第九十四話:どうしようもない彼は、ついにどうしようもない自分を受け入れる
それから。
場所が場所だからと、皆で天使さんの仕事場……この学園の理事長室へと向かう事となって。
ふかふかのソファーに車座となり、上座の天使さんを囲んだわけですが。
「……それで、『パーフェクト・クライム』の根源は今、その輪の中にあるって事でいいのよね?」
実際その中心にあるのは、高そうな木のテーブルの上にある黒い輪っかでした。
何だか脈打っているようにも見えて、確かに何だか見ていると早く何とかした方がいいのではと心配になってくるくらいで。
「その通りでやんす。ただ、いかんせんこうやって取り込んだ事は初めてなので、あまり猶予はないとみて欲しいでやんすね」
「それってつまり、このままにしておくと……」
「黒の太陽が世界を蹂躙した……カタストロフィ的なやつですめばいいでやんすが」
「おいおいっ、めちゃめちゃやべえんじゃねえかこれっ。じゃあどうするのさっ」
何せ『パーフェクト・クライム』による破滅の瞬間とその後をしっかり目撃しているのです。
やっぱり近づいて触れようとしていたルプレが天丼でおののき身体を引いてどさくさに紛れてのっちゃんにとっついてくるのも仕方ないのでしょう。
「ここまできて考えなしにやりましたって事はないんでしょう? あんまり脅かさないでよ」
「……みゃむ。くろいのがあるならしろいのもあるはず」
「ふふふ。さすが天使さん。正解、でやんすよ。その黒い輪っかは、元々白いのと対になる能力で、白い輪は黒い輪で取り込んだものを排出できるのでやんす。でもって白い輪の都合のいいところは、取り出す量を決めたり、わけて取り出す事ができるところでやんすね」
思わず腰が引ける中、マナや思わず出てしまったらしいオーヴェのツッコミに、その言葉を待っていたでやんす、とばかりのシャーさん。
確かに言われてみれば天使さんの頭の上にある輪っかといえば白いのが普通ではあるのでしょうが。
「ふむ。その白い輪ってのはどこにあるんだ? それとも、この輪自体がそうなのか?」
「二人の能力者がなんやかやあって一人になったことで生まれた能力でやんすからね。その時に応じて色を変える事ができるようでやんすよ」
「白い輪……そう、そうなのね。死して尚、天使の命をまっとうしてくれるのね……」
気になっていた、もっともなのっちゃんのセリフに、敢えて天使さんに向かって告げるシャーさん。
それを受けた天使さんは、思っていた以上に衝撃を受けたらしく、吐き出すようにそう呟いた後、中空を見上げていました。
……それからすぐに零れる天使の涙。
後々聞いたところによると。
あの子とは、天使さんの娘さんで。
今天使さんが『パーフェクト・クライム』をに憑かれる前に、それをなんとかしようとその身を犠牲にしていたらしく。
きっとまだ健在であった過去かどこかで見つけてきたであろうそれは。
天使さんにとってみれば形見でもあり、感極まった涙を流すほどの、誇りそのものでもあったわけですが。
「そんな、大層なものだったとはな。……しかし、大事なものなのは分かったが、どうやってその色を変えるんだ?」
「……え? そりゃあ、何となくノリでいけるんじゃないのでやんすか? さっきご主人が黒い輪を使ってみせたみたいに」
「すまん。先程のあれも流れというか考えてやったわけじゃないから、さっぱり分からんぞ」
「けーっきょくそうなるのかよおいいっ。 ツメが甘いっつーかなんつーか」
そんな空気を全力で読まないというか、霧散させてしまいそうなのっちゃんとシャーさんのやりとり。
思わず突っ込むルプレに、天使さんはそれでも涙を拭って笑ってみせて。
「……今、この時代で会う事は叶わないけれど。それこそ、会いに行けばいいじゃない。本人なら、流石にわかるでしょう?」
それは。
考えればすぐに分かる、最もな意見で。
その裏には、ここで『パーフェクト・クライム』を引き継いでもこの時代は変わらないという悲哀と。
新しい、枝分かれした、救われる世界、時代へと向かわんとしている事を示唆していて。
「となると、ついでと言うかいっそのこと、そこで『パーフェクト・クライム』を昇華させた方がよさそうでやんすね」
「……っ、その場所って」
「この世界からすれば、異世……じゃなくて、本当の意味での異世界になるでやんすね。あらゆる世界から集められた、英雄の卵を育てるための世界。この天使の輪の持ち主に会うには、きっとそこが確実でやんしょ」
シャーさんの能力が規格外すぎて、のっちゃん自身も失念し始めていた事ではありますが。
それこそが、のっちゃんの本来の目的……故郷に帰るための第一歩と言えるのかもしれません。
結局のところ、故郷へ帰るための異世界移動の手段を知っていたのは、天使さんではなく青かったり赤かったりするロボットさんだったというオチ。
まぁ、のっちゃんとしては、あの秘密の地下11階に訪れた時から、なんとなくは気づいていたのかもしれませんが……。
問題というか、のっちゃんの中で懸念事項があるというか逃げ出したいのは。
その本来の目的とは別に、やらなくてはいけない事があって。
本当は嫌なはずなのに、だけどそれを受け入れ流されても構わないと思っている自身を自覚してしまったからなのかもしれなくて。
「……それじゃあ、次はそこだな。そんなに時間もなさそうだし、急ごうか」
そんなどうしようもない自分にやれやれと、ため息をつくように。
のっちゃんは、自らで黒い輪を掴み取り、皆を促します。
「おいおい、一体ここで何度死に戻りしたんだ? 主さまのくせにめっちゃ殊勝じゃんよ」
「その辺りののっちゃんの苦労が分かち合えないところが、もうらしい所よねぇ」
「……っ、余計のお世話だっての」
そんな、みんなのまとめ役のごときのっちゃんを、分かっていてからかうルプレとマナ。
敢えてなのかそうではなく、無意識のものなのかはわかりませんが。
状況はさておいて、マナの今まで思い出せそうで出せなかった、目を背けていた人となり、来歴に気づいてしまったのは。
まさにその瞬間で……。
(第95話につづく)