不自由の中にこそ、幸せはある
「そう言えば悠さんはここ数年、正月に帰省していませんよね?」
「親父とは盆に顏を合わせるから、年末年始は自宅だよ」
湯呑を両手に挟み、小首を傾げた桜花さんにそう応えたものの、実際のところは母親が病死して以降、実家とは一定の距離を置いている。
勿論、育ててもらった恩はあれども、いい年をした男が親父に会うだけの為に毎年田舎まで帰るのはどうかと思う故だ。
「そっちは御師様に年末年始の挨拶をしなくても?」
「えぇ、来たばかりなので…… ずずっ」
おもむろに茶を啜った彼女と他愛もない言葉を暫く交わし、大衆食堂を出た次は中心街のデパートに赴く。
年の瀬だからなのか、いつもより割り増しで多い人混みの中、本日の目的地である調理器具コーナーに辿り着いた。
「さてと、一通り必要な物を買おうと思うけど…… 料理は得意なの、桜花さん?」
「理論は完璧です、今まで書物を摺り切れるまで読みましたので!」
「……………… 実践経験は無いんだね」
一応、大学時代のお金が無い頃に自炊していたので、僕も手伝えば良いかと気を取り直し、万能包丁や鍋、菜箸や食器なども二人で吟味しつつ揃えていく。
さらにデパ地下で桜花さんが作りたいと主張してきた年越しそばの材料他、数の子やハムなどお節料理に使う具材も購入した。
「う~、お節は敷居が高い気もします。大丈夫でしょうか、悠さん?」
「手間が掛かるのは完成品を買って重箱に詰めれば良いから、そこまで心配もいらないよ」
ともすれば、此処で販売されている食品を並べるだけで、立派なお節になるんじゃないかと思えるぐらいだ。
通年通りならそれすらせず、即席麺の年越し蕎麦を食べ、三が日もコンビニ弁当などのお世話になっているけど……
偶にはこんな年末年始があっても良いかと思い至り、ちらりと狐娘の様子を窺えば、せっせと買い物かごに大量の油揚げを放り込んでいる。
「好きなの、油揚げ?」
「それ程でも無いのですけど、御蕎麦に必要と言いましょうか、その……」
照れ隠しに誤魔化そうとする桜花さんに溜息して、油揚げを使った料理を何点か思い浮かべながら買い物を継続した。
そうこうしている内に荷物だらけとなった帰り道、気遣ってくれた彼女が声を掛けてくる。
「あの、霊力で怪力を出せますから…… 私が持ちましょうか?」
「そう言う問題じゃないし、気持ちだけ貰っておくね」
人並みの見栄を張り、結構な体力を消費してマンションまで帰り付いた後、お昼は簡単な物を二人で調理して済ませ、数の子の塩抜きなどお節料理の仕込みをしておく。
やはりと言うか、桜花さんが戦力外である事が確認できた昼下がりの一幕となった。
これだと世話をしているのは僕の方じゃないかと疑念を抱きつつ、夕方から始まった毎年恒例の国民的歌番組を聞き流し、炬燵に入ってまったりとした時間を過ごす。
途中でそこから離脱した狐娘が頑張って用意してくれた年越し蕎麦は…… 大量の油揚げで覆われて麺が見えなかったけど、誰かと共有する時間は “多少不自由でも心地よく大切なものだ” と思い出せた大晦日になった。
皆様、今年一年お疲れ様でした!
良い年末を( ╹◡╹)ノ