重なる【キングサリside】
セザール国第二王子キングサリsideです。
この2年、俺は何をやってたんだろうな。記憶を辿ると、不快ではない記憶も蘇ってきて、俺は寂しく笑った。
セレナがあの案件の研究を始めたあたりから俺はハクと考えていた物の提案書の作成を始めた。そこにセレナからの勧めでルルージュも加わり、一気に俺たちの夢は現実に変わっていく。
ここ2年で多くのものが実現した。シュパールの民が言葉を覚えるための教室を作ったり、教育というものを、貴族の物から一気に一般的な物に引き上げた。いや、引き上げたといってもまだそれを出来ているのは一部だ。フェルのような貧しい家庭から教育の場へ出た事例も珍しい。まだまだ、やれることは沢山ある。
でも、この2年はとても意味のあるものだったように思える。実際に医療の場でもしっかりとした教育機関を設けることで技術の進歩が見られる。
そして、セレナの功績は認められ、彼女は有言実行したわけだ。今では国で知らぬものはいないこの国の次期王妃だ。
ルルージュも俺たちの教育案を現実味を持たせ貴族の力をフルに使った方法で一気に採用まで持っていってくれた。彼女ももう、誰も無視できない地位を築き始めているといえる。そう考えると、本当にこの2年は大きかった。
でも、俺は。俺の2年は…。
「キングサリ様?ですよね?」
小柄な可愛い姫は、そっと俺の顔を覗き込みながらふわりと笑った。淡いピンクのドレスは彼女の可憐さを物語っているようで、俺は思わず頬が緩んだ。
「ええ。」
しかし、その愛想笑いも会場の扉を抜けてすぐに消えた。
「あの……申し訳ないんですけど…。私好きな人がいるんです。だから…その。」
モジモジと申し訳なさそうに俺を見つめウルウルと瞳を潤ませる彼女に俺は苦笑した。もしかして俺、振られているのか?
「ご心配なく。俺は貴方のことをなんとも思っていない。」
いきなり口調が変わった事でモクレン姫は顔を強張らせた。
「えっと……。その。」
俺はモクレン姫の苦痛を知っている。だから、憎くはないんだ。この無知さも。このバカさも。
きっと彼女は、貴族や平民などのなんの地位もない世界にいたのなら、そんな世界があるとも思えないが、そんな平等な世界に居たのならきっととても魅力的な人であったのだろう。
心は優しく可憐で、目の前で不幸があれば自分のことのように悲しむ、そんな慈愛の心を持つ女性なのだろう。
しかし、彼女は国の姫。一国の姫としての彼女は実に痛々しく、見てられない。
そう、昔の俺を見ているようで。
彼女は俺と同じだ。
「俺、思っている人がいるので。」
「えっ…?ええ!?どなたですの!?」
恋話待ってました!と言わんばかりの食いつきに俺は少し身を引いた。会場を抜けてバルコニーのついたあたりで俺は快晴の空を見上げる。
全く、イイ天気だ。彼女の門出を祝うこの日に相応しい。俺だけだ。こんな良い日にこんな淀んだ汚い気持ちでいるのは。深く息を吸い彼女の質問に俺は素直に答える。
「セレナ様ですよ。」
俺の言葉に、彼女は顔を大きく歪ませた。哀れだろう。俺は何も敵わない。結局彼女に手は届かず此処で悲しく嘆くだけ。力になれる事といえば、祝いの空気で一杯のあの会場から昔の俺を追い出す事だけ。
プルプルと震えていた彼女は、何かを決心したように俺の目を見つめた。
「告白をしましょう。」
大きく歪んでいた顔はもうそこにはなかった。グッと拳を握り俺の手を無理やり彼女は引く。
「確実に振られるのに告白をしろと…?案外君も残酷な事を言いますね。」
「違います!だって!こんなにも傷ついていらっしゃるのに、悲しいって顔が言ってますのに、気持ちを押し殺すなんて……そんな!」
彼女はまるで自分の事のようにポロポロと瞳から涙を流した。ああ、やはり彼女は昔の俺よりも心を痛める人の心を持っている。昔の俺よりも、もっと人を思える人間であった。しかし…。それでも。そうだとしても。
「では、君はセレナを奪い合い、戦争でもしろと言うのか?」
私は彼女の手を振り払い冷たくそう言うと、酷く傷ついた顔をして私を見つめた。
「違います!ただ、伝えたっていいじゃないって言ってるんです。」
伝えたって…いい、か。そうだな。そんな風に生きれる立場であればよかったな。ただ、悔やんだ事はない。この立場だからこそ出来たことがたくさんあった。
「俺は、王族だぞ。」
「でも、人間です!」
キラキラと照らされる光に反射して彼女の髪は美しく揺れた。彼女の迷いのない瞳は俺に影を落とす。君は迷いがないな。真っ直ぐ何も不自由もなく、優しい所で、愛されて愛されて育ったんだろうな。
「違う。俺たちは、人間であると同時に、王族なんだ。これは絶対に間違っちゃダメなんだ。」
人間を忘れる事は絶対にしてはならない。昔の俺の様に、人を平気で踏みにじるような、そんなクズになるからだ。だが、王族である事も忘れてはならない。俺たちは行動言葉一つ一つに多くの命を背負っている事を忘れてはならない。
揺れる彼女の髪の奥で彼女は本気でポロポロと泣いていた。恋してはならない相手に恋をした俺に同情してくれているのだろう。ここまで自分のことのように痛める心を持っているのに、なぜ気づかない。なぜ……わからない。
「君は…ロイが好きなのか?」
俺の問いに彼女は、泣きながらも首をコクリと頷き肯定した。顔色を伺うように俺を下から見上げる。
「では、会ってどうするつもりなんだ。告白でもするのか?」
「そう……ですね。やはり、思いを伝えて…。」
光に照らされる彼女の髪に俺はそっと触れると言葉が止まる。彼女は俺の動きを、見つめ動かない。美しい髪は手を離すとハラハラと彼女の前に落ちていく。俺は静かに笑った。
「そうか、よかったな。その答えは間違いなくOKだろうからな。」
彼女は頬を真っ赤に染める。希望に溢れた、疑いなど知らない光る瞳で俺を見つめる。俺の手を取り、花が咲いたように美しく笑みを溢す。
「そっ……それはもしかして、ロイ様も、私の事を!?」
「さぁ……。そんなことは知らない。」
俺の言葉に大きく頬を膨らませ、彼女は真っ赤な顔で俺に詰め寄る。表情で今何を考えているのか全てわかる。
「知らないのに、なぜそんな事を言ったんですか?!」
「ロイの気持ちを知らなくても、答えが分かるからだ。」
「だからなんで…っ!?」
心底わからない、と言った顔のモクレン姫を俺は言葉の途中で自分の方へ無理やり手を引く。細く白い汚れを知らない綺麗な腕を引くと、彼女の大きな瞳が目の前でうるうると揺れた。
「お前が王族だからだ。」
俺の言葉にひどく彼女は怯える。それもそうだろう。箱の中で大事に大事に育てられてきた彼女は怒ってくれる人もいなかったのだから。きっと俺のように。
「いいか。王族って言うのは、生まれ落ちた瞬間から、国民からすれば逆らえない、歯向かえない存在なんだ。おまえの言うように俺たちは唯の人間だ。間違いも嘘も吐くただの人間でありながら、神のように、皆から慕われる存在なんだ。」
俺にはセレナがいた。叱ってくれた、気づかせてくれたセレナがいた。ここまで気づかないでいるのはあまりにもコイツが可哀想だ。
彼女は知らない。自分が影でなんと呼ばれているか。なんてバカにされているか。何も知らない仮初の平和の上で優しく楽しく笑ってる。
「お前が殺せと言えばきっと恐ろしく簡単に人が死ぬ。お前がクビと言えば思うよりずっと容易にクビにできる。そんな強大な力を生まれながらに持ってるんだよ。俺たちは。」
本来ならもっとずっとずっと前に教えられないといけなかった事。大事で大切な事。
「お前が欲しいと言えばなんでも手に入る。ロイだってそうだ。お前がさっきした行動はそう言う行動だ。もしロイに思い人が居たらどうする?きっとそれでもロイはお前を好きだと言うだろうな。気持ちを押し殺して。お前を愛していると愛の言葉を囁くだろう。さっきのお前は一人の大切な気持ちを押し殺させたかもしれないんだ。」
ポロポロと大きな瞳から流れる涙。伝う頬はゆっくりと涙を通すように跡をつけて濡れていく。ガクガクと震えているのに、決して彼女は目を逸さなかった。
「言葉1つで、俺たちは人を生かす事も殺す事も出来る。その責任をよく考えろ。俺たちは人間であると同時に、王族なんだ。」
強く掴む腕を離すと、ほんのりと赤く染まっていた。彼女はそのまま何も言わずにガクリと床に座り込む。大声で泣いて泣いて泣いて。彼女は両手で顔を覆った。
君は愛されていることを疑わない。それはどんなに幸せで当たり前じゃない世界だったのだろう。
人の気持ちはわからない。口で言っていたとしても心の中は誰にも覗けない。そして、俺たち王族は、どうすれば本気で誰かとぶつかれると言うのだろう。身分が生まれながらにして上な俺たちはどうやって、心の中を曝け出せる、信じられる人を見つけられるというのだろう。
怖いんだ。この世界は。愛される保証もなく、誰かと繋がってられる保証もない。孤独で孤独で孤独な世界。
だが、歩かなければ進まない。一歩を踏み出さなければ俺たちは生きていけないんだ。
上がる息を整えながら俺はゆっくり歩き出す。
「多大なる無礼を、失礼致しました。モクレン姫。今の件は全て私の独断ですので、処分なら私に…。」
一言告げて、呆然と涙を流す彼女をバルコニーに置いて俺は外に出た。
そうだ、俺は王族だ。さっきの自分の言葉を反芻する。俺たちは人の命を背負ってる。大勢が、俺の背中には居る。生まれながらに背負った使命。
だから……止めないと。
俺は溢れる涙を大きく拭う。
母上を、止めねば、セレナもいなくなってしまう。俺に人を教えてくれたセレナもこの世から。いなくなってしまう。
なぜこんなことになったんだ。何年もの間あの人と一緒にいたのに、結局何も出来なかった。俺は余りにも力がなさすぎる。モクレンの様なこんな小さな事でしか力になれない。
彼女を救いたい。失いたくない。隣に俺は居なくてもいいから、生きていてほしい。
俺は握る拳を壁に叩きつける。鈍い痛みすら感じない。こんな俺でも最後に母上をとめられるのなら。やらねば。
でないと、きっと彼女はこの世から消えてしまう。




