第八十一話:どうしようもない彼は、知らぬ間にさいごのギフトを解き放つ
「……間に合わなかったのかと思ったけど、逆に主さまが救っちまったって事か。そのつもりがあったかどうかはともかく」
「偶然、ではないのでしょうね。それこそがご主人様のご主人様たる所以でしょうか」
トゥェルさんのさいごの声は。
こうしてのっちゃんの内なる世界で見ていた私達にも届いていました。
ファミリアとしての使命を終え、よっし~さんの元へと還りたくても還れなかったであろうトゥェルさんを掬い上げた形となったわけですが。
それが偶然の産物というか、人の手柄を横取りしたものだとしても、言い方はあまり良くありませんが使えるものは使うべきなのでしょう。
それには、トゥェルさんが言うように再び会い見えなければならないわけですが。
私達には、恐らくは会えるであろうあてがありました。
それは、すぐそこにある、さっきまで繰り返していたよっし~さんの夢の世界です。
一度目も訳も分からずであったため、よっし~さんの夢の世界にどうやって入るか、という問題はありますが。
よっし~さんの夢の世界へ向かい、この場に辿り着く事ができれば未だ健在のトゥェルさんに会えるはずで。
鏡の中の鏡へと入っていくというか、何だか不思議な感覚ではありますが、当面の方針としては間違ってはいないはずだったのですが。
「お、主さま目を覚まし……って、ええぇっ!? なんでオーヴェのやつがあっちにいるんだよっ」
「……いつの間にっ。あれだけ呼びかけても揺すっても起きなかったですのに」
恐らくは目を覚ましたばかりであろうのっちゃんを。
起きているんだか立ったまま寝ているんだか分からない糸目のまま見下ろしているのは。
菫色のウェーブの長い髪と、おもちゃのように小さく……だけど何故か光って浮かんでいる羽と天使の輪を持つオーヴェその人でした。
二人して慌てて内なる世界に用意されたベッドの方を振り返ると、本当にいつの間にやら蛻の空になっていて。
「今更気づくのもあれだけどよ。天使さまはすぐ近くっつーか、自分自身の中にいたってやつか」
「……まさか、それで外に?」
言われてみればなんで気付かなかったというか、忘れていたのでしょうか。
オーヴェのアバターはまさに天使の姿をしているのです。
そんな事など露も知らないのっちゃんは、きっと早速トゥェルさんが現れたと思うでしょう。
今の今まで出てこなくて眠りこけていたオーヴェがこのタイミングで顕在化したのは。
間違いなくそんな目論見があったに違いなくて。
『……っ、きみは。トゥェルさん、なのか?』
『……そう。ぼくはトゥェル。よろしく、ごしゅじん』
その逃げ場のない近さに、狼狽えつつも思った通りそう問いかけるのっちゃん。
返ってくるのは、初めて聞く、どこか茫洋として棒読みな、嘘八百ならべるオーヴェの呟きで。
「あのやろっ、いけしゃあしゃあとのたまいやがってぇ! 出るぞマインっ」
「そうですね。このままではすべての手柄がオーヴェのものになりかねませんよっ」
おそらく、だからこそのこのタイミングだったのでしょう。
出遅れては叶わぬと、二人して慌てて外へと飛び出していって……。
※ ※ ※
「……つまり、ここで繰り返していても仕方がないってことなのか?」
「そう。このぼくを仲間にしたからには、直接現実の世界へむかったほうがいい……」
「いや、直接って。つまりどういうことだ、あの夢の時代へ向かえって事なのか? でもそれってもう過去の出来事、なんだろう?」
「つまりそういうこと。過去へ向かえば……ぐぅ」
「って、おいっ。何で急に寝るんだ、おいっ」
オーヴェが外に出てしまった事に気づいて、すぐに私たちも外に飛び出したわけですが。
少しばかり出遅れてしまったため、何やら想像だにしない方向に話が進んでしまっていたようで。
どうやら、オーヴェは私たちが顕在化した事に気づいたようです。
私たちの存在を確認した途端眠りこけてしまったのは。
きっとオーヴェがオーヴェであるとバレたくないというか、トゥェルさんとして通してくれという無言の意思表示なのでしょう。
色々と文句を言いたかったのですが、それがのっちゃんのためになるのならば黙っているのも吝かではなくて。
「主さまっ、お、トゥェルさん見つかったのか?」
「……こうも早くに再会出来るとは思いませんでしたね」
察して誤魔化したのはいいのですが。
その意味があるのかどうかもわからなくて、どうにもぎこちなくなってしまう二人。
元よりお互いに嘘を付けるタイプでもないし、心のどこかで繋がっているわけであって、すぐにバレそうな気がしなくもなかったわけですが。
「……ああ、うん。見つかったのはいいんだけど。立ったまま熟睡してるな。よっぽど疲れてたんだろう」
ノってくれたのか、気づいているけど気にしていなかったのか。
のっちゃんはそんな事を言いつつ、眠り寄りかかるオーヴェをどうしたらいいのか分からずされるがままに硬直していて。
オーヴェとしては、背負いおんぶする事を期待していたのでしょうが、まだまだ顕在化したてでのっちゃんののっちゃんたる由縁を理解し切れていなかった部分もあったのでしょう。
「とりあえず、その用意されてるベッドにでも寝かせておけばいいんじゃね?」
「あー、だったら頼む。おれが触れるのもなんだしな」
「ご主人様は徹底してますね。別に気にしないというか……」
むしろそれを期待していると思いますとは、身につまされる部分があってさすがに言えず。
結局ルプレとマインの二人がかりで、寝たふりでなく本当に寝こけてしまっているオーヴェを、とりあえず空いていた棺桶の如き装置に寝かせたわけですが。
「この場所は所詮は紛い物、か。例えその繰り返しから開放されたって夢から醒めるだけで、現実は何も変わりはしないんだ……」
私達が顕在化に手間取っている間に、のっちゃんはのっちゃんなりにこれからの行く先を考えていたようです。
のっちゃん自身、気づいているのでしょうか。
それまでは自分の事ばかりで、どう帰るのかを考えていたのに。
今はよっし~さんを、トゥェルさんをどう助け救うのかを真剣になって考えている事を。
それは、図らずも私たちが望んでいた事でもあって。
何だか少し申し訳ない気持ちと、誇らしい気分が綯交ぜになったわけですが。
「過去へ向かう方法、もしかしたらあるかもしれない。……取り敢えずまずは、マナを起こそうか」
もしかしてその方法とは、マナに頼るのでしょうか。
今の今まで、マナどころか自発的には私たちにも頼る事がほとんどなかったのっちゃんの事を考えれば、それも進歩とは言えるのでしょうが。
それって、マナの負担が物凄く大きいものになるんじゃないのかって。
大丈夫でしょうかと、思わずルプレと顔を見合わせてしまうマインがそこにいて……。
(第82話につづく)