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第九話:どうしようもない彼は、もうこれで逃げられない



食料の確保……配給なら12時ちょうどにビル一階の吹き抜けホールで行われるようです。

そんな情報を一太から手にした二人は、まだ正午まで時間がある事もあって、避難所の一つになっているビルの中へと入る事にしました。


かつては、コンクリートジャングルの一部とも言うべきひとかどの建物だったのでしょう。

壁や地面の割れ目からは、あらゆる自然が顔を出し、崩れそうなビルを木々が支え、3階くらいまでは人の手が伸び、暮らしを維持しているのがわかります。


半壊したビルの中に、外国の雑多な町並みを詰め込んだようなロケーション。

住宅だけでなく、思っていた以上にお金の流通がないといった割には様々なお店のようなものがあって、

その合間を、多くの人びとが埋めていました。



それは、のっちゃんが思っていたより平和な光景と言えるでしょう。

髪色が二次元の世界にしかない十人十色であったり、動物の耳がたまに生えていたり、翼があったり、片腕がなかったり尻尾が生えていたり、皮膚が人のものでなかったり……そんなファンタジーの坩堝である事を考えなければ、異世界に迷い込んだなんて信じられないくらいには、穏やかな生活空間がそこにはあって。




「すごいなぁ。みんな生きてる」


思わず口に出たのっちゃんのそんな呟きは、正しくも異世界へ来た事への素直な感想だったのかもしれません。

それに頷いてみせたマナは。


「それを実感してもらったとこで、ここの世界観の解説聞いてみる?」


ベンチなどのある休憩スペースを指さしそんな事を言います。

なんだかんだ言って、不思議や幻想が嫌いではないのっちゃんは、心なしか楽しげに頷き返してみせて……。




「のっちゃんが受け入れやすいように説明すると、この世界はのっちゃんがいた世界の未来……その可能性のひとつって所かしらね。ジャンルはSFまではいかない未来のファンタジー。特殊な力を身につけた人間と、そんな人間を滅ぼそうとする敵との戦いを描いた物語。……その、アフターストーリーって判断してくれればいいわ」



休憩所の丸テーブルに向かい合わせになって、マナがどこからか取り出した魔法瓶(上下が蓋になっているタイプ)の中で、しっかりとホカホカになっていたお茶をいただきつつのっちゃんはマナのお話を聞いていました。


受け入れやすいと言うのは、あえて物語だと、舞台だと一言置いた点でしょう。

ここが現実であると何とはなしに受け入れ始めているとはいえ、のっちゃんの精神に優しいのは確かで。

特にその設定に突っ込む事もなく、疑問に思った事を口にします。



「アフター? エンディング後って事? それじゃあその敵はもういないの?」

「根本の大ボスはね。……ただ、その残党は残ってるみたい。だからああして門番の人がいたんでしょう」

「となると、おれ達はここで何を?」



どうすれば元の世界に帰れるのか。

最終的にその気持ちはあったでしょうが、それを口にしないだけ状況を前向きにとらえられていると言えるかもしれません。



「簡単に言えば、この物語の主な登場人物に関わっていく事ね。物語を進めるにはそれしかないでしょう……ただ」


言いづらそうに、言うべきか言わざるべきか、迷う仕草で逡巡するマナ。

それに対し、どうしようもできずにのっちゃんが続きを待っていると、マナは深い息を一つ吐いて。



「前提として知っておいて欲しいんだけど、この物語せかい、めでたしめでたしのハッピーエンドじゃないんだよね。その大ボスとあいうちっていうか、主人公側がやられちゃったわけ。……だからそもそも登場人物が残っているかどうかなのよ、問題は」

「……」


えー、じゃあどうするのさ、と言った相変わらず他人任せなのっちゃんの語らぬ待ち状態。

見ている側からすれば自主性を持ってくださいと言いたくもなりますが。

この状態に慣れきってしまったいたマナは、当たり前のようにピースサインをのっちゃんに示しました。



「あえてこれからの行動を選択するなら二つね。適宜出てくるのっちゃんの能力による選択肢を無視しつつ、この物語の舞台巡りをするか、出てくる選択肢をしかとしつつ、物語の登場人物を探し出すかよ」

「それって同じ事じゃ」

「よく気づいたね、そのとおりよ! だからまず、この場所に来たの。ここは物語における重要な場所のようだから、くまなく調べれば何かヒントが見つかると思うのよね」


あくまで人任せなツッコミを返すのっちゃんでしたが、そんなのっちゃんのぐうの音が出るよりも早く、マナは話を進める事にしたようです。


その早くも手馴れてきたのっちゃんの扱いように、傍から見れば違和感と言うか、出会って一日足らずとはとても思えません。

同性ならまだしも異性なら余計にです。



「……ヒントね。そんなものがあるなんて、随分とご都合主義だな」

「そらそうよー。ヒントがなきゃ読んでる側が犯人わからないじゃない」

「犯人? ……ああ、いや。そんなことはないと思うが」


そんな会話ひとつを取ったって、それなりの仲でなければ分かり得ない会話でしょう。

しかし結局、のっちゃんなその事に気がつきませんでした。

……いいえ、もしかしたら敢えて知らないふりをしていたのかもしれませんが。




「あ、そうだ。それで思い出したってわけでもないんだけど、これから行動するにあたって聞いておかなくちゃいけないことがあるんだったよ。のっちゃんのギフトの選択肢が出るやつ……【リアル・プレイヤー】についてなんだけど、セーブってできそう?」

「セーブ? セーブって言うと、RPGとかの? ……いや、よくわからん」


マナはそんな違和感について指摘する間も与えないとでも言わんばかりに話題を逸らし、畳み掛けます。

面倒なのか流されるままののっちゃんは、マナの勢いに少々気圧されつつも正直に首をかしげました。



「ほら、これから選択肢を無視し続けるって言ったって、うまくいくかどうかわからないでしょ? 今度のっちゃんが戻るような事があった時、どこにどこまで戻るのかって、結構重要なことだと思うの。また、この世界に来てはじめからやり直しってのもやでしょ?」

「ま、まて。ちょっと見てみる……」

「よろしくぅ」


心なしか、慌てて青く透けたウィンドウを呼び出すのっちゃん。

それまで対面にいたマナは、椅子を寄せてウィンドウを覗き込む体勢を取ります。

見えているか見えていないかは、まぁ関係ないんでしょう。



『……ギフト、【リアル・プレイヤー】……音声ガイダンスを開始します。マスターご命令を』

「……っ」

「ん、なんだってなんだって?」


ウィンドウも見えず、声も今のところは聞こえないからこそ勢い込んでいるのでしょうが。

触れる程に近い無自覚で無遠慮なそれに、狼狽え頭をかくのっちゃん。

焦りでも表しているのか、赤色の星がいくつも飛ぶ中、何とかガイダンスに答えます。



「せ、セーブってできるのか?」

『音声認識中……少々お待ちください』

「セーブじゃなければ設定とか中断とか、あるいはログアウトになるのかなぁ。いーな、ウィンドウ出せるの。意外とデフォで、ありそうでない能力だよね~」

「……っ」


嫌がらせか、からかいか。

あるいはのっちゃんの許容を測っているのか、無防備に更に身を寄せるマナに、のっちゃんの心持ちは気が気じゃなかった事でしょう。


なんでいきなりくっついてくるんだとか、ウィンドウ見えて、声も聞こえているんじゃなかったのか、とか。

何でこんないい匂いするんだとか、内心でいろいろ考えていたに違いありません。


調子に乗っているマナを振り払ったり、文句を言えたのなら、また結果は変わったのでしょうが。

お約束通りここから逃げ出さなくてはと、のっちゃんが判断したちょうどその時。

答えが出たのか、ピコンとあからさまな音がして、ガイダンスの声が聞こえてきます。



『……認証しました。裏コードですがセーブ可能です。今後、【リセット】、あるいはマスターの情報が失われた時、【セーブ】したポイントからの再開が可能になります。今の状況を【セーブ】しますか?』



気のせいでなければ、初めに聞いた時より妙に人らしいと言うか、トゲのありそうな低い女性の声です。

訳も分からず何だか怒られている気分になりつつも、その言葉をマナに伝えます。



「ほうほう。のっちゃんの死に戻りの能力って、偶然の賜物とかじゃなかったんだねぇ。初めから【スターダスター・マイン】と【リアル・プレイヤー】はセットだったのかも。んじゃ、そう言う事ならセーブしよっかー。一応今の状況の確認ができたらお願いしたいけど」


あっちこっち言われるままに今の状況の開示を求めると、すぐに了承に言葉が返ってきて、新たなウィンドウが出現しました。



『《青空》世界、喜望ビル地上一階。13時15分。のっちゃん、レベル1』



「……うん。いいね。今を指してる。これでセーブすればここに戻ってこれそう」

「セーブしても?」

「うん、よろしく」


満足げに頷くマナの賛同を得て、次いで出てきた『セーブしますか、はい いいえ』のウィンドウ。

のっちゃんが『はい』に触れると、さっきとは別の電子音がしました。



『……本当にセーブしてもよろしいですか?』


すると、何故かそんな確認をしてくるガイダンス。



「ん? どう、セーブできた?」

「あ、ああ。もう一回だ」


近いマナのプレッシャーに負けたかどうかはともかくとして。

再び出現するは、はいといいえの選択肢。

念を押すそれに、流石に少し迷いつつも再び『はい』に触れて。



『……無事にセーブしました』

「セーブ、できたぞ」


続く、気の抜ける電子音に、同じく脱力してそう言うと、マナはぱっと離れ立ち上がり。



「やったね。これでもうわたしから、逃げられないよ」


そう言うマナは、実に嬉しげな満面の笑みをたたえていて。


どうとでも取れる、その言葉。

のっちゃんがそれに対してどう答えを返したのか。


のっちゃんが懐かしい過去として語るまで、取っておくことにしましょう……。




                (第10話につづく)








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