荒む大地SS 『汚れ』
荒廃した街とはまるで別世界のように輝く湖があった。
その場に訪れたナオとイブキは腰を下ろして、つかぬ間の休憩をとっていた。
歩き続けてすっかり汚れてしまった衣類を洗浄するためにナオは自身の魔法を自らにかける。
濡らしたところですぐに乾くという理由から、時々彼女は全身をずぶ濡れにすることがある。
その光景を呆然と眺めるイブキの脳裏にひとつ過ぎったものがあった。
「…そういや、何でお前はその魔法を使い始めたんだ? 生活的には炎とか、他にも色々と使えそうなものがあるじゃねえか」
ふと浮かんだ疑問を口に出してから、今度は不思議そうにナオを眺める。
長い髪やローブから水を滴らせながら、ナオはおどけた声で「んー…?」と相槌を打った。
「僕がなんで、水魔法を使い始めたのか知りたいの?
そうだねぇ…水は何もかもを流してくれる、そこに好意を持ったんだ。
透明で美しく流動性のある水ならば、僕の望みを叶えてくれると思ってね」
「望み……?」
「うん。 どんなものか知りたい?」
こんないつも幸せそうで、言葉を変えると頭の中に花畑でも出来ているんじゃないか。と思うような奴にも望みがあるのか、と驚いた内面、平然を装ってイブキは理由を聞いた。
「随分と言いたそうだからな、聞いてやるよ。」
「ああ、そっか。 ありがとね。」
ナオは服だけを乾かし、長く伸びた髪を絞りながら、長年願ってきた希望を打ち明けた。
「僕の望みは、ただ1つ。
自身の中にあるもので洗い流してほしいものがあるんだ、そのためにこの魔法を使うことにした。
…それはとても強くこびりついていてね、長年使えばきっと落ちると思っていたんだ。」
その時だけ、イブキはナオの表情が今まで見たことの無いくらいの切なさに満ちたのを感じた。
気が遠くなるくらい長い間、ずっと心に押し詰めてきた暗く汚いその感情をナオ自身も嫌がっていた。
これは彼女なりの抵抗なのだろうと確信し、それでも何故こんな表情が出来るのかと、イブキは解を求めた。
すっかり抜け落ちた水気のない髪を空に流し、ナオはひとつ息をついてから静かに応えた。
「ねぇイブキ、心の汚れってどうして僕の魔法じゃ洗うことすら出来ないんだろうね?」