凄い人だと、信じたい。
「お父様!」
ロイのあの情熱的な私への嬉しい言葉の直後に聞こえたあの馬車の音、やっぱりお父様だった。本当に久しぶり。私はお父様にかけ寄る。
「えっ?なに?夢?」
私が駆け寄るとお父様は私を見て呆然と立ち尽くした。はい?何言ってんだこのオッサンは。
「何を気持ちの悪いことを言っているのです?」
「あぁ、やっぱり夢じゃなかった。セレナが急に駆け寄ってくるものだから。夢でも見てるのかとおもったじゃあないか。」
気持ち悪い。久しぶりに会ったが、本当にこの人は何を考えているのかわからない。
私が不快な顔をして睨みつけると、お父様は心底嬉しそうな顔をした。
「そう!それでこそセレナだ!」
本当に頭の中が読めない人だ。
私は、早く本題に入りたくて、少しイライラしながら話そうとすると、お父様はニヤリといつもの不敵な笑みを浮かべた。
「もっと落ち込んでるかと思ったが、割と元気じゃないか。さては意中の相手に励まされでもしたか?」
カッチーン。いつ何時でも、私の神経を逆撫してくるこの男、私が不快な顔をすると心底嬉しそうな顔をするこの男。一体何歳なんだ!もう良い歳だろ!
「私の辞書に諦めると言う文字はないので。」
数日前の舞踏会ではすっかり意気消沈して諦めかけてたけどね。あと、数十分前、ロイに喝入れられる前も少し諦めてたけれど。そんなの知るか!!
お父様は私をみてニヤリと笑った。
「ほほう。では聞かせて貰えるかな?君の考える、ラグーン国とセザール国を仲直りさせる方法を。」
私が諦めないと宣言したと言うことは、モクレン様とカルミア様の婚約をどうにかして無くす方法を考えていると言うことだ。そして、それは、ラグーン国とセザール国を友好的な関係に戻す方法と同義。まぁ、そうなるわな。
ただ…………
私は一度息を吐いた。そして満面の笑みを作る。
ここにいる全員の視線が私に刺さる。
「そんなの、思いついている訳ないではありませんか。」
私がそう言いのけると、お父様もロイもバンも皆んな、目をひん剥いて私を見つめた。
え?なに?思いついていると思ってたの?
「いやいや、あの、まぁ、言いたくないですけれど、お父様の様な頭のキレる大人の方が沢山王宮で頭を悩ませているにも関わらず、まだ解決していないんですよ?」
私は特別凄い人間ではない。ロイには悪いけど。
「皆様、私を買いかぶりすぎです。私なんかがそんな凄い策を思いつくはずがないではありませんか。」
お父様がムカつくことに笑い転げる。
………笑いすぎだろ!そこまで笑うなよ!
「…っぶぅ。くく。……あー。なんだ?じゃあ、諦める文字がどうたらってのは、張ったりかい?」
「いいえ、張ったりではありません。」
凄い人間ではないけれど…でも、そうだよね?ロイ。
私は笑い転げるお父様に頭を下げる。
「どうか、私をラグーン国へ連れて行ってください。」
先ほどまで笑い転げていたお父様の眉がピクリと動く。
凄くないけど、知っている。無力な人間でもできることがあると言うことを。
そして、私は誰よりも負けず嫌いだと言う事を。
「ほう?なるほど、詳しく聞こう。」
ピリピリと私まで伝わるこの空気。怖いっ。でも。グッとお腹に力を込める。
「お父様は、これからラグーン国へ行く。その認識で間違ってないでしょうか?」
「ああ、そうだ。今日はしばらく国を発つからその準備とセレナの顔を久しぶりに見に戻った。」
ウゲ。おもってもないことをペラペラと吐く男だ。ただ、やはり予想は当たっていた。婚約するにしろ、外交を回復させるにしろ、どっちにしてもラグーン国にお父様は行かなければならないと思っていた。
つまりお父様が行くのは、ラグーン国の王宮。私が行っても、何の力もないただの子供。お父様について行っても意味がない。だから。
「私は国境警備隊の所へ行きたいのです。」
「ほう。それはなぜだ?」
「私は噂の原因は国境警備隊にあるのではないかと考えています。これは、本当に憶測ですが。」
実はあの噂を聞いた後、アイシュ(キングサリの件で協力してくれた母)の事もあり、一応国境警備隊の病による死者数を調べた。そしてそれ以外にも国境警備隊に流れる物資などの流れも調べたが、正直死者は一人もいなかったし、数値も、何もわからなかった。
だからやっぱり違うのだと思った。
それに、アイシュの旦那さんが亡くなったのはもう数年前の話だし関係ないはず。
はずなのに、私はどうもこの国境警備隊が気になって仕方なかった。何かここが今後大きなターニングポイントになる気がする。
だって今取り立ててこの国で病なんて流行ってないし、何故病をばら撒いていると言う不確実な噂が世に容易く広まるのか。本当におかしい事だらけなのだ。
ラグーン国とセザール国の間の国境警備は、主に大きく二つに分かれている。一つは街と街の間で、大きな壁が街を分断しそこの検閲を抜けて入国したり出国したりする、大聖門と呼ばれる大砦。そして、二つ目は自然豊かな森林を分断する森林国境。普通は大聖門を通り入国出国をする為、森林にある見えない国境を守る警備隊は、不正に入国出国をする人々を取り締まったりする仕事が多い。
大聖門は、人の目に届くけど、森林の見えない国境は本当に山奥にあり私達の目に届かない場所にある。アイシュの旦那さんも森林の方で働いていた。故に、情報が遅れやすく、更に情報を操りやすい。この国を陥れたい誰かがいるとするのであればそれは、いとも容易いことだ。
そして何より、この森林国境。数年前、この国を勉強して、この名前を見たときに感じた違和感。ロイに触発されて少しだけ思い出した。まだ半分以上、霞がかかって曖昧だが、おそらく乙女ゲームの展開でかなり終盤に出てきたはず。何かがここで起きたはず。
そう。アイリーンの時のあのお茶会はもっと後にあるはずだったもの。もう展開がしっちゃかめっちゃかになっていてもおかしく無いのだ。つまり、森林国境にはきっと何かがある。はず……。
「その、根拠は?」
私はまっすぐお父様を見つめた。
どうしても、この理由を説明するわけにはいかない。
「ありません。勘です。」
お父様の顔が私を責めるように冷たく変わる。
「その、訳の分からないお前の勘に僕が手を貸すとでも?」
うっ。怖い。怖いよぉ。震えを隠し私は訴えた。
「手などいりません。ただ、出国の許可が欲しいだけ。連れて行って欲しいとは言いましたが、私の目的地はお父様の目指す場所と遠い所です。私はまだ、成人していないので、出国には親の許可が必要でしょう?」
だめ、かな?
たしかに無駄足になる可能性の方が高いし、怪しいとおもったのも本当の本当で勘。私の勘で軍を動かせたりなんてしないし、おかしいと感じたなら自分で行くしか道はないから、この提案なのだ。もちろん、何よりここでじっとしてられないと言う所謂自己満足でもある。もしそこで何か起きていても私には何も出来ず、またきっと無力を痛感するだけだろう。
でも、私は自分を無力だと思うけど、ロイは私を凄い人だと言ってくれるから、それを信じたい。私は凄い人なんだって、信じたい。
「んー、なるほど、僕の目的地から遠いと言うことは森林国境の方に行きたいのか。大聖門ではなく。なるほど……。」
「お前のような箱入りがあの危険な森を越えられるとでも?」
ビリビリとお父様の圧が伝わってくる。確かにあそこは危険が沢山潜む場所。でもね、お父様。
私は鼻で笑った。馬鹿にするのも大概にしろ。
大体………
「私がいつどこで箱に入っているのですか?」
こんなヤンチャな箱入りがいてたまるかっ。私は貴方に箱に入れられて可愛がられた記憶はありませんよ?寧ろ逆でしょ?自分で言うのもなんだけど。
私がそう言うとお父様は楽しそうに笑った。
「……ふはっ。ああ。本当にお前を見ていると飽きないなぁ。よし。いいだろう。」
「たーだーし!!!」
私が肩を撫で下ろしているとすかさず邪魔が入る。今度は何だ。
「一つだけ条件がある。これが飲めなきゃお前を外にはやれん。」
な、なに?こんどはなんなのよう?
私はお父様の言葉に息を呑んだ。
娘ラブが世界一伝わらない男。それがスヴェン。
今日は二本です!
話が複雑になってきましたが、ついてきて頂けると…嬉しいです!!!
新章の名前は森林国境編!以前より断然セレナが縦横無尽に動きまわります。乞うご期待!
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