表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
古い世界の持つ意味  作者: 守山みかん
4/23

次の訪問先は、監督署で話題にされた『第二冷凍センター』と思いきや、

「ちょっと早いけど、ランチにしよう」

という三住さんの提案により、足がそっちの方に向くことになった。

時計を見れば、十一時十五分。

確かに、昼時には、少し早い。

三住さんか連れていってくれたのは、『市役所』の最上階にあるレストラン。

惣菜ブッフェが評判らしく、まともにランチタイムに来ると、市内の主婦や高齢者たちの行列がスゴいらしいのだが、早い時間帯なので、まだ混雑は無く、惣菜は出来立てで、悠々と食事が楽しめる。

何か食事メニューを一つ注文すると、惣菜ブッフェが三百円でプラスできる料金制で、三住さんは、野菜たっぷりラーメン、私は肉味噌うどんにブッフェを付けた。

専用の大皿に惣菜を盛り付けていくのだが、私は、蓮根のキンピラ、卵焼き、里芋の煮付け、切り干し大根の煮付け、塩焼き鯖、和風あんかけの肉団子、フライドポテト、茹でたソーセージ、焼売を目一杯に載せて、テーブルに戻った。

すでに、肉味噌うどんが運ばれており、それを注文していたことを忘れていたので、量が多かったかもと、食べきれるか、心配になってきた。

三住さんも、惣菜がストーンヘンジ状に盛られていて、

「ラーメンがあったんだった。こりゃ、取り過ぎたな」

と嘆いていた。

惣菜の味は、評判通りで、割りと食べられたどころか、うどんを完食した後に、さらにフルーツを取りに行った。

三住さんは、別腹と思しきドーナツを持ってきて、コーヒーと共に、食後のデザートを楽しんでいた。

「『監督署』は、初めてでした」

と、私が話を切り出した。

「監督官って、コワいヒトのイメージでしたけど、今日のヒトは優しい感じで、意外でした」

「労働基準監督官は、司法警察員としての権限を持ってるからね」

「やっぱり……コワいヒトなんですね……」

私が唾を飲みこみつつ言うと、三住さんは、ドーナツを頬張りながら、快活に笑う。

「監督官の主な職務は、行政指導だよ。悪いヤツらを捕まえることじゃない」

「労働基準法第三十二条違反って、何ですか?」

「労働時間は、一日八時間、一週間四十時間が基本で、それを違反していたってことだよ」

「残業は、違法なんですか?」

「残業をさせる場合は、事前に、会社と従業員が選んだ代表者との間で、限度時間を定めた労使協定を締結しておかなければならない。三十六条に、そのことが定められているから、『三六協定』なんて呼ばれてる」

「その協定をしていなかったんですか?」

「いや、協定はあるんだけど、限度時間を超過してた」

「協定違反……」

「協定によって、三十二条に対して導けるのは、免罰効果だよ。その協定を守れていないから、三十二条違反」

「じゃあ、当社は、悪いヤツの一歩手前なんですね」

私の意見に、三住さんは、大きく頷いた。

「そうだね。雨森さんの言うとおりだね」

「このまま、是正できなかったら、きっと逮捕されてしまうんですよね」

「まあね」

と、三住さんは、またもや頷いた。

「このまま、是正できなかったらね。ちなみに、三十二条違反には、六ヶ月以下の懲役または三十万円以下の罰金刑があるよ」

「じゃあ……」

「だから、計画的に是正することを報告したんだよ。それが経過報告書」

三住さんは、ビジネスバッグから、先ほど、監督官に受付印をもらった経過報告書をテーブルの上に出し、私の方に向けた。

「長時間労働となっている原因は、人手不足であり、その問題を解決するために、

①業務の平準化を行い、特定社員への負担軽減を図ること

②求人活動を積極的に行うこと

③他事業場からの応援体制を整えること

これらは、さっき私が監督官に説明したことなんだけど、この紙面にあるとおり、ウチの社長が、労働基準監督署長に対して、報告する形になってる。

そして、監督官が、ウチの事情を理解してくれて、期限の延長を承諾した、というのが、今日のやり取りだね。

もちろん、是正に、あまりにも時間がかかりすぎて、何回も同じような経過報告書を出すような状況が続くと、さすがに痺れを切らして、書類送検されてしまうかもしれないけどね」

「書類送検……」

と、私は息を飲む。

「誰が逮捕されるんですか?」

「まずは、センター長かな」

と、三住さんは答え、ドーナツをもぐもぐする。

「それに、物流本部長と社長にも罰金刑が行くだろうな」

「……」

私は、今度は、二回続けて、息を飲む。

「すると、業界だって、黙ってないだろうから、『運輸支局』による監査の対象にもなって、いろんな指導が入るだろうね」

「……」

「国交省側には、刑罰はないけど、事業停止処分とかがあるからね。軽くても、車両の使用停止処分は、免れないかな」

「……」

「センターは、配送をギリギリの車両数でこなしてるから、十日でも配送に制限がかかると、得意先からペナルティか、取引停止を言い渡されるかもしれない」

「……」

何だか、涙がにじみ出てきた。

何とかしないと。

何とかしないと。

私の会社が、ブラック企業になってしまう。

「雨森さんって、何か良いね」

と、三住さんは、ニッコリと微笑む。

「会社のために、涙が流せるヒトなんて、なかなかいないと思うよ」

「私は……」

私のノドの奥から、言葉よりも勢いよく()り上がってこようとする熱い何かのせいで、うまく口が動かせない。

「その想いをね、これから現場に行って、伝えてやると良いよ」

そうか……

この後に行くんだった。

私たちは、市役所を後にして、『第二冷凍センター』に向かう。

自動車のスピーカーから、リズミカルな電子サウンドが流れる。


曲名:Johnny and Mary

アーティスト名:Robert Palmer

発表年:1980年

ジョニーは、自分のことを認めてもらえる何かを探して、いつもあちこちを走り回ってる。

マリーは、彼が飽きっぽい性格で、今まで何度も挫折したことを覚えてる。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ