第八十二話:どうしようもない彼は、いつの間にやら赤い門番と通じ合う
ここに来てすぐ他の装置を調べるより早くトゥェルさんがその存在を主張する形となったため気づけませんでしたが。
マナを起こすという事でマナだけでなくよっし~さんの眠る装置を発見したまではいいものの。
空ではなく、かつ稼働中のものはどうやって開けて解放したらいいのか分からない状況に陥っていました。
「んー、おっかしいなぁ。さっきはここ押したら閉じたり開いたりしてたのになぁ」
「おそらく、外に危険が去るまで自動で守り続けているのかも。勝手に出てこられたら意味がないということですかね」
のっちゃんが、持ち上がる蓋の部分……継ぎ目に手を添えて力任せに開けようとするもびくともしない中。
またものっちゃんをひっくり返してごっつんこさせてやろうとでも言わんばかりに、ルプレが開閉ボタンらしきものを連打するも全く反応がありません。
それにより考えられるのは、思わずついて出たように、少なくとも外の安全が確保されるまで夢……異世で守ろうという仕様であると言えて。
外が安全であると判断するにはどうするのか、そもそも終わり行く世界に安全は訪れるのか。
もしかすると、シャーさんがその役目を負っているのかもしれませんが……。
「……おーいっ! シャーさんっ! 見てるんじゃないのか、マナのやつちょっと開けて欲しいんだけどーっ!」
「うおっ。いきなりびっくりしたぁっ」
「……っ」
のっちゃんもその瞬間、シャーさんの存在を思い出したのでしょう。
突然の、こう言う時意外と声の出るタイプらしいのっちゃんの、天井辺りめがけての大声にルプレもマインもびくりとして飛び上がります。
確かに、ここをモニターしているとのことだったので、どこかにあのスクリーンに映されるカメラ的なものはあるはずで。
『……はーい! こちら赤き門番、シャーでやんすよ~っ。マナさんでやんすか? ええといまご主人がいるとこのでやんすよね。ちょっと待ってくださいでやんす……』
案の定どこからか見ていたのか、すぐにシャーさんからの返事が返ってきました。
そうか分からないのなら聞けばいいんだなとルプレがしみじみ感心している中。
それなりに時間が掛かって、再びシャーさんのくぐもって部屋に響く声が聞こえてきます。
『こちら、シャーでやんすっ。ええと、初めてその名を耳にした時から聞き覚えがないなぁとは思ってたでやんすけど、マナさんと言う方は、資格者(カーヴ能力者)のリストにのっていないでやんすね。まぁ、それ自体はご主人のような後から来たイレギュラーの人も少なからずいるだろうでやんすから別にいいのでやんすけど……この夢の『異世』、その名も『LEMU』の管理にはその人の名前が必要なのでやんす。そんなわけでマナさんで蓋を開くために名前入力したのでやんすけど、エラーが出てしまったのでやんすよ。フルネームとかはわかるでやんすか? もう一度念のため入力してみたいと思うのでやんすが』
マナと言う名の少女は存在しないのか。
あるいは、偽名を使っているのか。
思い出すのは、この夢の世界での偽りののっちゃんの姿で。
念のためと言うシャーさんの言葉には、それらの意味も含まれているように思えましたが。
「……いや、すまない。言われてみれば今の今まで自己紹介すらしてないんだ。苗字は分からないな」
「会ってすぐ全力全開で馴れ馴れしかったもんなぁ、あのぶりぶりっ娘」
聞こうとすらしなかったのが悪いと言わんばかりののっちゃん。
ルプレが久しぶりに毒を吐き捨てているように、どうにも初めて会ったはずなのに初めて会った気がしなかったのは確かで。
むしろマナの方が、自分を語りたがらないというか、しっかり自己紹介をするような空気にさせなかったと言えて。
『……そうでやんすかぁ。となると、開けるのはちょっと面倒でやんすねぇ。それなりに時間をいただきたいと思うでやんすか、どうするでやんすか?』
そう言いつつも、あまり気が乗らない、といった風のシャーさん。
それもそうなのでしょう。
夢の異世とはまた別の意味で、見えないこの世界のタイムリミットがあるはずなのですから。
ならばどうすべきか、のっちゃんは俯き聞き手で瞳を隠すかのようにしばらく考え込んで。
「……マナにもシャーさんにも戻るって言っておいてあれだけどな。こうなったら仕方ない。少々予定にズレが生じるが、ここでまっていてもあれだ。取っておいたもう一つの所に、戻る事にするよ」
それすなわち、のっちゃんの肝いりでとってあった『冒険の書その2』を使うと言う事で。
夢の異世でしたように、『精霊化・火』を使って死に戻りするという宣言でもあって。
おそらくは、その先にのっちゃんの向かいたかった何かがあるはずで。
シャーさんからすれば、何が何やらの、のっちゃん自身あまり好きではない曖昧表現ではありましたが。
『了承、でやんす。それじゃあ、待ってるでやんすよ』
「……っ、あ、ああ。準備して待っていてくれ」
シャーさんには、しっかり伝わっていたようで。
いつの間にやらのっちゃんと通じ合っている感じが、羨ましいやら妬ましいやらで……。
(第83話につづく)