汚れたお茶会①
ここからは割と殺伐とした雰囲気が続きます。
私が席に着くとマルクスは私を見てにっこりと笑った。
「今日はゆっくり、楽しんでいくといい。」
「ありがとうございます。」
私も満面の笑みで返す。これは開戦の合図。
お茶会は至って普通のものだった、お茶を飲み楽しむ、そんなごく一般的な物。ただ、一つ違うことは、まだ私がお茶に口をつけていないと言うことだけ。
私はそれよりも貴方たちと会話がしたいの。もう少し付き合ってもらうわよ。
「アイリーン様。私、ずっと四年間手紙を出し続けていたのだけれど、届いていなかったかしら。」
私が手紙のことを伝えると、アイリーンはスッと顔色が悪くなった。そして、ちらりとマルクスとクラメールを見て、すぐに私に笑顔を見せた。マルクスもクラメールもアイリーンの顔は一切見なかった。
「ごめんなさい。返事をしようと思っていたのだけれど、本当に忙しくて……。今回はやっと落ち着いたから久しぶりにセレナ様とお話がしたくて呼んだのよ。」
アイリーンは絞り出すような声で私にそう伝えた。終始、マルクスとクラメールは無言である。何かを待ってるかのように。
やっぱりね。手紙はアイリーンに届く前に捨てられていた訳ね。ひどい話だわ。
「そうだったのね。でも、随分と個性的なお呼ばれの仕方だったからとても驚いちゃったわ。」
「えっ。」
アイリーンは明らかに動揺していた。でも、私はアイリーンではなく、その先のマルクスをまっすぐ見つめる。
「まさか、カルミア様の愛鳥の足に招待状をくくりつけるなんて。」
私はお父様をイメージしてすごくすごく性格の悪い笑顔を作った。
「そんなこと、よく思いつきましたわね。」
マルクスはずっと真顔を貫いていたが、少し顔を崩した。私は、更に続ける。
「そんな面倒な事をしたのには理由があるのかしら。例えば………お父様に見つかりたくなかった…とか?」
私の父は本当に侮れない人だ。実は私宛の手紙は基本的にほとんど父を一度通してからしか渡されていない。それは、父の情報を私が漏らすのを防ぐためと、父が不利益になる情報を私に流すのを防ぐ為、だと思われるが、私は一応思春期な訳で、そんな父が気持ち悪いわけだ。最近はかなりひどく、別に愛されているからとかでは確実にないと思うのだが、過保護の親みたいなことが多く本当に面倒くさい。
そしてそんな私が唯一、父を通さない手紙のやり取りをしているのがカルミア様で、その通信手段がキシュワールというわけだ。
終始無言であったマルクスは口を開いた。
「どうしたんだい?四年も経つと人はずいぶんかわるんだねぇ。もっと楽しい話をしようじゃないか。」
私は思わずキョトンとしてしまう。
「えぇ?!私は今とっても楽しいですわ!マルクス様。ねぇ?!クラメール様?」
クラメールはマルクスとは違って目に見えて青ざめていた。呼吸も乱れているし、汗もひどい。怯えていると言うよりは、焦っている、そんな感じ。
「セレナちゃん!お菓子をお茶を召し上がってちょうだい?!とぉーっても美味しいのを仕入れたのよぉ!!」
明らかに会話を遮って入ってきたクラメールは、側から見ると完璧に常軌を逸していた。
「すみません。今、私は大切なお話をしているので。」
クラメールをあっさりと制する。
「ねぇ?マルクス様?どうやってくくりつけたのですか?誰に頼んだのですか?」
私が目を離さず口を開いた所で、マルクスがいきなりテーブルを叩いた。テーブル上の美味しそうな紅茶やクッキーがプルプルと震えている。
「セレナ君。それは、証拠があって言っているのかい?あまり大人を舐めない方がいい。痛い目を見るのは君だよ?」
明らかに、彼は怒っていた。
証拠もなにも、横にキングサリ付きの護衛がいるだろーに。足にどうやってくくりつけたのかって聞いてんだよ私は。
私はニッコリ笑った。
「すみません。質問を質問で返されても困ります。」
マルクスがガタンッと立ち上がりワナワナと震え、クラメールは綺麗な顔を思いっきり崩しお化粧がとれんばかりに汗をぼとぼとテーブルに落とした。
ロイは既に剣に手をかけており、隠す気もない殺気を放つ。もはやお茶会とは呼べないものになっている。
私はやりすぎたなぁと反省し、お父様のではない、ちゃーんとした可愛い笑顔を作る。
「なんてね!ごめんなさい!久しぶりにお会いしたから少し調子に乗りました!許してくださいね!さぁ!お茶をのみましょ!いただきますね!」
そういうと、マルクスはストンッと気が抜けたように椅子に座り、
「なんだ、びっくりしたじゃあないかぁ。さ、食べておくれ。」
と急に態度を変えた。クラメールを大量の汗を流しながら、椅子にヘタっている。
アイリーンは相変わらず、青い顔で、プルプル震えながら、自分のティーカップを見つめていた。
お茶会が始まってからまだ誰一人として口に物を運んでいない。
私は自分のティーカップを持ち、そしてわざと長い袖を選んだドレスの裾からあらかじめ用意させた銀製のティースプーンを誰にも見えないように、紅茶の中へ差し込んだ。




