襲来
「アイリーン。その腕。どうしたの?あざになってる。」
「あぁ〜。ぶつけたの。昨日?かな。棚の角に。」
「えぇ?大丈夫?すごい痛そう。」
本当に平和。至って本当に平和。リリスが旅立って数日、まだ不慣れな新人侍女さんと堅物真面目な護衛騎士様と優雅なお昼を過ごしていた。カタカタと紅茶を持つ手が震えている。ちょ、アイリーン!こぼれそう!
スッとロイが紅茶を抑える。そして、あろうことか、そのまま私のカップに紅茶を注ぐ。コイツ、本当になんでもできるな。
「ロイって……前から思っていたのだけれど、いい男ですよね。」
私が不意にそう告げると、目の前のテーブルが、どんどん紅茶の海になっていく。いやいやいや、ちょちょちょ!!!
「んな!なにを!なんですか?!急に!」
「いや、ちょっと溢れてるから!!!」
はっ。としてロイは盛大にこぼした紅茶を片付け始める。しかしどこか落ち着かなく、ソワソワしていて、なんだか、急におかしくなった。
「もしかして、動揺してます?」
「んな!!!」
ロイはよくわからない奇声を発してそのまま固まる。
「ロイは、もう少しそういう手の話題には慣れているのかと思っていましたが意外とそういうこともないんですか?」
私は素直に思ったことを尋ねる。
「なっ!慣れてる様に見えるでしょうか!?」
ロイは真っ赤な顔で私に聞き返す。いや、今の状況を見れば慣れていないことはわかりきってんだけどさ。
「ロイは第一印象が割と女の人慣れしてそうなイメージでしたので………」
「ワァァァァァァ!!!!」
私が言葉を締めくくる前にロイが大声で遮る。びっくりしたぁ。そんなに黒歴史なのか。
「ロイ様は昔沢山の恋人がいたという事ですか?」
アイリーンが真っ直ぐな瞳でロイにトドメを刺す。
「やっ!やめてください!あの時は本当にどうかしていたのです!時を巻いて戻す術があるのならまず1番にあの時の私を殴り倒します!!」
必死に私とアイリーンに弁明するロイがおかしくて、2人でクスクス笑う。でも、私はやめてあげない。
「その反応からして、今は恋人はいないのですね?」
私はチラリとアイリーンを見た。私の質問の答えを固唾を飲んで聞いている。
正直言って、この年齢差は、今だと犯罪だ。それは前世の記憶がある私だからこその感覚なのかもしれないが、22と12ではかなり難しいものがあると、感じる。でも、32と22ならどうだろう。人生はわからないもので、絶対にないと思ったことも割とあっさり叶ったりするものなのだ。今はアイリーンの片思いでも、将来はどうなるかわからない。
「い、いないですよ!そんな!」
首をブンブン振って否定する。別に恋人を作ることは犯罪でもなんでもないのだからそこまで否定しなくてもいいのに。
隣を見ると明らかにホッとするアイリーンが居た。
お節介かもしれないが、アイリーンには今まで沢山の辛い経験をした分、沢山幸せになって欲しいと思っている。
「では、女性の好みなどはないのですか?」
攻めます。今日の私は攻めまくります。
「この話、まだ続くのですか?!う、うーん。」
ロイは少し考えて、それから、言った。
「やはり、真っ直ぐな、人でしょうか。何事も真っ直ぐに懸命に生きようとしている人を見ると、傷ついてほしくない、お守りしたい、そう思う物ですので。」
「ふーん。なんだか、ロイ自身の様な人がタイプなんですね。」
「えっ!?私、結構捻くれてます!」
「いやいや、それはないですね。この国で一二を争う真っ直ぐさんだと思います。ね!アイリーン。」
「うん!ロイ様はすごく真っ直ぐさんです。」
アイリーンが笑いかけると、ロイは困った顔をして、この話、やめましょう?とお願いするものだから、今後何かロイを懲らしめないといけない事があれば恋話で攻めようと心に誓った。
そんなくだらない話をつらつらしていると屋敷がバタバタ騒がしくなっている事に気付いた。気づいた直後私の部屋のドアがバターンと開いて、屋敷の使用人が叫んだ。ああ、さらば、私の平和なお昼。
「セレナ様!大変です!」
私は大きく開いた扉よりも、屋敷の門が見える大きな窓から目が離せなかった。門の前に横付けされている馬車、あの大きな馬車は………
キングサリ様のもの!!!!!
ゆっくり馬車の扉が開き、中から、本人が降りてくる。そして外から窓越しに私と目があった。
キングサリ様はわたしを見つけニヤリと笑った。
へぇ。いい度胸じゃない。こちらから出向こうと色々準備してたけど、あっちからまさか来るなんて。
私はあからさまに窓越しに不快な顔を浮かべて、わざとらしくカーテンを閉めた。
別れがあれば出会いもあります。
呼んで無い男再来




