第八話:どうしようもない彼はお約束のチェックを受ける
案の定といいますか、のっちゃんが不安に思った通り二人が向かったのは。
のっちゃんが一度、何の慈悲もなくいきなり銃撃にあって蜂の巣にされた場所でした。
元々は、それなりに大きなビルだったのでしょう。
上層は半ばから崩れ折れていますが、下層は健在らしくその敷地を囲う塀の入口の部分には、何やら物騒な銃器を持った男が一人いるのが分かります。
そこは、一度文明の滅びたこの世界人々が助け合って暮らす避難所の一つです。
前回ののっちゃんが有無を言わさず銃撃されたのは、周りを確認しないまま『挑発』ON状態で壊れた塀の隙間から敷地内に入ってしまった事にあります。
それに加え、撃っても撃っても倒れないのっちゃんの能力の弊害が拍車をかけてしまったのです。
実際、ここに来るまで運がいいのか悪いのか遭う事はありませんでしたが。
この世界の数少ない人々が管理する場所以外には、『はぐれファミリア』と呼ばれる様々な【色】をした人型の異形が徘徊しており、のっちゃんはそれらと勘違いされていたのです。
そんな死に戻りの原因などこれっぽっちも理解していないのっちゃんは、無防備にも銃を持った男に近づいていくマナを見て流石に焦ります。
今すぐ逃げ出したい自分と、マナが自分と同じ目にあうのを見たくないと言う、清々しくものっちゃんらしい理由により、マナの周りを行ったり来たり、挙動不審な事この上ありません。
「こら、ちょろちょろしない。隣で大人しくしてて。あんな銃程度わたしだってどうってことないんだから」
ぱちんとうろうろしているのっちゃんを掴まえるみたいに音立て星くず散らしてマナはのっちゃんの両頬を挟み込みます。
マナとしては星まくわりにはすべすべなのね、なんて思っていましたが。
至近距離で顔を付き合わせる形となったのっちゃんはたまりません。
はい、と直立不動でマナから顔を逸らし、隣に並びます。
前に出るのは怖いし、かといってマナの後ろに隠れるのは恥ずかしい。
それは、そんなのっちゃんの心理を読んだ上でのいい指示だったと言えるでしょう。
最も、のっちゃんは自分に対して出会った時から無防備すぎるマナをどう扱ったらいいのか分からなくて混乱するばかりでしたが。
「……? 見ない顔だな。どこから来たんだ? 通行証は持っているか?」
そんな中、対面した男が、特にその手を持った銃を扱う素振りもなく二人に話しかけてきます。
のっちゃんにしてみれば、会話が通じる(色々な意味で)事自体が驚きだったのでしょう。
感心しきってマナを見ていました。
それを対応は全て任せたぞ、という風にとったマナは、大きく一つ頷いてみせそれに応えます。
「えっと、わたしはマナ。こっちはのっちゃん。その許可証っていうのは持ってないわ。家に地下シェルターがあってね、長いことこもってたのだけど、食料の備蓄が尽きちゃって。久しぶりに外に出てきたのだけど、随分この辺も様変わりしちゃったのね。どこに何があるのか、ぜんぜん分からなくて」
実の所水先案内人でありながらマナは、この世界について多くを知っているわけではありませんでした。
故に、マナのその言葉はほとんどアドリブの口からでまかせでしたが。
基本人好きのする見た目もあいまって、男がそれを鵜呑みにするには十分だったようです。
「なるほど、食料の調達か。しかし、この世界も金の流通がなくなって久しいからな。買い付けは無理だがここで配給を行っている。あるいは、カフェで喰うのもありだな。許可証を作ればそれらを利用する事もできるが……」
「それを作るには何か必要?」
「ああ。簡単な検査をしてもらう事になる。人を模した『はぐれファミリア』が入らないようにする措置だな」
「そう。じゃあ早速その検査ってのお願いしても?」
「おお、すまんがこっちへ。ついてきてくれ」
文字通りのっちゃんが口を挟む様子すらなく話がまとまったのか、男に促されついていくしかないのっちゃん。
そこは、塀の外に建てられた、比較的新しく作られたように見えるプレハブでした。
「それじゃあ、こいつにちょっと触れてみてくれ。力が吸われる感覚があると思うが、数秒ならもんだいないから」
プレハブの中には机が一つだけ置かれていて、そこには台座にはめ込まれた水晶のようなものが一つあります。
「んじゃ、わたしからね」
吸われるって何をだよ、と警戒し逡巡するのっちゃんを脇目に、あっさりそれに触れてみせるマナ。
「お、ほんとだ。何となくナニカが吸われてるわ~」
わざとらしくナニカを強調するものだから、後ろで長い金の髪を見つめながらそれを聞いていたのっちゃんだけでなく、門番さんも狼狽えているのが分かります。
場を和ますと言うか、どんなものなのかをのっちゃんに解説しているだけであって、そんな自分がどう見えるのか自覚がないのが余計にタチが悪いです。
まぁ、わざとやっていたらそう言うのが嫌いなのっちゃんなので逆によかったのかもしれませんが。
「……よ、よし。問題なさそうだな。次は君、同じように触れてみてくれ」
「は、はい」
共感まではいかずとも、どこかしら共有するものがあったのか、分からずやでわがままなのっちゃんにしては、特に疑問も呈する事もなく、マナにならって水晶に手を触れます。
のっちゃんがその時感じたのは、温泉の大きめな浴槽にある吸い込み口に手をかざした感覚でした。
それを口にする事もなく、フツーの人間でしかないのっちゃんに、当然水晶も反応しません。
水晶は変わらず透明な光を湛えたままで。
きっと、お互いもしかしたらという気持ちがあったのでしょう。
何事もなかった事に思わずマナとのっちゃん共々息を吐いて顔を見合わせます。
「問題なし、だな。俺は鶴林一太。ようこそ、『喜望ビル』へ」
「あ、よろしくお願いします」
「むむ。あのカタブツののっちゃんをこうも早く落とすとは、やるわね」
珍しく……と言うか、とにかく逃げ惑われたマナとの出会いとは違い、のっちゃんは握手までする始末。
頬を膨らませてそんな愚痴をこぼすのは……まぁ仕方がなかったのかもしれませんね。
(第9話につづく)