また会う日まで
マクーガル家は、貴族である事の権利を剥奪され、長く続いた歴史に幕を下ろすことになった。そこら辺はお父様の仕事で、私は関わる事なくサラッと終わった。この様な、いわゆる汚れ仕事をお父様は顔色一つ変えずこなす。今回も、動じず、淡々とこなすその姿は、わたしには真似できない。しかし、きっとこの国にとって必要な力でもあるのだと思った。
私からそれをアイリーンに報告すると、アイリーンはなんとも言えない顔をした。
「命を救って頂けただけでも、本当に、本当にありがたいです。」
そう言って私に礼を言った。
なんとも言えない、この結末。未然に防ぐ方法があったのではと悔やまれる。それこそ私は未来をある程度知っているのだから、私にもできたことがあったのではないかと考えてしまう。でも実際は、私にはなんの力もない。私にはお友達1人の運命一つですら変えられなかったのだ。
「セレナ。みて!私上手にお洗濯できる様になったわ!」
アイリーンはリリスに仕事を教わりながら私の侍女として毎日を過ごしている。はじめは敬語でチャキチャキした関係だったのだけれど、私のわがままで、敬語はやめてもらった。私にとってはお友達で、アイリーンにとってもそうであって欲しいと願っているからだ。
アイリーンは最近よく笑う。あの四年前の無邪気な笑顔をよく見せてくれる。乙女ゲームにおける悪役令嬢の失脚、それは防ぐことができなかったのかもしれない。でも、投獄されるはずだった彼女が今私の隣で心の底から笑っている。
私は人間だ。魔法なんてファンタジーなものはないし、神様みたいに全て完璧にだってできない。一つ一つ努力して積み重ねるしかない。いくら無様と言われようと、不完全だと言われようと、変えたい。私は未来を変えたい。
「アイリーン殿。こちらにすごい水が跳ねたのですが。」
「きゃっ!やだ!すっすみません!びしょ濡れに!」
窓の下でアイリーンとロイの話す声が聞こえる。アイリーンは貴族のご令嬢だ。家事や料理、着付け諸々はじめての経験。慣れない作業でロイに水をぶっかけたのだろう。
ロイの水を一生懸命拭くアイリーンの顔がとても赤い。
あれ?あれれ?あー、ふーん。なになに?
ちょっと面白くなってきたよ?
ロイはさらっとタオルを受け取って身体を拭いている。これ、無自覚ですなぁ。
実際、歳の差は10歳。アイリーンは私と同じ年齢であるわけだから私としてはロイは本当にお兄さん的な存在なのだけれど、無くはない。無くはないぞー。
私が窓の下の未来に期待できそうな青春をニマニマ眺めていると、コンコンと扉を叩く音が聞こえた。
「セレナ様。」
リリス・マクベル私の大切な、大切な人。
「リリス。もう、行くのね?」
「はい。」
私はあの事件の後、リリスとお話をした。まずは、謝罪と、そして、リリスの自由を奪いたくない事。リリスの幸せを願っている事。
でも、リリスは、知っていた、と言った。お父様が私のためにわざと離れられない環境にしていた事をリリスはずっと知っていたと。
では、なぜ、言わなかったのか。そう聞くとリリスは、この仕事が好きだからと、そう言った。もちろん、彼のことも好きでいずれは彼に着いていこうと思ってはいたけれど、父の作った状況を利用して、彼にも甘えていたと、そう言った。
「リリス。私は貴方に沢山支えられて、ここまで来たわ。辛い時にはいつも貴方がいた。本当に本当に寂しいけれど。今までありがとう。」
私は、涙を堪えることが出来なかった。ポロポロと涙を流す私に、リリスは、何故か不敵な笑みを浮かべ、バッと跪いた。
「どっ。どうしたの?」
リリスは胸元から短剣を出し、自分の目の前に置いた。リリスが、短剣?なぜ?
「セレナ様。スヴェン様の出す侍女の求人の最低条件をご存知でしょうか。」
「は?」
お父様の出す求人?そんなの、知らない。
「まずは、武に優れているもの。掃除洗濯などよりもまずは、武。というものにございます。」
侍女の条件に?武?えっ!?そんなこと知らないんだけど!?
「私は、ずっと侍女として働きながら、セレナ様の護衛も兼ねて任されてきました。最近はセレナ様のお立場故、ロイ様が正式に護衛として側に居ましたが、私にも少しばかり腕に自信があります。」
ですので、とニンマリ笑うリリスの顔は私が見たことない表情で、私は目をひん剥いた。
「いつ、いかなる時でも、セレナ様の危機には必ず参上いたします故、いつでもお声がけくださいませ。」
「えっ!?ちょ!リリス!!??」
おドジなリリス、優しいリリス、そんなイメージをパリーンと砕く様なそんな衝撃。目の前のリリスは栗色の長い髪をたなびかせた、若い女性騎士の様。嘘だ!そんなことある!?
「セレナ様、この別れは決して永遠ではありません。私は、小さい時からセレナ様をずっと見ていました。それはもう、切っても切れないご縁にございます。」
ツカツカと私の前まで歩き、私の目から溢れる涙を拭う。
「ですので泣かないで。再開を楽しみに待っていますよ。」
そう言ってくるりと翻し、リリスは出口へ向かった。
か、カッコいい。新たな扉開けちゃいそうだった。えっ。本当にあのリリスなの?
私が目を白黒させていると、ツカツカ歩く足がドアの縁に引っかかり、大きな音をたててステーンと転んだ。
「いっ。いたいっ!」
はぁ。やっぱり、リリスはリリスだわ。
「あなたねぇ!カッコつけたってやっぱり貴方はおドジのリリスなのよぉ!!??」
「うわっ!セレナ様やめて!飛びつかないで!」
私はリリスの胸に飛び込んだ。そして、一生分くらい笑ってやる!って勢いで2人で大笑いした。
リリス。次出会えるときは私も成長しているから、楽しみに待っててね。
こぼれそうになる涙を2人でごまかして、屋敷に響き渡るほど大声で笑った。
まさかのリリス。再登場を楽しみに待っています。




