失うという事【カルミアside】
「おい!スヴェンはどこにいる!?」
「ここに居ますよ。」
叫ぶ声の中、まだ落ち着きを失っていない声でドアの外から声をかけてきたのは紛れもなく、この国の外交の要、スヴェン・ディ・スカルスガルドであった。
「不味いことに…なったな。」
そこら中で忍び込ませている間者から一斉に連絡が入った。ラグーン国の宣戦布告の兆し。挙兵の動き。まだこの国に直接的に攻め込んで来てはいないが、街のあちこちで謎の暴動も起こっている。
そしてその暴動が起こる場所には必ずあの教会が建っている。そう、リーブルス教会である。
つまりこの国に点在するリーブルス教会こそがラグーン国の拠点であり、反乱因子。そこまで不満を持っていなかった国民の不安を煽り、ラグーン国への不信感を煽ったのもこの教会というわけだ。
森林国境の一件、明らかに噂が広まるのが早かったのはそういうわけだ。各地に散らばるリーブルス教会の者が噂を広めていた。しかし、今分かったとしても、起きてしまった物はもう防げない。
戦うしかないのか。血を流させるしかこの国を守る術はないというのか…。
「カルミア殿下。アーサー王子です。」
スヴェンの言葉に俺は静かに顔を上げた。
「明らかに、この侵略は、貴方の婚約式に被っている。こんな事は一つしか考えられません。」
「アーサーはこの侵略を知らず、ラグーン国にとって邪魔だと…?」
「そうです。アーサーがこの国に出向き、いない間にやらなくては行けない理由が合った…。」
なるほど。つまりこれはきっと、いや、間違いなく、クリミアの独断というわけだ。
「奴は、以前の森林国境以来、立場を危ぶまれていました。アーサー王子に権利を剥奪され、力もなく失墜していったように見えていた。しかし、アーサーが少しの間居なくなった事で動き出した。」
くそ。また、そのパターンなのか。アーサーとどうにか不戦条約でも結んでしまえば、止まるのか?この戦は。
いや、何もかも状況が違う。各地で起きる暴動、ラグーン国からの大量の挙兵。一人の血も流さずこれを治めるなど不可能だ。
「とりあえず、俺に出来ることは、全てやる。無駄だったとしてもな。アーサーの場所を調べろ。その間に私は国王の元へ向かう。」
ツカツカと歩く足を急がせて王の元へ向かう。この現状だ。頭のいい王のことだからきっと何かしらの対策を打っている。そのはずだ。
いつも通ってるはずの廊下がやけに長く感じる。ヒリヒリと背中を巡る不快感が今回の事の重大さを物語っている。国の危機だ。あの幸せな婚約式から一変地獄に叩き落とされた気分で、俺は吐き気がした。セレナは無事なのか。ここまで侵攻の手は来ていないにしても、彼女は絶対に安全なところへ逃さねば。
グルグルと頭を巡らせている間に、長く感じた廊下は終わりを告げ、目の前に仰々しい大きな扉が聳え立っていた。
「カルミアです。」
ノックをし、大声で叫ぶと、「入れ。」と一言だけ絞り出すような声で言われ、俺は違和感を覚えた。いつもアイツは飄々と、どんな時にも冷静に、親としての気持ちは既に忘れたが、王として尊敬していたのだ。
違和感を胸にゆっくり扉を開けると、仰々しい大きな椅子に王は佇み、ただただ、顔をしかめていた。険しく深く刻まれる眉間のシワに事の重大さを思い知る。しかし、コイツはなにをしているのだ。
「シャルス国王。」
大きく前で跪き、俺は返事を待った。長い沈黙、返事は返ってこず、俺は、イラついた。そして、無礼を承知で俺は顔を上げた。しかし、上げた顔に叱責もせず、彼はただただ、険しい表情をしていた。
「国の危機です。」
俺は一言そう言うと、彼は重い口を開いた。
「ずっと……私は罪を犯してきた。あの日から何もかもおかしくなった。」
「……?」
明らかに今の緊急を要する状況と相反して静かに語る国王に俺は胸騒ぎがした。
こんな緊急事態に何を語り出すというのか。そのざわつきを感じ取ったのか、彼は結局結論を告げた。
「アリシア…つまり、側室が挙兵をした。この国に革命を起こそうとしている。」
「…は?」
俺は急すぎる情報に頭が追いつかなかった。ラグーン国が攻めてきている中で?この国は内戦を始めるというのか!?アリシア…だと?今この王宮は外からも内からも攻め込まれている状況というわけか!?
いや……。もしくは。
「そして、その革命軍のトップはキングサリだ。」
静かに告げた言葉に、俺は目の前が暗くなるのがわかった。キングサリだと?あいつが?
一瞬の間にキングサリの記憶が蘇る。アイツは変わり、国のために必死で戦ってきたはずだ。
そうだ、今のあいつはそんな愚かな事をするような奴ではない。とすると、アリシアが仕組んだと言うことか?
……それよりも、この緊急事態にこいつは何をしている。何故こんなにも仰々しい椅子の上で項垂れていると言うのか……。
「何もかも、私のせいだ。私は大切な人を失ってから、何が正しいのかわからなくなっていたんだ。自暴自棄になり投げやりにしていた結果がコレだ。」
自嘲気味に呟く国王を俺は睨んだ。コイツはなぜ嘆くだけなんだ。何をしたとしても、今は、今だけは折れちゃいけない時だろう。見たこともない情けない姿。いつもの小馬鹿にしたお前はどこに行った。
おれが抗議の口を開きかけた時、バタンと部屋の扉が空いた。そいつはやや焦りながら大きな声で口を開く。
「セレナ様が!何者かに拐われました!!」
自然と前が暗くなっていくのがわかる。やけに自分の心臓の鼓動だけがドクドクと耳に届き、そして、国王の言葉に…我が父の言葉が心に止まる。
「お前は間違えるなよ。選択を。例え…失っても。」
俺は何も聞かず無礼も承知で部屋から飛び出した。俺にその情報を伝えた男の後ろで青い顔をしてスヴェンが佇んでいた。
「お前でも誰の仕業か分からないという訳だな。」
「………はい。」
心が静かに凍っていくのがわかる。優しく愛しい、心地よい俺の光が遠くに、決して届かない場所へ行ってしまう。
決して離れないと、そう誓ったのに。今なぜこんなにも俺は無力なのだ。
まるっきり同じ顔をしたスヴェンは静かに走り出す。俺もそれを追うように静かに部屋を抜けた。
遅れてすみません…。




