私の隣で
「僕は反対だね。」
乱入してきた人、それは紛れもなく私の父親、スヴェン・ディ・スカルスガルドであった。本当にいきなりで私は目をひん剥いた。お前、仕事で王宮にいたんじゃないのか!?
「お父様には関係ありません。王宮に帰ってください。」
私は、いきなり会話を切られたことにも、身勝手な発言にも頭に来ていた。
「いや、あるね。侍女を雇うというのなら、それは僕が雇うということだ。」
「では、私が雇います。お父様のお財布からは一切出させませんのでご安心を。」
私はすでにスカルスガルドの事業をいくつか持たせられていた。その収入は紛れもなく自分で稼いだものだし、それなら文句は言われない。いや、スカルスガルドの事業だから、お父様から譲ってもらったもので、一から稼いだわけではないのだけれど。すこーしごまかして、私のだと主張すればそういうことにならないだろうか。
「それじゃあ僕がリリスに単身赴任男をあてがった意味がないだろう!?」
カッチーン。へぇ。そうなの。やっぱりそうなの。貴方、本当に最悪ね。自分の利益のことしか考えていない。
「やっぱりそうだったのですね!?信じられない!!リリスにはリリスの人生があるんです!私のためにリリスの気持ちを押し殺させるなんて絶対しちゃいけない事なんです!」
「でも、お前、リリスが好きなんだろう?リリスと一緒に居られるようにしたのになぜ怒るんだ。」
「はぁ?なに言ってんですか?」
言葉が理解できない。きっとお父様は宇宙人で、私とお父様では脳みその作りが違うんだわ。そんな人に一生懸命伝えても伝わるはずがない。
「真面目な話、僕は本当にそのアイリーン嬢をココに置くのは反対だ。」
お父様はまっすぐアイリーンを指差しそう告げる。アイリーンはビクッと身体を震わせお父様を見つめている。私はアイリーンの手をさらに強く握った。
「お父様?人を指さしてはいけないと教わらなかったのですか?」
私はお父様を強く睨んだが、お父様はアイリーンから目を離さない。
「アイリーン嬢はきっとさしずめ自分が服毒自殺を謀りそれをセレナが仕組んだ事にしようとしたんであろう?」
アイリーンは青い顔でブルブルと震えている。
それにしてもおかしい。お父様に状況が筒抜けすぎる。まるで茶会を見ていたかの様。
「セレナはアイリーンを毒殺した罪で問われ、お前のパパとママは大喜び。そして自分は何より人殺しの業から逃れられる。そんなところか?」
アイリーンを冷たい眼差しで見つめて吐き捨てる様に言った。
「頭が悪いにも程がある。そもそもセレナにはアイリーンを殺す動機が全くないし、そんな不自然な死を、いくらキングサリの馬鹿王子が加担したからと言ってこの国がその判決を通すはずがない。」
私はいろんな意味で驚愕した。まずはキングサリ様を馬鹿王子と大声で揶揄したこと、そして、何より、状況の見え方に、である。その場の私ですらアイリーンがそんなことを考えていたなんてまったく分からなかったし、想像もつかなかった。その場にいないこの男はどこまで状況を把握し尽くしているというの!?
アイリーンはワナワナと頭を下げ、私の手を離そうとした。でも私はそれを拒む様に手を強く握り返した。
「はっ。プライドもくそもないな。セレナ。こいつはお前を陥れようとしたんだ。そんな奴を侍女になんてできるわけがないだろう?」
私はお父様を冷たく睨んだ。
「それは、お父様とお母様を強く思ったからこそです。実際私は死んでも、陥れられてもいません。それを言うなら逆に、人のためにそこまでできる彼女の強さを見方につけるべきです。」
私は彼女を抱きしめた。
「私はアイリーンと友達になりたいの!お父様のせいで、私には1人もお友達がいないのよ!?両親に言われて仲良くしてくれていたのだとしても、小さい頃から一緒にいてくれたのはアイリーンだけなのっ!」
記憶を取り戻す前、私はなぜこんなにも孤独なのかわからなかった。同じくらいの年の子は何故か私を避けるし、近寄ってこなかった。それもこれもお父様が周りから疎まれていたから。どんなに黒い感情が裏にあろうが、私と一緒にいてくれたのはアイリーンだけだった。
アイリーンただ1人だったの。
記憶を取り戻してからも、忘れない。可愛らしい笑顔も、その優しさも。
「お父様!お願い!アイリーン!私は貴方と生きたいの!」
アイリーンはポカンと口を開けて、気が抜けてしまった様にふふっと笑った。それは、なんだか、悪役令嬢を思わせる少し意地悪な笑い方。
「セレナは変わらないね。ずっとずっと真っ直ぐで変わらない。私もそんなふうに言えたらよかった。ただそれだけなのにね。」
アイリーンは私のお父様に向き直り、とても綺麗なお作法でご挨拶をした。
「私、アイリーン・マクーガルはマクーガルの姓を捨てて、セレナ様に忠誠をちかいます。お父様が不信に思うのも当然です。どうか名誉挽回のチャンスをいただけないでしょうか。」
お父様はそんなアイリーンをたいそう不快な顔で見た。
「私、これを断ったら一生お父様と口を聞きませんから!私からどれだけ奪えば気が済むんですか!?」
思わず、本音が漏れると、お父様はため息をつき、ぼそっと呟いて、
「めんどくさいよ。なんでもいい、好きにしろ。」
そう言い残して、屋敷の中へ消えて行った。
私はとても嬉しくて、アイリーンに力一杯飛びついて、馬車の中のロイに2人してダイブしてしまった。そんなロイは私達2人を抱きとめながら面白そうに笑っていて、そんな光景がなんだか面白くて、セレナとアイリーンは初めて話したあの幼少の時の様に腹を抱えて笑い合ったんだ。
アイリーン編次回がエピローグ的な括りです。
個人的にアイリーンには悲しい思いばっかりさせてしまったので、どうか幸せになれる様、生み出した責任者として、書き上げてあげたいとおもいます。




