第九十五話:どうしようもない彼は、今時は重いらしい王を目指す
天使さまの過去にも未来にもいいことがなかったように思えたから。
のっちゃんでなくとも、異世界へ向かう旅路へ誘いの言葉がかかるのは当然ではありましたが。
シャーさんが説明するよりも早く、ここで『パーフェクト・クライム』と言う災厄の種がなくなった事でどうなるのは見届けなくてはならないと言われてしまえば。
ぐうの音も出ないというか、大人としての責任のようなものを強く感じてしまって、短い邂逅ながらも待望の本物の天使さんとの別れになってしまったわけですが。
その足で向かったのは、勿論シャーさんのホームにして秘密の地下11階です。
結構前の時代で、その上にあるビルが『曲法』能力者たちのものになる前からそこにあることを考えると、先見の明があるというか、一体いつからシャーさんはこの世界を救うためにと奔走していたのか、頭が下がる思いではありますが。
それすなわち、そこでシャーさんともお別れになってしまう事を示唆していて。
それが分かっているからなのでしょうか。
これからの道行きは、決して暗いものではないはずなのに。
何かが終わってしまうような、沈んだ空気が漂っていたわけですが。
「なぁなぁ、これから向かう所ってこことは違う異世界なんだよな? 過去や未来……時間軸すら違うって事だよな。それってもう、人の所業超えてね? あたしたちがここに来るきっかけになった転生の神さまみたいなもんじゃねぇの?」
何だかちんやりしたままでこのままお別れなのは嫌だと言うのはあったのでしょう。
そんな中気分を上げるというか、何だかちょっと軽い調子で、ルプレが恐らく最後の転移の陣の準備をしているシャーさんにそんな話題をふっていました。
「ふふふ。ルプレ先輩のいう転生神様がどなたかは存じ上げないでやんすけど、実はおいら結構な未来には『金』属性の神様として崇められるようになるのでやんすよ。であるからして、実はあながち人外甚だしいのは間違ってなかったりするのでやんすよね」
「ん? 『金』属性? それってもしかしてピカピカ光る人? もしかしなくても何度か不意に現れて私たちにちょっかい、口出してた人じゃあ」
「正解、でやんす! こうやって地下深くにこもってるとつい外に出たくなっちゃうのでやんすよね。それは神様的ポジションになっても変わらないのでやんすよ~」
「神様だって言われて否定しないのね。これって自信過剰って言ってもいいのかな」
「……そういえば、なんだか会ったときからりすぺくと……」
冗談で返されるつもりが、否定もされず言い得て妙だったらしく。
結果空気が変わり、何だか盛り上がったのでルプレ的にはオーライな感じだったわけですが。
「つまり……おれをここに連れてきた存在とそう変わりはしないって事だよな? やっぱり家に帰るの、シャーさんにお願いすればいいんじゃないのか?」
そこで空気を読まないというか、のっちゃんとしては読んだ上で。
のっちゃんは、今までずっと聞きてくて、だけど中々言い出せなかった事を口にしてしまいました。
それはもしかしたら、のっちゃんが真に願っていたその目標が、のっちゃんの中で一番になすべきものでなくなったからこその余裕から来る部分もあったのでしょう。
シャーさんもそれが分かっているのか、実は内心でヒヤヒヤものの私達を置いて、軽い感じで返してくれます。
「ああ、最近の転生転移ものはそのあたりうやむやにしないですぐに答え出しちゃってるでやんすよね。ええ、もちろんおいらにかかれば余裕、でやんすよー。でも、今のご主人は別に何が何でも直ぐに帰りたいわけじゃないのでやんしょ?」
「……まぁ、それはそうだな。正直に言うと、ようやく皆との冒険が楽しくなってきたところだ」
「ならばよし、でやんす。異世界探検できないおいらの代わりに、じっくりきっかり堪能してきてほしいでやんすよ」
「まずは手始めに、その勇者だか英雄だかを育てる異世界、だったか」
「そうでやんす、何だか聞くだけでわくわくしてくるでやんしょ?」
「まあな。どこかで聞いた事があるような気がするが、そんな気持ちがないといえば嘘になるか」
「……?」
のっちゃんは、まるで決められたセリフであるかのようなシャーさんとのやり取りの後、何故か意味ありげにマナを見据えていました。
当然それにマナも気づき、不思議そうに首をかしげますが、のっちゃんがすぐに視線を逸らし言葉を続けたのでそれもうやむやになって。
「とにかく、その異世界へ飛んだらまずは、この輪をそこにもいるらしい天使に返せばいいのか?」
「返しても同じものが二つになっちゃって困るだけでやんすよ。とはいえいきなり使い方を聞くのもあれでやんすから、まずは仲良くなることからでやんすね」
シャーさんの言う英雄、勇者なにがしを育てる異世界は。
この世界にもいくつかあった、学園の体をなしているそうで。
いっそのこと、みんなでそこの生徒として通ってみるのもいいのではないか、とのことで。
「うーむ。実際問題それこそが一番の難題になりそうだな。……まぁ、その辺りはマナにでも任せようか」
「え、わたし? うーんと、なんとかやってみるよ」
―――お互いが学校で知り合った時、友達のきっかけを作るがごとく話しかけて来てくれたのも、結果的にお前だっただろう?
言葉や念話にしなくてもわかる、のっちゃんの内なるそんな補足の言葉。
やはりのっちゃんは、今までは一方的にマナの方が知っている風だった、忘れていたマナの事を思い出したようです。
ただ、マナ自身がのっちゃんが気づいてしまった事に気づいていないようだったので、それを口にしなかったのは……きっとのっちゃんの優しさで。
「それで、使い方が分かったら、この輪にひそむものをよっし~さんに……いや、皆で分けた方が危険は少ないのか?」
「……っ」
「にゃむ。ごしゅじん、王になる宣言、やるな」
「へへっ、そうこなくっちゃな!」
災厄を御するには、愛を以て昇華すること。
その詳しい内容をきっとシャーさんはご存知なのでしょうが。
のっちゃん的にはきっと『どうしようもなくろくでもない』ことであるからして有耶無耶にしたいご様子。
それすなわち、一人に愛を捧げることなどできないといった、まさにどうしようもない発言でもあって。
「茨の道でやんすが、応援するでやんすよ。そのためには委細説明、しっかり聞いとくれでやんすっ」
「……非常に気は乗らんが、これも乗りかかった舟か」
それをやめて、なんとかうまいことやってくれと訴えたつもりが。
返ってきたのは、今までで一番のシャーさんの満面の笑み。
対するのっちゃんは、お手上げのポーズを決めて。
周りの期待の視線から逃れるように、ごく近い天井を見上げていて……。
(第96話につづく)