セルテカ ①
私は馬車に揺られ屋敷を出発してから約15日が経った。色々な宿を転々としながら、時には馬車の中で野宿のような事をしながらやっとここまできた。この世界には飛行機も電車もなく、移動手段といえばこの馬車のみ。そして国境ともなれば国の端であるため相当遠い道のりで、私もかなり疲れていた。
「セレナ。大丈夫?少し休むか?」
カイトが私を心配して声をかけてくれる。こんなにも長く旅をしたことはない。さらには、ココはもう舗装されてない道で、振動がとても酔いの原因になった。
「い、いえ。大丈夫です。」
私がそう伝えると額にデコピンされる。
「いたっ。」
「また敬語。そもそも俺は従者なんだから元々敬語じゃなくていいのに。さらに、今は変装中でしょ?お貴族様が抜けてないよ。」
私とカイトは兄弟という設定で今旅をしている。貴族なんてバレると最悪盗賊に狙われたりするかもしれない。一応、街はそこまで治安は悪くないが目的地が森林国境では身の安全は保証できない。身分を隠すのは第一で必要なことだ。そう、わかっているのだけれど、どうしても敬語癖が抜けない。
「すみませ……ごめん。お、お兄ちゃん。」
私がおずおずそういうと、パァッと笑顔を見せて私の手を取る。
「最高!妹最高!この仕事受けて良かった!」
はぁ。これもタメ口が使えない原因でもある。
カイトは初対面の印象から変わらず、笑顔の可愛い無邪気な少年のような大人?という感じだ。それは変わらない。変わらないのだが。
「いやぁ、セレナは可愛いなぁ本当に!」
と、なぜかこの溺愛兄設定。正直言ってとても困る。顔はとてもイケメンで眼福ではあるのだが、本当に距離が近い。なにを考えているかまだ読めない彼が、さらによくわからなくなる。
「ちょっとうるさい。」
「ツンツンしてるのも堪らないなぁ!」
思わずため息をつく。この人とあと何ヶ月一緒に旅をするのだろうか。やはり無理矢理でもロイを連れてくるべきだっただろうか。
「おふたりさーん。村に着いたぞ〜。」
馬車の御者から声がかかる。どうやら村についたらしい。ここは森林国境手前の村、セルテカ。川を中心に沢山の作物を育てる畑の多い村だ。私がいつもいる街からするとここはいわゆる田舎。自然豊かな景色がずっと遠くまで広がる。目を凝らすと広大に広がる畑の先に鬱蒼と茂る森が見える。
「あの先が……」
私が馬車から顔を乗り出して外を見ると、目の前に小さな男の子が立っていた。日に焼けた健康的な肌に、泥まみれな格好で馬車をマジマジと見つめていた。
「こんにちは。」
私がその子供に話しかけると、子供は顔を真っ赤にして、遠くの小屋で逃げていく。
「驚かしちゃったかな。」
私がそう呟くと、
「いいや。余りにも可愛い人が顔を出したから天使かと思って逃げたんだな。」
私はまた顔を赤くしてしまう。この人はタラシだ。そしてそれを自覚してやってる性格の悪いタイプ。
「そういう冗談は結構です!」
私がムキになってそう怒ると、カイトはすごい勢いで私の口を塞いだ。
「敬語!今のは悪かったけど、もうここは村の中だ。こういう所は人の結束が固いことが多い。あまりお高く止まってる奴だと思われると面倒だ。」
「ん………っぷはぁ!ご、ごめんな…。わかった。気をつけるね。」
抑えられた事による息の乱れを整えながら、私は周りに見渡した。別にもう馬車で寝てもいいのだけれど、どうせなら森林国境に行く前にベットで寝たいモノだ。宿はないかなぁ。
私とカイトは外へ出る。気持ちのいい空気に私は大きく深呼吸する。
「はぁー!とってもいいところだね!」
カイトは私を見て、なぜか苦笑して、しかし、同じように深呼吸した。
カイトと話していると、後ろに気配を感じる。私が後ろを振り向くと、さっき馬車をのぞいていた男の子だった。
「どうしたの?」
私が尋ねると、さっきとは違い怯えたように聞いてくる。
「お姉ちゃん達は、あの、ラグーン国の人達?」
「ううん。違うよ。お姉ちゃん達はみんなと一緒でセザール国の人だよ。」
私がそう言うと、ほっとした表情を浮かべて、私の手を引いた。
「よかったぁ!ラグーン国の人は触るだけで怖い病気を移してくるから触らないように気をつけなさいってママに言われてたんだ!」
私はその言葉を聞いた瞬間、サッと血の気が引いた。王都の近くである、よく行く商店街の噂よりも表現の強い噂。触るだけで病が移る?そんな所まで噂は酷くなっているの?
「貴方、何ていう名前なの?」
「僕?僕はフェルって言うんだ!お姉ちゃんは?」
「私はセレナ。よかったら貴方のお母さんとお話ししたいんだけど、紹介してくれる?」
「いいよ!来て!」
無邪気に私を案内してくれるフェル。私は心のざわめきが止まらなかった。
「セレナ。着いていって大丈夫か?」
小声でカイトが私を嗜める。たしかに、関わらずさっさと森林国境へ向かうという選択肢もある。ただ、もしこの噂がこの先の森林国境から始まっているのだとすれば、やはり聞いておきたい。何があったのか、なぜこの噂が広まっているのか。
「大丈夫。お兄ちゃんが守ってくれるならね。」
私がそういうと、カイトはヒューと口笛を鳴らした。
「いいねぇ。それでこそ俺の妹だ。」
ニカっと笑うカイトに多少のイラつきを覚えながら私はフェルの後を追った。




