飾りのない笑顔はそれだけで価値がある
「あぅ~、お世話するつもりが…… 逆にお世話されているのです」
伏せ耳で申し訳なさそうに俯いた後、遠慮がちに見つめてきた狐娘は何もない空間に片手を突っ込み、白地に桜柄の和財布を取り出す。
「あのぅ、お幾らでしたか? 御師様が十数名の諭吉さんを持たせてくれましたので、そこから出せると思います」
「いや、気にしなくて良いよ。冬の賞与も手つかずだから」
一応、IT関連の技術職として相応のお給金を頂いているため、仕事自体はハードでも金銭的には困っていない。
因みに和財布の中身は元を糺せば神社のお賽銭らしく、僕が手を付けるというのは罰当たりな気もした。
(単なるお金じゃなくて、誰かの想いや願いが籠められている訳で……)
などと考えながら、“頂戴します” と合掌一礼して牛丼を食べ出した桜花さんを見守る。どうやらお気に召したのか、彼女は黙々と箸を進めていた。
「味付けが少々濃い気も致しますけど、美味しいですね」
「ん、お茶もあるよ」
「お気遣い、ありがとう御座います♪」
軽くペットボトルのキャップを捻ってから渡すと、裏表が無さそうな満面の笑みを向けられる。それだけでも、何やら癒された気分になった僕は思わず頬を緩めてしまった。
ただ、いつまでもコンビニ飯では味気ないだろうし、明日にでも調理器具や食器などを買い揃えた方がよいだろう。
直近で問題になりそうな事柄を想定しつつも炬燵から離脱して風呂場に向かい、ざっと浴槽を掃除してからお湯を流し込んでいく。
丁度、湯が溜まる頃には狐娘も牛丼を食べ終えたので、先ほど衝動買いした焼きプリンをビニール袋から取り出した。
「うぅ、何から何まで恐縮です……」
「や、そんなに値が張るものでも無いし、本当に気遣わないでね」
“逆に此方が恐縮してしまうよ” と伝え、二人して焼きプリンを頬張る。偶にしか甘い物は口にしない事もあり、久しぶりのそれはとても美味に感じた。
「む~、最近のヒトは随分と贅沢なのです」
「と言われてもね……」
山籠もりの経験から桜花さんの質素な日常生活を想像できなくは無いものの、言葉と態度が一致しておらず、にこにこ顔でモフモフ尻尾を左右に揺らせていたりする。
別段、ケモナー属性などなくとも、こうまで見せつけられると触りたくなるのが人の常。意図せず炬燵の中で、両手がわきわきと動いてしまうのも致し方ない。
さらに言えばフサフサの耳毛もモフりたいところだが、とても幸せそうに焼きプリンを食んでいるため、邪魔をせずに自重しておく。
「それ食べたら、先に風呂へ入ってくれ」
「…… 実は牛丼に意識を奪われている隙に、お風呂を準備する機会まで逃したのは自覚しております故、悠さんが先にどうぞ」
“元来より仕舞い湯は妻が入るもの” と言い張り、一歩も譲る様子を見せないので押し負け、仕方なしに身体を洗ってから湯船に浸かった。
なお、科学的見地では風呂も身体の負担となるため、疲れが取れるというのは偽薬効果に等しいけど言わざるを得ない。
「あ~、一日の疲れが癒される」
改めて考えると、今日は狐娘の印象が強くて他にどんな事をしていたか思い出し難い。何やら暫く世話をしてくれるとの事だが…… 寧ろ、手が掛かる印象なので苦笑を浮かべてしまった。