第九十八話:どうしようもない彼は、友人の先へ向かうのか
―――それは、この先に語るかもしれない『雨上がり』世界でのいつのことだったでしょうか。
あるいは、やるべきことをやり終えて、故郷に帰る……ではなく、のっちゃんが望むも望まないに関わらず、そろそろ新たな異世界へ向かわんとする時期だったのかもしれません。
その日は、珍しくのっちゃんからマナに対し呼び出しがかかりました。
当然というかこっそりのっちゃんの内なる世界に入って地の文を担当しているマインはそこにいましたが。
何せそんな事は生まれて出会ってこのかた初めてでだったため、何を勘違いしたのかマナは随分と緊張して高揚していたわけですが。
「……いや、なんつーか悪いな。忙しいのに時間取ってもらって」
「な、何を今更そんなこといってるのさぁ! わたしとのっちゃんの仲じゃないのっ」
「そうか、うん。そう言ってもらうと聞きやすいっていうか言いやすくはあるな。……ああ、その、今までずっと聞こう聞こうとは思ってはいたんだ。結構前に気づいてはいたんだが、中々タイミングが掴めなくてな」
「え? そ、そうなの? な、何かな何かな(ドキドキ)……」
冷静に考えればどうしようもないのっちゃんがマナが期待しているような言葉を発する事などあるはずがないのですが。
呼び出した場所は、いつもならルームメイトがいるはずの、のっちゃんに宛てがわれた自室であるからしてテンパっていたのはあるのでしょう。
のっちゃん自身、ずっと聞こうと思ってはいたけれど、聞いてはいけないような気がして。
だけどいい加減気になって仕方が無かったため覚悟を決めた事もあって、その気負う気持ちと緊張感が伝播したらしく、マナもなんだか緊張しきっていてその辺りのことは気づいていなかったわけですが。
「……思い返してみるとだな、マナって出会った時からおれの事知っている風だったろう?」
「う、うん。それはそうだけど……っ」
期待していた話題とは、なんだか少し話がずれているような気がして。
そのまま首を傾げかけ、マナはのっちゃんが何を語ろうとしているのか気づき、血の気が引くのを感じているようでした。
「最初はおれもすぐには分からなかったんだけどな。これだけの時間を過ごしたなら流石におれも気づいたんだ。いや、むしろすぐに気づけなかったのは逆に申し訳ないんだが……」
「待って! それ以上は言わなくていいからっ!」
申し訳なくも言いづらそうな事を口にしかけたからでしょうか。
顔を青くしたまま、それこそ今までにないくらいの勢いで声を上げ、のっちゃんの言葉を止めてしまいます。
今の今まで言わなかったということは、やはり聞いてはいけない事であったのか。
そう思ってのっちゃんが二の句を告げないでいると、まさにあっという間に、絶望に染まったかのような顔で、マナは言葉を続けます。
「わかってる、わかってるのっ……こうしてわたしが、のっちゃんの傍にいる資格がないことくらいっ。でも、のっちゃんをこの世界に、巻き込んだのはわたしだからっ。せめて影から助けたいって、思ってたの! ……だけど、我慢できなくて。のっちゃんに、わたしを知ってもらいてくて。一人は寂しくてっ。……あはは、言っててすごく気持ちわるいよね。ごめん、もう近寄らないようにするから……っ」
「……っ!」
あまりにあまりな、マナの剣幕。
思わず引いてしまいそうになる中での、聞く予定のものではなかった事実。
しかし、のっちゃんとしては、マナの真実に気づいた時点でその可能性はあるだろうと思っていて。
巻き込んで転移し冒険、死に戻りする羽目になったことについては、実のところとっくの間にのっちゃんの中では折り合いが付いていました。
異世界転移させられたばかりの頃ならきっと、また違っていたのでしょうが。
今はもう、巻き込まれて異世界に来たことを、別に嫌だとは思っていないのです。
けっして態度や言葉には出しませんが、楽しく思っていたのは間違いなくて。
その点に関して言えば、もう仕方ないというか、今更な感じがのっちゃんにはあって。
むしろ、そんなことよりも。
のっちゃんが瞠目したのは、続く聞き捨てならないセリフに関してでした。
それこそ、マインが伺っているのっちゃんの視界が今までにないくらい大きくなっていて。
思わず声を荒らげかねないくらい、かっとなったのっちゃんでしたが。
そこのところは、異世界転移に巻き込まれて死に戻りを繰り返しても怒らずにいてくれるのっちゃん。
一つ大きく息を吐いて。
そのまま儚く……どこかへ行ってしまいそうなマナを、物理的に引き止めました。
「……っ!」
思えば、のっちゃんからはきっと初めてのマナへの接触。
とは言っても、肩口を軽く叩く程度ではありましたが。
悲観にくれているのも忘れて、マナは飛び上がっていて。
「おれが耳にして何より不快になる言葉を聞いた気がするが……それもまぁ置いておこう。マナが自分の事をどう思ってるかなんておれには関係ない。おれがマナの事をどう思っているか、おれはそれだけ知っていればいいんだからな」
「それって……」
何という自分本位か。
けれど、涙までこぼしているマナの顔を上げる事には成功したようです。
その様はまさに、答えを待っていたわけですが。
「……ええと、それはだな。あ、そうだよ、マナの能力。あれって、代償が必要なんだろう? 確かかつてのマナの『記憶』だったか」
何だか考え悩み込んだ挙句口にしたその言葉は、一見的が外れているようにも思えましたが。
そのはぐらかしたような言葉は、正しくもマナの事をどう思っているかを口にするなんて恥ずかしくて憚られたせいもあったのでしょう。
顔を上げたまま首を傾げるマナを直視できない、とでもいいたげに僅かに顔を逸らし、のっちゃんは続けます。
「きっと、かつての記憶を奪われたことで、亡失による恐怖に襲われたんだろう? 何、心配しなくていい。おれたちは、小さい頃からの友人だった。お互いに迷惑をかけることなど、それこそ日常茶飯事の当たり前で、いつものことだ。マナ一人が気に病むことなど何一つないぞ」
それは。
泣いているマナをどうにかしたくて、咄嗟に考え考え抜いた真っ白な嘘でした。
能力の代償についても、のっちゃんが勝手に考えた適当なもので。
マナが隠そうとしている事を、マナに気づかれないようにと、知らないふりをして誤魔化したものでした。
何よりどうしようもないのは。
それが嘘だと言われながらも、のっちゃん自身真実しか語っていないことで。
言いたくないなら言わなくていいと。
長年の友人として、お前の曖昧な嘘など慣れっこだと。
だからそれで納得して、悲しくて面倒くさい事なんて忘れてしまえばいい。
それを伝えたくて、出来うる限りのドヤ顔を浮かべていたのっちゃんでしたが。
はたしてそれはうまくいっていたのか。
のっちゃんの内にいるマインからすれば、それまごく近くにいる黒い瞳に朱の輝石をひそませたマナにしか分からない事で。
「…………友人、かぁ。ひどいなぁ。これだけ長いことアピールしてるのに、友人どまりなのかぁ。悲しいなぁ」
「いや、さっきまで泣いてたのはなんだったんだよ。言葉と顔が全くあってないんだが。……てか、ち、近いんだって!」
泣いていた烏がなんとやら、で。
はっきりしっかりのっちゃんの気遣いを悟ったらしく。
ごく近く、ドアップに映るは、当然のごとくのっちゃんが逃げ出したくなるくらいの、マナのいい笑顔で。
「ここまでされちゃあ、もういくところまでいくしかないよねっ。ほら、せっかくだしこの勢いを利用して『災厄』やっつけちゃおうよ。わたしとのっちゃんの愛でさ!」
泣いて気遣われ、受け入れられた事が恥ずかしくて嬉しかったのか。
マナは勢い込んで調子に乗ってそんな事まで言い出し、その赤い唇まで近づけてくる始末。
これはさすがに出歯亀……というか、止めなければ。
そう思いつつ、飛び出そうとしたわけですが。
「無理、絶対無理っ!!」
「うわぁっ、ちょっ、はやっ」
そんな必要すら感じられないくらいの。
今までで一番の、光の速さにも等しい……のっちゃんの逃げ足。
当然、諦める事なくそれを追いかけていくマナ。
それに、何事かと気づいたルプレやよっし~さん、天使娘さんやひとかどの英雄の卵たちまでが何故か加わるのが一連の流れで。
「―――はてさて、友人から昇格する日はくるんでしょうかね」
のっちゃんと彼女達の、ずっと続くかどうかもわからない関係。
そこからどう進化していくのか。
それはきっと、どうしようもないのっちゃんの新たな物語で語られるのでしょう。
またいつか。
お暇な時に、拝見いただければ……望外の喜びです。
(第2章、『雨上がり』世界につづく?)
どうも、大野はやとです。
ここまでお読みいただいてありがとうございます。
これにて、僕の友人『N』の場合~どうしようもない彼に転機(死に戻りループ)が降ってきた~は、一旦終了になります。
一応、一章が完結という体でとどめておきますので、また忘れた頃に二章に入る可能性もありますが。
それより先に、同じ世界観で、パラレルなお話を投稿すると思います。
そちらの方も、またよろしくお願いします~。