触れたいと願う【ロイside】
護衛騎士ロイ視点です。
馬車に揺られながら私は頭を抱えるセレナ様を見た。キングサリ王子を王宮でお見送りしてからずっとこのままだ。馬車に乗る前に二人きりになった際何か言われたのだろうか。いや、何か言われたのであればセレナ様は絶対に頭を抱えるのではなく、やり返す、もしくは、見返す方法を先に考える。きっと傷つけられたわけでは無いと推測し、護衛に徹しようと、また無言で馬車に揺られた。
私はこの四年セレナ様に命を預け、護衛としてお側に居させていただいた。四年間、私はセレナ様の聡明さ、そして、前に進む強さをずっと見てきた。
自分の勉強や、稽古は必死に取り組み、12歳では獲得できるはずもないほど知識を吸収し、成長し続けている。正直、もう、彼女に勉学では勝てる気はしないし、私だけではなく、そこら辺の平民の大人ならばセレナ様の知識や経験の足元も及ばないほど多くのことをこの小さい身体に秘めている。
今日同じ歳のキングサリ王子を見て感じたが、セレナ様は異常だ。キングサリ王子は幼すぎるとは、思うが、12歳の彼女は中身が大人すぎる。
そしてそれをセレナ様は全くお気づきでない。自分の力を低く見積り過ぎている。私の様に貴方に仕えたいと思う人はきっとこの世には沢山いる。それほどにまでセレナ様はこの国にとっての財産だ。それなのに、
『私は無力です。』
そう、言って、更に更に過剰なほどまでに努力してしまう。
弓の稽古の際、私が指示をした以上の練習をして、セレナ様の手が血で染まった事がある。
「やってしまいました。」と明るく笑うセレナ様を見て、その時私は、怖いと、とても怖いと思った。
真っ直ぐで純粋でひたすらに前に進んでしまう。自分の身体や心の傷に気づかずボロボロになってもひたすら進んでいってしまう。そんな危うさを秘めていると感じた。
お守りしたい。セレナ様の身体だけでなく、お心も。全てお守りしたい。
でも、セレナ様は私達に辛さを出さない。決して見せない。
それがとても寂しいと、悲しいと思ってしまうんだ。
「どう、されましたか?」
頭をまだ抱えていたセレナ様に声をかけた。
いつもはそっとしておくだろう状況なのにも関わらず、気持ちが先走り声をかけてしまった。
もう少し近づきたい。セレナ様の心に触れたい。
セレナ様は私を見て優しく微笑む。
「なんでも……ないですよ。ちょっとキングサリ様の雰囲気に胸焼けしただけです。」
いつも通りの笑顔、そして、触れられない御心。
きっと私ではセレナ様の心を開けない。その心の痛みは癒せない。自然と手に力が入る。
やはり私では貴方を守れないのかもしれない。
『セレナの力になりたいんです!!』
頭に急にアイリーン殿の声が響く。これは、いつの記憶だろうか。たしか、星の綺麗な夜に見かけた、アイリーン殿の言葉。
私が屋敷の裏で彼女を見つけて声をかけると肩をビクッと震わせ恐る恐る私の方を見た。
「あ……あの。これは、その。」
手には短剣と、汗にまみれたアイリーン殿の姿。顔を真っ赤にして、必死で剣を隠している。私は何をしているのかさっぱりわからなかった。ただ、まだ若い可憐な令殿が短剣など、と思いさらっと手から回収する。
「あぁっ!返してください!それは!」
私は、取られぬよう、上に短剣を持っていくが、そこであることに気づく。取り上げた短剣の柄が真っ赤に染まっている。それを見た瞬間、アイリーン殿の手を奪い、手掌を見た。
「痛っ。」
この前まで私の胸で泣いていたあの可憐な令殿とは思えない、豆だらけで血だらけの手。よく見ると体のいろんな部分にあざが見えた。
「なぜ?何故こんなことを?」
私は理解できなかった。毎日練習をしていたのか?闇雲に剣を振り、なにをしようと?
アイリーン殿は意を決したように息を吐き私を見つめ、話し始めた。
「この短剣は、リリスさんに頂いたんです。リリスさんは、もうロイ様がいるから必要ないかもしれないと、おっしゃられていたのですが、一応、護身で持っておけと、私に渡してくださったんです。」
リリス?侍女のことか?なぜ短剣を?
「私はセレナの力になりたいんですっ。ずっと、ずーーっと、父親と母親の言いなりで、私の人生を歩めなかった私に、もう一度チャンスをくれたセレナに……」
彼女の綺麗な瞳が強く光る。
「私は、あの時死んだも同然なんです。私はあの時、セレナに命を助けてもらわなかったらこの世にいなかった。だから、私の命はセレナの物。こんなこと言ったら怒られるけど、でも、私の命はもう、セレナに預けたんです!」
セレナ様は変えて行く。
あの時、あの場所で私の胸で震え、自分は生きていいのかと泣いていた彼女はいない。こんなにも力強く真っ直ぐに生きている。前だけを見て小さな身体でセレナ様を守ろうと必死にもがいている。
そうだ、そうなのだ。セレナ様に関わった人はみんな変わっていく。
私には支える幸せを、スヴェン様には愛を、アイリーン殿には自分の人生を、キングサリ王子には人の奇跡を。私達に与えてくれた。
出会った人の人生を変えて行く。
そんな、素晴らしい人に私は支えているんだ。
私は、優しく笑うセレナ様の手を握った。
「え?ど、ど、どうしたんですか?」
セレナ様は明らかに怪訝な顔をする。
私はグチグチ考えていたことを全て忘れることにした。
『セレナの力になりたいんです!!』
そうだ。そうですね、アイリーン殿。本当にその通りだ。
私の目的は、セレナ様の力になる事。心を開いてもらいたいなんて、今の私にそんなこと、おこがましかった。努力しよう、今よりもっと。セレナ様はきっとこれからもっと険しい道を行かれる。その時私は絶対に側に居たい。
困惑するセレナ様の手を強く強く握って、私は今後の決意を新たにした。
ただ、キングサリフラグが立つのでは!?と、考えているだけのセレナを、見て色々考えてしまうロイでした。
ロイは天然なので時々こう言うことがあります。本人はとても真面目で一生懸命です。




