一話目 百鬼先輩
暖かな微睡みへ誘うかのような心地よい朝日が注ぐある日。
その日は何処も誰もが忙しなく、朝日の誘いにすら気づかぬまま喧騒を醸していた。
俺は1人、それに気付きつつも目を擦り、眠気を振り払う。
織折学園ー。どこにでもある普遍の学園は偏差値はまあまあ高い。
俺、白槻一は中学の顔見知りがいないという理由だけで
わざわざ遠く離れたこの学園を選んだだけあり、興奮冷めやらぬ他の生徒から少し距離を感じていた。
真新しい制服に身を包んだ生徒たちが入学式を終え、誰もが落ち着かない様子で体育館前で佇んでいた。
俺もまた、他の生徒たちから付かず離れずの位置で
1人黙って辺りの生徒たちのお喋りに聞き耳を立てていた。
「おい、見たか?アレ。」
「ああ、アイツだろ?女子たちがキャーキャー騒いでた…」
「さっき先生が話してるの聞いたんだけどさ。ここの成績トップらしいぜ。」
「マジかよ…。顔良し頭良しって本当にいるんだな。」
いくつかのグループで一塊に佇む生徒たちは
先の入学式で挨拶で登壇したある生徒の話でもちきりだった。
女子は頬を赤らめ、興奮気味に。
対して男子はそんな女子を遠巻きに。
そんな喧騒も教師たちが一つ、また一つとグループを率いてこれから過ごす学園内部へ連れだち、
だんだんと静けさを帯びてきた。
最後に残った俺たちのグループにも一人の教師が近づいてきた。
少し気弱そうなその教師は少し暗めの茶髪のボサボサ頭を掻きながら手を振り生徒の注目を集める。
俺もまたそれにならう。
「全員いるね?じゃあこれから学園内を案内する…つもりなんだけど。
…えーっと、あれ。百鬼は?」
教師はきょろきょろと不安そうに辺りを見渡し誰かを探しているようだった。
百鬼……。確か……。
「ここにいますよ、狐上先生。」
ざわざわと騒めきが一層強くなる。
…そうだ。さっきの入学式のとき、在校生代表で挨拶していた先輩だ。
中性的で整いすぎた顔立ちに妖しげな微笑みを浮かべたその人は
女子だけでなく男ですらドキっとしてしまう。
間近で見ると尚のことだった。
陽に当たってキラキラ光るその白髪は神々しさすら感じられ、
風で揺らいだ前髪から覗く赤い2つの目は微笑みに合わせ、ふっと細められる。
「おわっ!相変わらず神出鬼没で…だね、百鬼。」
「ふふ、驚かせてしまったようですね。」
驚きたじろぐ教師を可笑しそうに口元に手を当て笑う姿に俺も含め周りが息を呑むのが分かる。
「いや、構わない…。」
「それで?何かご用ですか?」
絶やさずにこにこと、どこか品すら感じられる百鬼と呼ばれたその先輩のすぐ傍で
マスクを付け、ジッと寄り添うように佇む男子生徒と一瞬目が合う……が直ぐに逸らされる。
生徒たちを一人一人観察しているように見えたのは気のせいだろうか。
「ああ、新入生に学園内の案内を頼めないかと思って。」
「?先生の担当のクラスの生徒ですか?」
教師のその言葉に女子たちの小声がわずかに大きくなる。
「そうそう。さっき学園長に呼び出されちゃって今すぐ向かわなきゃならないんだ。」
「おや、またですか?狐上先生も大変ですね。」
「ハハ…まあ。それで百鬼に代わりに頼めないかな。
百鬼は生徒会長だし、安心して任せられる。」
「ふふ、物は言いようですね。いいですよ。うちのクラスはちょうど自習でしたので。
…幽も構いませんね?」
「………。」(こくり)
「助かる!じゃああとは頼んだ!」
それだけ言うと教師はそそくさとまるで逃げるように小走りで去っていった。
学園長に呼び出しを食うって内容にもよるがそんな教師が担任で大丈夫なんだろうか。
そんな一抹の不安を余所に、百鬼先輩はこちらに向き直る。
「……それでは、まず入学おめでとうございます。
私は2年の百鬼シロと言います。
この学園の生徒会長も務めさせてもらっていますので
新入生の皆さんもお困りの際は頼ってもらえると嬉しいです。」
生徒会長?新学期ですでに?なんなら1年生からやってるのか?
さっきの成績トップの話は本当だったのか。
見目もよく、頭もいい上に生徒会長…リアルで本当にいるんだと周りの騒がしさは納得できた。
「?ああ、こっちはユウ……百鬼幽と言います。
同じ2年で……少々人見知りをする子なのでお気になさらず。」
「百鬼?お二人はどういう…。」
「遠い親戚です。共に育ったので兄弟のようなものです。」
「………。」
チラリと百鬼先輩は隣に立つ幽と呼ばれた先輩に目配せする。
それに気づき、わずかに眉間にシワを寄せてこっちに向けて軽く頭を下げるも一言も喋らない。
人見知りってレベルなのか、これは。
「それでは参りましょうか。
広い学園ですので迷子にならないようしっかり付いてきてくださいね。」
くるりと背を向けて歩き出す。そんな一挙一動に抑えながらも周りから黄色い歓声があがる。
幽先輩はそんな様子を鬱陶しそうに一瞥しつつも百鬼先輩の後に続く。
普通だと思っていたこの学園がこの先輩の存在で少し逸脱したものに感じられ、少し不安を覚えた。
この時までは。少しの不安…それで済んだ。
…これが始まり。俺にとっての全ての始まり。
今思えばこの学園に入学しようと決めたときから始まっていたのかもしれない。
それも彼が俺に気付くまではーー。
1話目、短め投稿です。
以降少し長くなってきます。