねてくる。な、何この距離の詰めかた。そして美形な顔と身体。綺麗な言葉遣い。この言葉本当に何故…。
「あっ。いえ、逆に急に叫んで本当にすみませんでした。」
私が謝ると横で堪えてたであろうカイトが静かに腹を抱えてゆっくり沈んでいく。どうやら、あの必死なシュパール語のコンニチハ攻撃がツボにクリーンヒットしたようだ。もう、必死だったんだから笑わないでよ。
一方ハクはとても上品に笑った。
「あの……なぜ私を殺さなかったのかとか何故言葉を話せるのかとか色々気になるのですが、まずはこの状況は?」
私は目隠しを取った後の衝撃の理由について尋ねる。するとハクは眉間にシワを寄せ、苦しそうに話をしてくれた。
「そうですね……」
ゆっくり話しはじめたのは今この村がほぼ全焼している理由。見ての通り、村はほぼ死にかけていた。
ここの民族は昔からセザール国にもラグーン国にも組せず、独立した存在として、ここにあった。それでもそれが許されたのは、シュパールの民の強さにあった。もちろん、セザール国も軍事的な力は高いが、この森の中というテリトリーでこの民族に立ち向かうほど愚かではなかったのだ。
一ヶ月前、シュパールの民の村から急に火の手が上がった。全て燃える素材でできている、森の小屋だ。容易に火事は広がった。しかしそんな事で滅びるような民族ではない。これは数十年に一度は必ず起こってしまうことだったし、仕方がなかった。だから今回も同じだと思い、いつもと同様に消火し、治るはずだった。そうだったのに。
簡潔にいえば、シュパールの民は襲撃を受けていた。その相手はラグーン国のよく見かける青のローブを纏うリーブルス教の紋様。彼らが目をつけたのは、いくらシュパールとは言えまだ幼ければ気弱いシュパールの子供。森で遊ぶ子供を拐い、親を脅し、内部から火をつけさせた。それを奴らは大量に行った。そうすると火の手はあっという間に広がり、村は炭と灰に還る。そこを見計って急激にリーブルス教の聖騎士達は攻めてきた。当然、武器も、食料もない私達は敗戦した。
私に経緯を語るとハクは静かに目を閉じた。
「分かっています。私達はいくら卑怯な手とは言え、戦に負けた敗残者。」
「私は、侵略に気付けなかった無能な長。でも、生き残ったものをこのまま死に絶えさせる訳にはいかない。貴方達を見つけた時、貴方の行動を見て決めようと覚悟していました。」
「貴方は私達を攻撃しなかった。」
ハクは目を開けて強く私を見つめ、手を取る。
「私達と同盟を組みませんか?」
「ど、同盟!?」
私は大きすぎる話に目眩がした。あのたまたま、攻撃を止めた私の気まぐれがまさか数百年のシュパールとの均衡を崩すきっかけになるとは。
いや……そうとも思ったが、もう均衡は崩れていたのだ。ラグーン国の、いや、リーブルス教会によって。
リーブルス教会は、私から見ると、かなり過激な宗派だと言える。絶対神であるリーブルスを信仰し、異教徒を悪とみなす、そんな過激なもの。ラグーン国はリーブルス教を軸に政治を行なっており、セザール国とラグーン国が仲が悪いのはそれが一番大きい理由と言える。力では圧倒的にセザール国が強く、渋々ラグーン国はセザール国と付き合っているが、本当なら異教徒の国など滅ぼしたいはずだし、貿易だって辞めたいはず。ただ、ラグーン国には資源や土地が少なく、自国民を食わせるのに貿易が必要になる。そうなると、セザール国とは仲良くせざるを得ず、不本意ながらも、現在も貿易をしているのだ。まぁ、あとはラグーン国は接してる国が多くてセザール国に攻めると後ろからブスリとやられる可能性などもあって、それも理由の一つなんだろうけど。
ただ、今この村にリーブルスの聖騎士が攻めてきたという事は、このもっと先にある森林国境を落として侵入したという事。つまり、ラグーン国は一線を超えた。これは、国際問題として由々しき事態だ。ラグーン国王はなにを考えているのか。
シュパールにとってもラグーン国か、セザール国かに着くのなら攻められたラグーン国ではなく、セザール国に着くだろう。だから、生き残った命を守るため、このハクという長は、偉大な決心をしたのだ。本当に素晴らしい人だ。歴史や怨恨に囚われて足を救われる人は少なくない。ただこの人は世界をしっかり観れる広い視野を持っている。
「とても、とても光栄な話だと思います。ただ。」
私が逆説を使うと、ハクは手をぎゅっと握り私を見つめた。本当に、本当にごめんなさい。
「私にはそんな事を決定できる程の力はないのですよ。ただのセザール国の子供ですから。」
私がそういうと、少し停止した後すぐに驚いた顔になる。
「えっ。てっきりこんな危険な地までくるという事は国偉い人なのかと………ん?ではなぜ?貴方はここへ?」
私はウッと心臓が止まる思いになる。ほんとなんでなんだろうね。ここにきたのもただの勘だったし、私みたいに本当に力がない人が来ても、こういう重要な局面で役に立たない。
「それは…私にもわかりません。」
ポカンとハクは私を見つめ、カイトは横で大笑い。あーそうですよ。ごめんなさいね。
「でも、その同盟のお話、上にあげさせて下さいませんか?」
私はカイトの肩に手を置く。
「この人は、とっても速いので、すぐにこの話を上層部に伝えてくれます。私では気休めにしかならないかもしれませんが、必ず上はこの緊急時、首を縦に振るはずです。」
カイトは、私の話を聞くや否やすぐに反論する。怖い、厳しい目。
「却下だ。姫さん。俺はこいつらを信用出来ない。これが演技でラグーン国の卑怯な手だったらどうする。確実に殺されるぞ。」
その言葉にハクは「そんなっ!」と声を上げるが、私はハクを止める。
「却下など認めません。貴方は私に忠誠を誓いました。そうですね?これは、命令です。」
「すまないが、あの忠誠なんてのはお遊びだろ?そんな事姫さんだったらわかってる。あれは、姫さんの気休めに……」
「カイト………お願い。」
私は、何故かはわからないが、シュパールの民を信用する事に関してなんの迷いも感じなかった。ここでいくら命の危険に晒されようが、私はあの時約束した。私の後ろにはセルテカの必死で息子を守るあの母がいる。
「おれはっ。姫さんを守るのが仕事だ……。離れられない。」
カイトの顔が苦しそうに歪み下を向く。なんで私の為にこんな表情をしてくれるのだろう。つい最近出会った、そんな関係なのに。この人はどんな気持ちで私と旅をしてくれているのだろう。わからない。わからないが、私はカイトの優しさに触れた気がした。
私は両手でカイトの顔をクイッと上に挙げる。
「カイト、お願い。約束したの。あのお母さんと。」
私がそういう時、カイトはひゅっと一瞬息を吸った。そして、顔に添えている私の手に自らの手を重ねる。スルリと私の手背を指で撫でる。その手つきが何故か慈しまれている様で少しドキリと震える。グッと何かを考えているように堪えているように、苦しい表情。
それから大きくため息をついた。ゆっくり私を引き離して、優しく私の頬を撫でる。
「ったく。本当に、なんでじっとしててくれないのかね?」
「ごめんなさい。でも、カイトにしかできない事だから、カイトに頼むのよ?」
私がそういうと、なんだか泣きそうなでも優しく笑いかけてくれる。そして、ジロリとハクを指差す。
「姫さんに指一本でも触れてみろ。全員同じ所に送ってやるからな。」
「肝に…命じるよ。」
ハクは両手を上げて困ったように笑った。カイトに脅されるほど怖いものは無いなと私も少し笑う。
「私はここに残ります。ハク様。怪我人は?私は医学の知識も本当に少ししかありませんが、持ってきた薬なら役に立てるかもしれません。」
ハクに連れられ怪我人の元へ向かう。私はカイトに声をかけた。出来るだけ人を連れてきて欲しい事と、必ず上の信用できる人に頼む事。そして、できれば医学に精通する人を。
「超特急でお願いね?」
「お安い御用ですよ。」
シュッと音を立てて、カイトは夜の闇に消える。やっぱり彼だけならこんな時間もかからなかっただろうなぁと少し考える。ハクはそんなカイトをみて、心底驚いているようだった。そりゃそうだ、あんな事カイトぐらいにしかできない。
夜の闇に消えたカイトを背に、私は松明の光を追って、ハクについて行った。
複雑な内容が続きますが、ついてきていただけると嬉しいです!
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