貴族の宿命
「大分、肩の力が抜けましたね。何かありましたぁ?特に……殿下殿とかと。」
「へ!?」
研究室で今日も仕事をしていると、バンに声をかけられて、私は耳まで真っ赤に染め上げる。
「いや、別に……。なにも…。」
ニヨニヨと私を見つめるのはバンだけではなく、カイトも横から私を見つめていた。
「何ですか?」
「いやー?別に。良かったなぁって思ってるだけだよ。」
カイトは私の真っ赤な顔を覗きこんだあと、ゆっくり立ち上がり、私の頭をポンポンと撫でて部屋から出る。ったく。どこまでわかってるんだか、わかってないんだか。
「じゃ、先輩にどやされるから、外で待ってるよ。」
「ふふ。ロイね。了解。」
確かに、肩の力が抜けた気がする。少し色々焦りすぎていたのかもしれない。勿論やるべきことは変わらないけれど。それでも、カルミア様が来てくれて、とても嬉しかった。「セレナ以外を妃には望まない」とはっきり言ってくれたこと、なによりも嬉しかった。
でも、だとすれば、今度は名ばかりの妃にならないように頑張らなくては。それが一番今大切。
色々気になるところもあるけれど、ルルージュに対するカルミア様の感じとか、ね?
でも、私はカルミア様を信じてる。
「セレナ殿。セレナ殿!」
「うわぁ!はい!」
バンに声をかけられて、私は瞑想から思考を戻すと、バンが困った顔で私を見ていた。
「どうされました?」
無言で指差す方を見ると、先程カイトの出て行った扉から何やら口論の声が聞こえて来る。
ロイと……あと誰だろう。女性の声。
私は扉の前に耳をつけ盗み聞く。
『何を企んでいるのかわかるまではこの扉は通せません。』
『なにも企んでませんわ。私はただ、セレナ様にお伝えしたいことがあるだけです。』
『私が伝えておきますので。何でしょうか?』
『はぁ。話が通じませんね。』
『ねぇねぇ。この人誰な訳?何か姫さんにした訳?』
『カイトさんは黙っててください。』
そこで、私は扉を開けた。ロイの驚いた顔が目に飛び込んでくる。ごめん。ロイ。
「セレナ様!やっと顔を見れましたわ!もう、早くこのお話をしたくてしたくて!早く!中へ!」
「ルルージュ様!?何故急に!」
引きずられるように私とルルージュは研究室に吸い込まれる。
机にルルージュは太い資料をドカンと置いた。その資料が何なのか分からず、恐る恐る手にとると、そこにはこう書かれていた。
「託児施設案?」
「そうですわ。セレナ様。あなたの知識は素晴らしいものです。でも、とても実現可能なものにできるとは思えない。自分の意見を採用してほしいならもっと現実的な対策がないと。」
ルルージュが提案してきた案、というのは、女性の社会進出における多くの問題を解決するものだった。
私は、自分の看護の知識をマニュアル化することでいっぱいいっぱいになって、多くを忘れていた。働くには、子供を預ける託児所もいる。職業の能力を育成する教育もいる。彼女の持ってきたものにはそれに対する対応策を全てか書かれていた。
「それに、法律というものがあります。もしセレナ様の意見を通したいのであればそれも遵守しているかどうか確認しなければなりません。新しい事を始める、作るという事は、そういうことです。相手にぐうの音も出ない案を叩きつけねば、採用などされません。」
ルルージュは横に持つ法律書をドンと机に乗せた。
「私は全て勉強してますわ。私がそこはカバーしましょう。」
なぜ、彼女が法律を?当然有れば便利な知識ではあるだろうが、基本的に社交界に出るような令嬢にはいらない知識だ。それとも王妃になった後の事を考えて勉強したのか?いや、それにしても、王妃の仕事に法律関連はほとんどない。
「あと、この案件をどうやって採用してもらうおつもりでしたの?貴族の票は、良い案だから入れてもらえる、といった単純な物ではありませんよ?」
「ええっと……」
口籠る私にルルージュは大きくため息をつく。
「貴方は正直言って周囲の他の貴族から嫌われています。今の現状で票はスカルスガルドの息のかかった範囲のみ。殆どが貴方の家を疎ましく思っています。当然ですけどね。出る杭は打たれますから。」
うう。耳が痛い。突出したスカルスガルドは本当に嫌われていると知っていた。知っていたが、そこまで深く考えていなかった。自分がいかに焦っていたか、考えが浅かったかを思い知る。
「いいですわ。私が連れてきます。過半数の貴族をこちらに付けるなど私には容易いですわ。」
心強い。彼女が話に噛んだだけでどんどん話が動いてく。進んでく。彼女の能力は本当に凄いのだと思い知らされる。でも、それと同時に湧き上がる疑問。
『あいつが見ているのは、俺じゃない。もっと違う所だ。』
カルミア様の言葉を私は反芻する。彼女は一体何を考えているの?何を思ってここまで……
「あの…なぜこんなにも私に協力してくださるのですか?」
素直に、私は彼女に疑問をぶつけた。
だっておかしいのだ。同じ婚約者同士、争う仲で、成功すれば私が有利になってしまう。何故こんなにも私に協力してくれるのか…。
「セレナ様。私、ずっとずっと男の人になりたかったんです。」
「へ?」
私の明らかに困惑した顔に、ルルージュは自嘲気味に笑った。
「私は一人娘です。貴方と同じですね。なら、少し気持ちがわかってくれるかしら。」
ああ、そういうことか。所謂、貴方も生まれるなら男であれ、と望まれた側なのね。
私はお父様が少し変わっていたからそこまで影響はなかった。きっとあの人は自分の代で家が途絶えようと、滅びようと、どうでも良いと思っているし、男の子を手に入れる為に優秀な養子などを探しに回るほど暇じゃない。
でも、お母様は男の子が欲しかった。あんなお父様であっても、お母様は責任を感じてた。家を守っていくということは貴族には大切なこと。もしもお父様までその思考が強かったらと考えるとゾッとする。だからこそ、お母様のした私への事を今更怒ったりなどはしていない。私も理解できるからだ。
彼女はどうだろう。優秀なアデラインの家。お父様もお母様もさぞ男の子が欲しかったに違いない。ルルージュの男になりたかったという気持ちは痛いほどわかる。
「でも……どうして男でないと名を継げないの?」
ルルージュの言葉に私は顔を上げた。
「女だって、優秀な人はいるわ。きっと世界で活躍できる人は沢山いる。なのに何故、性が女というだけで、私達は多くを諦めなければならないの?」
ルルージュは大きな瞳を見開いて私を見つめる。
「貴方は私を可笑しいと思うかしら?」
「いいえ。全く。」
私がキッパリとそう、告げると彼女は優しく笑った。彼女のような人がきっと歴史を生み出す。これからの時代を作り出す。
「貴方ならそう言ってくれると思ったわ。なんだか、この国の人と話している感じがしないもの。」
彼女のあながち間違っていない、的確な言葉にドキリと心臓を震わせる。本当に彼女は優秀で侮れない。
「私が協力してあげる。だから、必ずこれを成功させなさい。そして、女性の進出の第一歩にするのよ。」
私は彼女に手を差し出した。その手を力強く彼女は握る。
「私が貴方を王妃にしてあげる。」
強い強い瞳に私は圧倒される。きっとこの日は一生忘れられない日になるだろう。ルルージュと手を合わせ、私はそう感じた。
次回で時間が飛ぶと思います。いよいよ最終章にはいるかな?どのくらいかかるかわからないですが、最後まで一緒に走ってくださるととても嬉しいです!
ちなみに、本日短編を一つ投稿してみました。この作品を書く前に書いていた悪役令嬢物で、一応構想はあるのですが書き上げられるかわからないので短編として昇華させて頂きました。初めて書いていた作品なので拙いです。本当に…笑
次の新作の小説はこれにするか迷ってます笑
お時間ある時に是非覗いてみてください。本当にプロローグとして書いたものなので、途中も途中なのですが。。




