凄い人だ
私はあの舞踏会からしばらく、捻った足を治すと言う名目でほとんどベットにいた。
「あんなことされたら、諦められなくなるじゃないっ……」
「はい?」
「あっ、いえ、なにも。あはは。」
私は『優秀な医者』つまり、カルミア様付きのバン様に足を治療してもらっていた。
あれから数日、私は本当になにも手がつかなかった。何をしててもあの事が頭から離れない。だって!あのカルミア様の口が!私の!涙に!そして、抱きしめられて!もう、ダメ。無理。
「あーーーー!!!!」
私が思い出して恥ずかしすぎて奇声を発すると、バンはやたらニヤニヤして私を見てくる。
「セレナ殿。さては、殿下殿と何かありましたなぁ?」
ギクっと、肩を思わず震わす。隠しきれないこの性格が憎い。
「い、いえ、特に何も…あはは。」
鋭いバンの目が痛い。
正直状況はなにも変わっていなかった。ラグーン国との噂はかなり広まっており、むしろセザール国民は、ラグーン国へ対する憎悪を募らせている。そして噂の内容が本当なのであれば戦争にまでに発展してしまうほどそんな大事で、この国は不穏な空気に包まれつつある。逆に、この噂が本当でないのなら、婚約、さらには結婚という優しい話題でセザールとラグーンの友好を示し、噂を否定しなければならない。
そもそも何故この噂は広まったのか?誰か広めた人がいるのだとすれば何の目的で?
私がうーんと思考を巡らせているとバンは急に顔を近づけてきた。
「セレナ殿。良い事を教えて差し上げましょうかぁ?」
良い事?それは、ラグーン国セザール国の外交の問題に対する事だろうか。まだ、バンがどんな方かわからないし…。
私は一考した後すぐに答えた。
「良い事……知りたいですね。でも、バン様がどんな情報をお持ちなのかは分かりませんが、私にはバン様に支払う対価の情報を持っていません。なので結構です。」
私がそう断ると、バンはキョトンとした顔になった後、大声で笑った。
「セレナ殿は本当に年に似合わず老けていますなぁ!」
「んな!失礼な!老けてなどいません!」
老けているってひどい!!
私がプンスカ抗議すると、バンは優しく笑った。
「貴方のような可愛らしい令嬢は、『良い事!?嬉しい!知りたいわ!教えて!』で、良いんですよぉ?」
「私は対価など要求するほどケチではありませんからね?」
私は思わず拍子抜けしてしまった。
確かに……普通ならそうかもしれない。
私はセレナとして生きてきて子供のような生活を放棄した。そのおかげで知識や経験は積まれたが口ばっかり達者になり、可愛らしい令嬢の純粋さや無邪気さは忘れ去ったように思う。
普通は良い事を教えてあげると言われて、対価を考えないものなのか。そうか。今のは少し不自然だったかも。
「えっと……。では、教えていただきたいです。」
私がおずおずとお願いするとバンは嬉しそうに笑った。
「はい!喜んで!」
私の耳元まで近寄りコソコソっと教えてくれる。
『殿下殿は今、噂の出所を調査しているらしいですよ?』
私はそれを聞きハッとした。
『為すべきことを成し遂げたらもう一度君に会いに来る。』
あの言葉は嘘じゃないってこと?もしかして、ラグーンとセザールとの噂の出所を突き止めて、私と婚約破棄にならないようにしてくれていると取っても良いのだろうか。
私は思わず涙がこぼれた。
「私は……自惚れても…良いのでしょうか。」
ずっとずっとカルミア様だけを見てきた。カルミア様の横に立てるような立派な人になりたくて、辛くとも前に進み続けた。
思いが伝わったのだと、そう、自惚れても良いのだろうか……。
バンは優しく私の背中をさすってくれた。優しい、暖かい手。
「自惚れるも何も、私たちから見れば明らかですけどね?」
明らか?どういうこと?
私の頭がハテナで一杯になっていると、バンが私の足の包帯を解く。
「もう、綺麗に治られましたね!」
腫れも何もない、痛みもない。もう、私も歩ける。
何か私もお役に立ちたい。あの方の力になりたい。
私はそう強く思うが方法が浮かばなかった。ここで待ってるだけなんて。もう、私はいつまで経っても無力のまま。グッと手を握りしめる。
「私は、また、何もできないままなの?」
心の声がポロリと漏れる。
するとずっと黙っていたロイが私の所までズンズン歩いてくる。えっ。なに?
横にいたバンもすっかり口を開けてポカンとしている。
「セレナ様。恐れながら申し上げます。」
私は急にびっくりして、ロイをまじまじとみた。意を決したようなそんな表情。そしてベットに座っている私に顔があるようにしゃがみ込む。な、なに?何事?
「セレナ様は何も出来なくありません!!!」
大きな声が部屋を響き渡らせる。
へ??なんだって?
「私は、ずっとずっとこれを申し上げたくて、でも、言えずにいました。でももう、言わせてくださいっ。貴方は凄い人だ!」
「私も、スヴェン様も、アイリーン嬢も、キングサリ王子も、そしておそらくカルミア王子も、みんな、全部貴方に変えられた。貴方が皆んなを変えたんです!」
私はポカンとロイを見つめる。
「私は、頭もそこまで良くない。だから、何をするべきとか、そのような助言はできません。今、セレナ様がおっしゃっていたように何もできない、そんな八方塞がりな状況なのかもしれません。でも!えっと。だから、その。」
ロイは私を強く見つめる。
「貴方ならできます!どんな事も、どんな事だってできます!」
ドーンと、雷に打たれたような衝撃。
ロイの叫びの後の静けさのあと、カラカラと馬車の音だけが部屋に響く。
思わず笑いがこみ上げる。
「っぶ。あははは!ロイ、貴方って人は本当に、なんって優秀な護衛なんでしょうか!」
ヒーヒー笑う私をまん丸な目で見つめるロイ。
「こりゃあ驚きました!良い護衛に恵まれましたねぇ!セレナ殿!」
「…ふふ。本当ですねぇ。」
バンがそう言って高らかに笑う。ロイだけが状況をわかっていなかった。
「ロイ。ありがとうございます。とっても嬉しかった。本当に。」
貴方の言葉は何よりも信用できる。一番嬉しい言葉をありがとう。じわじわと勇気が湧いてくる。
そうか、私って凄いんだ。ふふふ。
今の私だったら本当に何だってできそう!
私は治った足を地面につける。うん!痛くない。
「貴方のお陰で重要な事を思い出しました。立ち止まってるなんてらしくありませんでしたね!行きますよ!ロイ!」
私は治った足を踏み出して、馬車に揺られて帰ってきたであろうあの人の元へ、颯爽と歩き出した。




