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重なる

「いやぁぁ〜〜。凄かったなぁ〜。本当に。」


 明らかにわざと。大きな声で私を揶揄うのは紛れもなく私の護衛。


「まさかチューしちゃうなんてなぁ〜。」


「だから!私は額にしようとおもってて!」


「そして涙ながらの抱擁だもんなぁ!」


 くっ………。コイツ!解雇にしてやろうかしら!私はキスした直後から周囲に人がいることがすっぽりと抜けていた。カイトだけではなく、周りの生暖かい視線が私の心を容赦なく刺し殺す。


「カイト。いい加減にしないと、主人として何かしらの罰を……」


「あーあー!ごめんって!俺も嬉しいんだよ!姫さんの長年の思いが叶ってさ!」


 カイトは困ったように眉をハの字にして、私を見つめた。


「おめでとう。姫さん。」


 素直で真っ直ぐなカイトはなんだかくすぐったい。


「ありがとう。カイト。でも、まだ婚約ですから。まだわからないので油断できません。」


「ほえー。婚約なんて結婚するって決まったようなものだろぉ。用心深いねぇ。怖いねぇ。」


「普通です!」


 カイトに噛み付いた後、いや普通じゃないか、と思い直す。婚約は結婚の約束でほぼ結婚するってことだもんね。こんなに用心深いのも普通はおかしい話なのか。


 でも、私は用心深くいかなければならない。なぜなら乙女ゲームの始まりはここからで、ストーリーを順当に追えば婚約破棄につながってしまうのだから。


 ……こんなにめでたい日だというのに、婚約破棄のリスクを考えているのなんて、私だけだろうに。なんて、不幸なのだろうと私はうなだれた。


 いや……逆か。そのまま無知なまま進んでいれば私は婚約破棄の道に進んでいたわけであって、感謝すべきか。未来を知っていることを。


「姫さん。姫さん。」


 いきなりコソコソと耳元に近づきカイトは警戒の色を強めた。


「お姫様がこっちに向かってんだけど。」


「え…。」


 私は振り向かず視線の端でカイトの言う方を向くと、ため息を吐くアーサーとモクレン姫が私たちの方へ向かってきていた。


「どうする?逃げる?」


「いえ、無理ですね。仕方がないです。」


 こちらへ向かっていることを見ると、おそらく私への祝いの挨拶。此処で逃げるのは礼儀として良くない。サラリと終わらせて、すぐに会場の端に溶け込もう。


 カルミア様も各国のお偉いさん達にご挨拶に回っている。最初は私と二人で行うのかと思っていたが、婚約式では別々にいるのがこの国では一般的らしい。


 私の礼儀とか振る舞いとかがカルミア様に相応しいかを見定める場でもあるんだろう。全く、婚約してもこの立場になっても気が抜けないものだ。


「久しいな。セレナ殿。元気にしていたか?」


「お久しぶりです。お陰様で、とっても元気でしたよ。アーサー様もお元気そうで何よりです。」


「セレナ様ね!?!?」


 私とアーサーがほのぼのと挨拶をしていると、横でぴょこりと顔を覗かせていたモクレン姫が会話に入り込む。


「おい、お前。会話を振るのは相手が先だと何度言えば良いのだ。無礼だぞ。」


「あら。お兄様ったら意地悪ね。いいじゃないべつに。ねぇ!セレナ様?」


「あぁ……。ははは。」


 笑えば花が舞うようで、天真爛漫な彼女はきっととても魅力的な人なのだろう。心も優しく、とても素敵な人なのだろう。しかし、この場にはあまりにも……。


「本当にすまない。」


「いえいえ!アーサー様!私は全然大丈夫ですから。」


 本当に申し訳なさそうに、頭を抱え謝罪を口にしたアーサーをモクレンは本当に不思議そうに見つめていた。もうこれ、どうすればいいのよ。隣国の第一王子を謝らせるなんて……。


「この度は本当におめでとうございます!あんな素敵でカッコイイカルミア様と結婚できるなんて羨ましいですわぁ。」


「ありがとうございます。では…私は向かう所がありますので。」


 愛想笑いを浮かべ、私は立ち去ろうとした。彼女の口から何が飛び出すかわからない今は関わらないことが吉だと判断したからだ。アーサーとの久々の対面ではあったけど、仕方がない。


 こればっかりは無理!!


 私がドレスをふわりと翻し、後ろを向うとすると、彼女の手が私のドレスの裾を掴んだ。


 えっ………。嘘でしょ?裾……掴んでるの?


 マナーのなっていないこの状況に私は顔を青くした。そして周囲のざわめきがこちらまで伝わるのがわかる。皆んなから注目が集まる中、アーサーが叱責しようと眉を潜め大きく息を吸ったところで、モクレンはあろう事か、大きな声で私に言い放った。


「ロイ様は?!貴方の護衛よね?ロイ・ウェンデル様は今日はいらっしゃらないのかしら?!」


 ピンと張り詰める空気。私は思わず人目を憚らず頭を抱えた。アーサーと目が合うと彼も心底青い顔で私を見ていた。彼でも扱えきれない爆弾というわけね。


「彼は…一月ほど休暇をとっていますので。」


 もちろん嘘であるが、私はそう伝えた。彼女は自分の立場を弁えてなさすぎる。彼女は王族なのだ。彼女が一言言えば多くが動いてしまうほどの大事になるかもしれないのだ。噂を一つだとしても、彼女が言うということは大きな意味をもってしまう。


 そっと、彼女の手をドレスから離し、私は距離を取る選択をした。こんな所に少しもいられない。彼は私の大切な護衛よ。過去に彼が彼女に何をしたのか知らないけど、彼の命に関わるような事には…決して私がさせない…。


 しかし、この選択がいけなかった。


 遠ざかる私に彼女は焦り、必死で叫んだのだ。


 そう、大声で。


「私、彼のことをとても好ましく思っているんです!一月待てば会えますか?!」


 流れるクラシック。揺れるドレス。響めきの中にあるはずの会場は、一時的に静寂に包まれた。


 彼女のもたらした静寂はやがてザワザワと喧騒を始め、私は青い顔を更に青くした。


「それは………どういう意味でしょうか。」


「えっと…その。私、ロイ様に出会った時からずっと好きでその、お会いしたいなぁって思ってて。だからあの今日もお兄様に内緒でこっそりついてきた感じで…。えへへ。すみません。」


 頭をぽりぽりと掻きながら彼女は本当に可愛らしく笑った。


 私は手先が冷たくなるのを感じた。背中に伝う冷や汗も目の前が歪む景色も全て……。


 ロイ…。……アイリーン。


 アーサーは、青くしていた顔を、怒りで歪ませた。王族が公式の場で望んだという事は、それはもう変えられない。


 騒つくピリつく空気に、私の息だけが聞こえる気がする。どうしよう。このままだと、ロイが。


 ロイが行ってしまう。


「セレナ。」


 泣きたくなる目を堪えて、私の愛しい声に振り向くと、そこには優しく笑うカルミア様がいた。


「大丈夫だ。俺たちがなんとかする。」


 俺…()()??


「モクレン姫。すまないが、ロイはこの国の優秀な騎士でもある。今は会うことは難しいかもしれない。」


「私、待ちます!ここで!全然平気ですよ!なんなら、そこらへんで泊まりますから!」


 彼女の言葉に更に周囲がどよめく。


 泊まるって貴方。隣国の王族を此処に宿泊させるのにどれだけの準備が必要だと思っているの。それに、質素でいいなんてこと貴方が言ってもそんなことできるわけがないでしょう。


 彼女のキラキラとした笑顔が、わたしにはとても痛くて痛くて、思わず顔を逸らした。彼女の無知さは実に痛々しい。こんなに周囲を混乱に波乱に貶めている彼女の表情は一変の曇りもない。きっと、何も気づいていない。


 私が途方に暮れていると、横から久しぶりな声が聞こえた。


「よぉ。セレナ。」


 振り返るとそこには少し背の伸びたキングサリが立っていた。可愛らしかったニヤケ面はもうそこにはなく、成長し素敵な男性になっていた。


「なんだか、ずいぶん会わない内に背が…伸びましたね。」


 キングサリとは、ここ半年あまり会えていなかった。それは、キングサリ自体忙しいのと、アリシアが心に病を患ったらしく、別荘で休んでいたからだ。キングサリはそこにまぁ、おそらく無理矢理連れて行かれていた。


「惚れた?」


「んな、バカな。」


 小声で私に冗談を呟くキングサリに、こんな状況なのでも笑ってしまった。相変わらず私を元気にすることが上手いんだから。しかし、今日はいつものキングサリとは違った。優しい視線が私を擽る。


「おめでとう。綺麗だよ。ほんと。」


「え?」


 目を合わさず遠くを見つめて言うキングサリに胸のざわめきを感じる。こんな事素直に言える性格だったかしら。こんなに優しい瞳を私に向ける人だったかしら。私の動揺を他所にキングサリは、そのまま呟いた。


「此処は、俺に任せてよ。」


 私が返事をする前に彼は歩き出す。響めく会場を堂々と歩いてモクレン姫に颯爽と跪く。


「なんて、素敵な方なんだろうか…。私と踊ってくれますか?」


 ポッと赤くなるモクレンの頬。差し出した彼女の手にキスをするキングサリを見て私は、嫌な予感がした。


 ……というか…。貴方もしや。


 優しく彼女をエスコートし、倒れそうなほどの素敵な笑顔で会場を去るキングサリは、紛れもなく乙女ゲームで見ていた、女性に優しいキングサリだった。その姿と同じようにピッタリと重なる。


 いつもの無邪気で真っ直ぐで素直な可愛らしいキングサリではなく、優雅に慣れた手つきでエスコートできる乙女ゲームと同じの彼。


「まぁ!噂は本当だったのかしら。」


 響く周囲の囁く声に私は肩を震わせた。まさか、本当にキングサリは……。


 モクレン姫とキングサリの噂は薄れていたにしろ確実にみんな知っていた。ここでキングサリが誘ったなど、最早そんなもの確定ではないか。彼は自分を犠牲に……?


 私は強く握る手を震わせた。そんなの私、望んでないよ。誰かの気持ちを押し殺すような選択、私望んでないからね。


 優しく私の背を支えてくれるカルミア様と共に、会場からモクレンと二人消えていくキングサリから私は目が離せなかった。

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