Part 3
1
純が美依子の連絡先をもらったのは、出会ってから2週間後のこと。昼休みに遊人からもらった。
連絡先をもらったその日から、純は彼女に、毎日メッセージを送るようになった。
だが、美依子からの返信は遅い。届くのは早くて2、3時間後、遅いときには、その翌日に来ることがあった。
「なぜ、こうも返信が遅いのか?」と純はメッセージを送ると、美依子は、
「課題が多いのと、塾や部活があって忙しいの。返信遅くてごめんね。野間くん」
と返してきた。さすがは天下の金鶏学院高校。かなりのハードスケジュールだ。
「そうか。ごめんな。忙しいのにバンバン送ってしまって。あ、今度、いつ会える?」
「うーん。ゴールデンウィーク明けの日曜はどうかしら?」
「了解」
会う日時が決まった。
ゴールデンウィーク明けの日曜日。1か月前まで枯れ木同然だった千川家の庭に植えられた木には、鮮やかな黄緑色の葉が繁っている。
隠し部屋では、純と美依子が楽しそうにスマホゲームを楽しんでいた。
Part 3まで読んで、「デートをしたりしないのか?」と疑問に思った読者も多いかもしれない。最初に話したように、法律で中高生の男女交際が禁止されているため、青少年カップルが手をつないで、堂々と街中を歩くことはできない。おしゃれなカフェで、一緒にスイーツを楽しんでいるなど、拘留ものだ。
「そういえば、野間くんの学校って、テストいつなの?」
スマホをいじっていた美依子は、聞いてきた。
「うーん」
純は頬づえをつきながら、テストの日がいつだったか、思いだそうとする。
「26日だろう?」
遊人は純の耳元でささやいた。
「あ、そうだ。26日だった!」
純は目を大きくして、立ち上がる。
「純、それくらい、覚えておいた方がいいんじゃないか? テストまであと2週間、って先生方が口酸っぱく言ってるし」
遊人はため息を一つつく。
「え、あ、でも、まだ2週間ちょいあるから余裕か」
「そんなんで赤点取るなよ」
「わかってるって」
「野間くん、頑張ってね」
「頑張ってやるさ。美依子のためなら、100でも取ってやる!」
「楽しみにしてるわ」
(何だか、先が思いやられそうだ)
遊人は心の中でつぶやき、ため息を1つつく。
2
翌日の朝。
いつもより早めに登校した純は、ロッカーの中に入れっぱなしにしていた問題集を取り出した。
机の上に開いて、テスト勉強をはじめる。
「やっぱり、慣れないことはするもんじゃないな」
純は愚痴をこぼした。昔からテスト3日前に焦り出す性分だから、愚痴をこぼすのも無理はない。
だが、今回のテストは違う。美依子と、いい点を取る、と約束した。だから、今までのように、怠けてはいられない。
数学の勉強が終わったあと、古典文法の問題集を開き、表の空欄にあてはまる助動詞を入れる。
「なり、たり、まほし・・・・・・次なんだっけ?」
「ごとし、だろう?」
誰かが耳元でつぶやく。
誰だ、と思って振り返ると、遊人だった。
「よっ、純。朝から勉強してるなんて珍しいなぁ。頭でも打ったか?」
「頭打った、は余計だ。おれはこの前、美依子と約束したからな。いい点取るんだ、って」
「そのやる気もいつまで持つかね」
遊人はからかう口調で言った。
「おい、お前今なんつった」
純は反論しようとしたところで、
「遊人。昨日借りた教科書、返せなくてごめんな」
隣のクラスの伊東が、現代文の教科書を持って、教室に入ってきた。
伊東は借りていた教科書を、遊人に差し出す。
「ありがとう」
遊人は教科書を受けとり、それをしまいに、ロッカーへ向かった。
伊東は純の方を向いて、
「お、あの成績最下位の純が勉強してる!」
驚いた表情でこちらを見つめてくる。
「うるさいなぁ、伊東。こっちだって、学年最下位を脱却したいんだよ!」
「まあ、頑張れ」
伊東はそう言って、教室を出る。
3
「ただいま」
純はドアを閉め、靴を脱いで玄関の右端にそろえる。
「純、おかえり」
「おかえり」
純は部屋へと直行し、ドアを開けようとした。
すれ違った純の母親は、最近様子がおかしい純の様子について、聞いてくる。
「あら、純、また自分の部屋? 最近、よくこもってるけど、どうしたの?」
「母さんには関係ないだろう」
「教えてくれたっていいじゃない」
「──」
純は黙ってドアを開け、部屋に入る。
「よし、勉強しないとだな」
純は、カバンの中に入れた参考書を取り出し、机の上に開く。
(まさかだけど、イヤらしい写真集やDVD見て、あんなことしてたりして・・・・・・だったら、父さんに言いつけて、やめさせないと)
純の母親は不安だった。
最近、息子である純の様子が、違う誰かのように感じるからだ。
いつもの純は、自分や父さんが、「遅刻するよ」と注意しなければ、学校へ行こうとしない。休みの日ともなれば、昼夜逆転の生活を送っている。
帰ってきたら、制服のままリビングのソファーを占領し、ゲームをする。そして自分が、「ゲームばかりしてないで、勉強しなさい!」と叱ると、言い訳をして逆ギレ。これが、いつもの純。怠惰でだらしないために、放っておけないところがあった。
だが、4月の初めから、純の様子が変わりはじめた。
誰から注意されなくても、すぐに支度を整え、学校へ行く。休みの日は、早く起きて一人どこかへ出かけるになった。帰ってきたら部屋に籠って、何かをしている。
(やっぱり、純はおかしくなった。人間が短期間で、あんなにまともになるはずがない)
純の母親は駆け足で純の部屋まで行き、ノックもしないで戸を思いっきり開け、
「純!」
大きな声で名前を呼ぶ。
「母さん、どうした? そんなに必死な表情になって。今、俺勉強してんだけど。集中してるから──」
出てってくれないかな? と注意しようとしたときに、純の母親は、
「純、最近おかしいよ。2年になってから特にそう。学校帰ったら部屋に籠るし、いつも早寝早起きになったし。純、何か悩み事があるんじゃないの? まさかだけど、母さんに内緒で、男女交際してたりしないでしょうね?」
今にも泣きそうな表情で、純に聞いてきた。
(何が悩みごとだ。俺は1年のころよりも充実してるんだよ。よく観察しろや、クソババァ。誰が親の前で堂々と、犯罪やってます、なんて言うかよ。むしろ、まともになったことを褒めるべきじゃないのか?)
心の中で、母親への悪罵を呟いた純は、
「母さん、人なんて、刻が経てば、自然と変わるもんだろ。さっきも言ったけど、集中できないから、あっち行ってくれないかな!」
部屋から母親を追い出し、乱暴に戸を閉めた。