第八十七話:どうしようもない彼は、おしくらまんじゅうが怖い
「……それではさっそく、過去への転移を行うでやんすよ。みなさん、足元の魔法陣の範囲内に入ってくださいでやんす」
それでも勢い込んですぐさま転送、というわけにはいかないようで。
気を取り直し切り替えるみたいに、そんな事を言うシャーさん。
しかし、その魔法の陣らしい七色に光って点滅しているそれは随分と狭く、のっちゃんともうひとり分くらいしかスペースがなくて。
「すみません、ご主人様。少しばかり肩をお借りしますね」
「お、おう」
故に、正当な理由でルプレに続き、のっちゃんにくっつく事ができました。
スペースがないならのっちゃんの内なる世界に戻ればいいんじゃないのかとは、お互いさまであるのでルプレも口にしません。
のっちゃんもここにきたらもう仕方がないとばかりに受け入れてくれたので、調子にのってルプレとは逆側の首筋にとっつきます。
それを見て羨ましそうに……ではなく、どうしようかと一瞬目を見合わせているマナとよっし~さん。
どうみても二人が入れるスペースはありません。
いや、ないとも言えないのですが、のっちゃんのプライベートスペースを侵犯しまくってしまうというか、ぎゅうぎゅうのおしくらまんじゅうのごときなので、躊躇しているのもあったのでしょう。
「そんじゃあおいらのとっておきの転送装置を起動するでやんすよ~、カウントダウン! ごーよん、さんっ……!」
「わわっ、のっちゃんごめんっ」
「太っててごめんなさい~っ」
しかしそれは、傍からのシャーさんから見たら組んず解れつな爆発しろと口にしてしまいそうな光景だったのかもしれません。
急かすようなシャーさんの言葉に押されるようにして、マナとよっし~さんは満員電車に乗り込むような勢いで、結果真ん中にいた、怯えとどまっているのっちゃんを挟む形になってしまって。
「むぎゅふぅっ……」
「ぐおっ、こ、これはっ。し、しんどぃっ」
ある意味で乗り遅れてよっし~さんの胸元にいたオーヴェの、夢の今際のごとき声。
草食甚だしい、のっちゃんの正直すぎる呟き。
早くしてくれ、とでも言わんばかりなそんなのっちゃんの訴えに、シャーさんは処置なしでやんすね、とばかりに苦笑してみせて。
「にー、いちっ! ぜろっ!!」
結局、余韻すらなく駆け足で、シャーさんの言う魔法の陣が起動しました。
本当なら、これから向かう過去にいるであろうよっし~さんと、ここにいるよっし~さんが鉢合わせても大丈夫なのか、とか。
そもそもどうやって戻るのか、とか。
色々聞かなくてはならない事があったような気がしたわけですが。
「ルプレっ、ここで一応セーブしといてくれっ」
「お、おお! 分かった!」
のっちゃんの意思で自由に死に戻りできるようになって今となっては。
いろんな懸案事項はとりあえず置いておいて、後で考えてもどうとでもなると。
それよりも、こののっちゃんとしては耐えられそうもない状況をなんとかしてくれと訴えるから。
もう何度目かも分からないシャーさんとの別れも、随分とあっさりとしたものになって。
最初にルプレを阻もうとしたけどそんな事もなかった七色のカーテンが皆をもれなく覆って。
あっという間に向こう側が見えなくなって。
これが晴れた時には、過去へと飛んでいるのだろうと。
疑うことなく、その結果を待っていたわけですが……。
「お、向こう側が見えて……って、あれ? 全く変わってないけど、まだなのか?」
ルプレがきょろきょろと視線を彷徨わせて首を傾げているように。
七色のカーテンがなくなったその先は、シャーさんの隠れ家である、秘密の地下11階そのものに見えました。
しかし、よくよく見ると足元に例の魔法陣がありません。
それすなわち、過去ではあるけれど、全く同じ場所に転移したということだと思われましたが。
「おおおぉぉっ! もう辛抱ならんっ!」
「ええっ、こっちにきちゃうのっ! それはそれでだいかっ、きゃわっ!?」
「うわわ、ちょ、ちょっと!」
「……っ」
それを確認するよりも早く、言葉通り色々と我慢の限界がきたらしく、マナの方に飛び込んで行くかと思いきや、すれ違いざま場所を入れ替え払ってみせるのっちゃん。
そんな動きもできたのですかと驚く中。
しかしそううまくはいかず、のっちゃんは投げ出されるように外へと投げ出されて転がって。
その勢いをもって、ルプレもマインも狭い秘密の11階の七色に光る壁へと叩きつけられる羽目になったわけですが。
「おっ、未来のおいらの言葉通り本当に来たでやんすか、未来からの救世主がっ。さすが、なかなかに派手な登場でやんすねっ」
さかしまに転がったのっちゃんの視点からは。
逆向きなれど全く変わった様子のないシャーさんの姿があって。
どうやら、未来のシャーさんが、ここにいるシャーさんに予め連絡してくれていたことがわかって。
「……なんなんだよ、もう。こんなに急ぐ必要なかったじゃんか」
のっちゃんはしみじみと。
どこにぶつけたらいいのか分からないもどかしさを噛み締めつつ、そうぼやくのでした……。
(第88話につづく)