Part 2
1
日曜日。
朝早く起きた純は、遊人からもらったメモを頼りに、待ち合わせ場所である埼玉県K市の駅まで、電車を乗り継いで来た。
駅を降りると、駅前にコンビニや商店などはなく、田起こしされたばかりの焦げ茶色の田んぼと、2階建ての家がぽつぽつとあるくらいだ。
純はLINEで、K駅の北口で待っている、と送り、スマホゲームをしながら待つ。
15分ほど待ったころ。自転車に乗った遊人がやってきた。
「申し訳ない。寝坊したもので」
汗だくになっていた遊人は、自転車を止めた。
「そうか。よくあるよな」
「だね。やっぱり、夜ふかしはよくない」
「そうだな」
「あ、こんなところで油を売っていると、せっかく誘った女の子が逃げてしまう。急ごう」
純はうなずく。
「うん」
「家まで案内するから、僕についてきて」
「わかった」
純は、自転車を手で押しながら歩く遊人についてゆく。
2
田んぼとトタンが貼られた小屋、家屋しかない田舎道を、二人で歩くこと30分。
遊人は、茶色い木の壁と広い玄関が特徴的な家の敷地内へ入る。
「ついた」
遊人は玄関の前で自転車を停め、鍵をかけた。
「ここが遊人の家か」
「入ってもいいよ」
遊人は手招きをした。
「そうか。じゃあ、入るぞ」
純は敷地内に入る。
千川家の敷地内には、島のある大きな池があり、その中を赤と黒のまだら模様の錦鯉と白い鯉が仲良く泳いでいる。
遊人の自転車の隣に、水色のママチャリが停まっていた。きっと、これから会う女の子のものだろう。
「失礼します」
純は一礼して、遊人の家の敷居をまたぐ。
目の前には広い廊下があった。
両脇にはむき出しの柱や梁が組まれ、柱と柱の間には、松や梅、竹などが墨で描かれた襖があった。
「お邪魔します」
純は靴を脱ぎ、玄関の右端に揃えて中へ入る。
遊人は大きな廊下をまっすぐ進み、左へ曲がった先にある、奥の部屋へ案内した。何も描かれていない戸に向かって、声をかける。
「失礼。逃げてないかい?」
戸の向こう側にいた人物は、
「逃げるわけないじゃない」
少し大きめの声で答えた。それは紛れもない、女の子の声。
声を聞いた純は、緊張のあまり心臓の鼓動が高鳴り、小刻みに脈打っているのがわかった。
遊人は戸を開ける。
戸の先には、八畳ほどはあろう畳敷きの和室が広がっていた。開けられた障子戸の前には、苔のむした庭が広がっている。
お目当ての女の子は、開けられた戸の前に座っていた。
後ろ姿からわかることは、ピンクのパーカーを羽織り、茶色がかった長い髪が特徴的な、小さい女の子だということ。
(どうか、紹介してくれた娘が、かわいい娘でありますように)
純は、振り返ったらブサイクでないことを祈った。後ろ姿が美少女でも、正面がダメなら幻滅してしまう。
「遅れてすまない」
遊人が謝ると、女の子は振り向いた。
女の子は、色白で丸顔、大きな飴色の瞳とぷっくらとした厚めの唇が特徴的な、美少女だった。
「遅かったのね、遊人。後ろにいる男の子が私に紹介する人?」
純と遊人がいる扉の方を見、白く細い首をかしげる。
「そうですよ。彼は僕と同じ高校に通っている、野間純です」
純は顔を真っ赤にして、
「よ、よろしく」
一礼した。女子とめったに話さないためか、声がどこかぎこちない。
「私は草野美依子。よろしくね、野間くん」
「お、おう」
「美依子は頭がいいんだ。何でも、金鶏学院大学付属高校に通っている。将来性も抜群だ!」
遊人は誇らしげに、彼女のいる高校について説明した。
「ちょっ、何言ってるのよ。まだ将来のことなんて、決まってないのに」
美依子は軽く遊人の手を叩く。
「仲、いいんだな」
「まあ、小さいころから知っているからね」
「へぇ。いわゆる、幼なじみってやつか」
「そんなとこかな」
「なるほど。美依子?」
「なに?」
美依子は細い首をかしげる。
「しゅ、趣味は、なんだ?」
純はどもり気味に聞いた。
「趣味ねぇ。あ、スマホゲームかな? あ、あと川柳かな」
美依子は答えた。
「そうか。どんなゲームやってんだ?」
美依子はスマホをつけてパスワードを解き、
「こんな感じ」
ホーム画面を見せる。中には虎猫やモ○○○などのアプリがある。
「虎猫かぁ。最近マンネリ化してきたよなぁ。だから、最近はログインしてない」
「野間くんもそう思ってたんだ。私もそう思っていたの」
「そうなのか。仲間だな」
このとき、純は思った。女の子もスマホゲームしたりするんだな、と。
この日はスマホゲームのフレンド登録や、ゲームの話をしただけで終わった。連絡先はもらっていない。