良くも悪くも、変化はリスクを伴う
昔助けた子狐が霊狐に昇格して恩返しにくる非現実的な状況はさておき、きゅっと拳を握り締めて荒ぶる桜花さんだが、受け入れた場合に生活費などを工面するのは僕自身だろう。
金銭的な負担の他にも変化はリスクを伴うため、要らぬ厄介事に巻き込まれるかもしれないけど…… どうやら “純粋な善意” に飢えていた僕は申し出を断ることができそうにない。
「…… 宜しく頼むよ、桜花さん」
「はい、任されました♪ あっ……」
お腹が鳴る小さな音に赤面して、狐娘は恥ずかしそうに俯いてしまった。先程からの流れ的に僕と晩御飯を食べようと考えていたのだろうか?
ともあれ、空腹のまま放置するのも可愛そうなので踵を返して一声掛ける。
「何か食べられない物、苦手な物はある?」
「いえ、特にはありませんけど……」
「分かった、部屋で寛いでくれて良いよ」
短く言い残して近所のコンビニへと向かう道すがら、確か狐は食べる物が無い場合は雑食性だけど、普段は肉を好むと爺さんから聞いた記憶を呼び覚ます。
と言っても、この時間帯はあまり商品が棚に陳列されておらず、カツカレーなどの香辛料が多そうなものを避けた結果、牛丼の一択となった。
「お茶と併せて630円ですね、温めますか?」
「お願いします」
店員に応えつつも財布から千円札を取り出して、手早く支払いを済ませて温めが終わるまで待つ。
その合間に目についた焼きプリンを二個ほど購入し、再びマンションの部屋に引き返して扉を開けば、暗闇に二つの黄金色の瞳がキラリと……
「何故に明かりを付けない?」
「いえ、勝手に触るのも何ですし、普通に見えますもの」
確かに狐は夜行性だったと思い至りながら、部屋に入って電気を付けた。ついでに炬燵のスイッチもONにして、隅でちょこんと正座していた桜花さんを手招きする。
「なるほど、ここに肢を入れるんですね……」
無駄に警戒した狐娘が炬燵布団を捲り、中に何もいないと確認してから足を入れた。
「むぅ、仄かに暖かくなってきてます。これは噂に聞く炬燵でしょうか?」
「そうだけど、誰に聞いたの?」
「九尾の御師様です♪」
暖かさに若干頬を緩めた狐娘が言うには…… 川で溺れていたのを助けられた後、霊狐としての素質を見出され、地元の稲荷神社に棲む仙狐から薫陶を受けたらしい。
何でも九尾は千年を生きる使徒の証らしいが、ケモ耳娘の桜花さんは外見年齢と同様に年若く、恩返しも修行の一環との事だ。
「“人の一生は精々、我らの尻尾が一本増える程度の泡沫、童が望むなら恩人に侍るのも良い” と、私を快く人里に送り出してくれたのです」
「それにしても、よくこの場所が分かったね」
「今年の盆に悠さんが帰省された時、私の毛針を刺しておきましたので……」
はにかみながら狐耳をピコピコさせる桜花さん曰く、毛針は霊的なもので現在も僕の身体に刺さっており、離れていても位置情報が分かるそうだ。
「…… ごめん、今すぐ取ってくれないか」
「うぅ、私との繋がりは嫌ですか? 僅かばかりの加護もあるんですよ」
黄金の瞳を潤ませた可愛らしい黒髪少女(ケモ耳と尻尾あり)に迫られると、悲しいかな強く断ることは躊躇われてしまう。
今暫くは好きにさせておこうと考え直し、冷める前にと買ってきた牛丼を差し出した。