第八十八話:どうしようもない彼は、意外とピュアに盲点をついてくる
シャーさんの秘密基地、幻の11階は、まさしく男の秘密基地であるからして、大人数で顔を付き合わせるのには向いていないから、と言う事で。
現実のシャーさんとどこも変わっていないようにも見える青光りしている後頭部に誘われて。
地下十階……未だシャーさんの仕事部屋らしいところまで上がってきました。
そこには、よっし~さんが日がな過ごしていた気配はまったくなく、近くのコンビニかスーパーで無造作に買いだしたような食料雑貨諸々が、いくつもの袋を持ってガラステーブルに散乱しているのがわかります。
あんなにメカメカしいのに、ご飯はしっかり食べているのでしょうか。
その中には、最初にあったシャーさんのような、赤くきらめくりんごもあって。
ルプレが不躾ながらもテーブルの上に降り立って、物欲しそうにそれらを覗き込む中、各々がソファなどに体を落ち着けていると。
では改めまして、とばかりに青いシャーさんが口を開きます。
ちなみに、文字通りシャーさんは、しっかり口をぱくぱくさせていました。
機械めいた雰囲気の割に、普通にそこに人がいて喋っているように見えるのは、シャーさんの能力的なものなのかもしれませんが……。
「さてっ、未来のおいらから軽く話は聞いているでやんすが、皆さんはこの世界の苦境をすくい上げに来てくれた、と言う認識でよろしいでやんすか?」
仕事に使っていたらしい灰色のデスクの上に立ち、皆に囲まれた状況で首を傾げてみせるシャーさん。
言われて気づいたのは、そう言えばどうしてここに、過去に来たのか、直接のっちゃんから聞いていなかった、と言う事でした。
今までの流れからいって、シャーさんが言うようにこの世界を救いにきたというよりは。
よっし~さんを終わらぬループから開放する、悪夢から解き放つために過去にアプローチをかけにきた、といったところでしょうが……。
「……未来のシャーさんからどんな話を聞いていたかは分からないが、おれにそんな大それた事が出来るとは思ってないんだろう? 本当は。おれにそんなことができるなら、シャーさんがとっくになしてるんじゃないのか?」
「世界を救うだなんて、地元の人達でやってくれ……ってやつでやんすね。耳が痛いというか、その通りでやんすけど……おいらの役目は、何が何でも世界を救うすべを探し出し見つけ出す事でやんすからね。申し訳ないでやんすけど、こうしてここに来たからには、手伝ってもらうでやんすよ」
例えダメでも構わない。
それは正しく、使い捨ての召喚された勇者のごとく。
のっちゃんとしては、別にやることがあるのだと言いたかったのでしょうが。
よくよく聞くとそんなシャーさんの言いようにはどこか焦りがあるというか余裕がないらしく、随分とあけすけと言うか、嘘偽りなくはっきりとそう口にしました。
「そうは言うけど、『あれ』をどうにかする方法、あるの? どれだけ過去に戻ったのか知らないけれど……いっそ、なかったことにでもするのかしら? その下手人を何も知らない異世界人にやらせるのは、なるほど効果的かもしれないわね?」
「っ、よっし~さんでやんすか。なるほど、これからの結末を知ってるのでやんすね……」
黒の太陽……それが落ちたことによって滅び行く事となったこの世界。
それは、この世界の異能力である『曲法』、あるいはここに来るまでに何度かあいまみえた『災厄』の一つで。
その使い手、あるいは宿主がいるのは間違いなくて。
どこか固く、冷たい……会ったばかりの『怖い』よっし~さんが言うには。
世界を救うためには、その人がしでかす前にどうにかするしかないようでしたが。
「……ふむ。言われてみれば盲点だったな。原因となる人物がいるならば、取り返しがつかなくなる前に、取り除いてしまえばいいわけだ」
「あ、主さまっ? マジでいってんのかっ? こういう場合って、たいてい可愛い子だぞ。本当はきっと、悪いやつじゃないんだぞ? そんな子を手にかけるっていうのか……」
「のっちゃんの人でなしっ、でもそういうところも受け入れちゃうよ、わたしってば!」
ちゃっかりりんごを胸元にキープしながら、見損なったぞとばかりにのっちゃんを見つめるルプレと、調子に乗って会話に混ざるマナ。
まぁ、なんとはなしにのっちゃんの考えている事は分かっているので。
ぎすぎすし始めたその場を和ますための、ルプレなりの気遣いではあったのですが。
ピュアなのっちゃんはそんなルプレの視線と言葉をそのまま受け取ってしまいます。
「なっ、何を言っている! その全ての原因となる人物を、おれがそうであるように違う世界に連れて行くってことだよっ。過去や未来に行けるんだから、おれの故郷にも帰れるだろう? ちゃんと話して、わかってもらった上でやるんだ。そんなひどいことは、絶対にしないからなっ」
相当慌てふためいていたのか、大分饒舌に、ついでに自らの本当の目的まで口にしてしまう始末。
ですが、のっちゃんが口にしたその案は、よっし~さんにとってみれば目からウロコだったようで。
「……っ。わたし、そんな事も思い至らなかったんだ。相手を……害する事ばかり考えてた。自分が情けなくて恥ずかしいわ」
「にゃむ、ごしゅじんはごしゅじんだから、仕方ない……」
恐らく、全ての原因であり諸事の根源である、黒い太陽の使い手とよっし~さんは、一言では言い表せない何かがあったのでしょう。
でなければ、あの悪夢のループで何度繰り返しても変わらず死地に向かっていた理由が説明できません。
だけど、オーヴェが言うようにのっちゃんのある意味で何者にも穢されていない言葉が、よっし~さんにこびり着いた汚れめいた何かを洗い流してしまって。
ひとりごちるよっし~さんは、憑き物が落ちたようにのっちゃんを見つめていましたが。
「『それ』ができたのなら、大分楽だったでやんすけどねぇ……」
シャーさんは、その方法ですらもう試したと言わんばかりに。
どこか諦観のこもった、深い深い溜息を吐くのでした……。
(第89話につづく)