第七十八話、どうしようもない彼と、過去形になった眠り姫
都合二度目の、二次元の壁を超えるが如き酩酊感。
一度目のその後が、ここに来て初めて身の危険を感じる程の状況に追い込まれていた事もあって。
その感覚ですら、動悸が激しくなるというか、不安と恐怖に襲われていたわけですが。
覚醒したシャーさんの手続きがしっかりしていたからなのか。
拍子抜けするくらいあっさりと、今まで行きたくてもいけなかった舞台裏に辿りつく事ができました。
数多の柩のようなコールドスリープの機械が、それぞれに一つずつスポットライトに照らされており、薄闇の中、何だかえも言われぬ幻想的なロケーションを作り出しています。
「なんだろなぁ、どっかで見たことがある光景っつーか……あ、そうか。主さまの内なる世界にちょっと雰囲気が似てるのかな」
「ん? なんだよそれ、初耳なんだけど」
ざっと判断するに、数百はあるだろうスポットライトに照らされし近代的な棺のようなもの。
その中には、よっし~さんやマナが……あるいは、前の周回でのっちゃん自身が眠り夢を見させられていたものもあるのでしょう。
確かによくよく見ると、明かりのない歯抜けのような不自然な闇が広がっている場所があります。
恐らくは、その部分は空いているのでしょう。
さて、ここからどう天使さんを探し出すのか。
実の所マインは既にこの場を予習済みというか、見た事があったのですが。
初見ののっちゃんとルプレは何だか雰囲気のあるこの場に圧倒されているようです。
何から手をつけるべきかと戸惑う中、何気なく発したルプレの言葉にのっちゃんが食いつきました。
「あれ? そっか、主さまの事だから当然知ってると思ってたけど違うんだな。ほら、あたしたちって元々主さまの一部っていうか、中にいただろ? アバター化して気づいたっていうか、認識したんだけど、主さまの中にあたしたちの待機場があるんだよ。なんてーか、例えるならほら、モンスターをボールに閉じ込めてしまっとくのあるだろ? あれに近い感じだな。結構居心地は悪くないんだぜ。しかももどるたんびに何か進化してるし。そりゃオーヴェのやつもぬくぬく快適て爆睡してるってもんよ」
「……っ!」
恐らく、ルプレとしては狙ってやったわけではないのでしょうが。
結構自然な流れでマインのやるべき、すべきだった事をやってのけるルプレに思わず言葉を失ってしまいました。
まぁ、話し合いせずとも、オーヴェの事を知ってもらいたいと言うのは共通認識だったと言えばそれまでですが……。
「オーヴェ、ね。何度か聞いてるけど、おれのもう一つのギフトの子なんだよな。おれの中にいるってのもなんだか変な感じだけど……やっぱり詳しい能力とか、分からないんだよな?」
「えっ? あ、あー。すまん。オーヴェのやつ、こっちに来てからてこでも起きないんだよ。無理に起こすのもなんだか気が引けてさぁ」
ルプレはそこでようやく、最後の三人目についてがっつり漏らしてしまった事を自覚したようです。
よくよく考えると、別に名を明かしてはならないとか、能力の説明をしてはいけないとか、縛りがあるわけでもないのですが。
何だかルプレがキョドっているのは、恐らくオーヴェを使役するにあたり、ギフトの特性上、あまりコスト……代価のかからないルプレとマインと違って、のっちゃんに多大の負荷がかかるであろう事を悟っていたからなのかもしれません。
オーヴェが眠ったままであるのも、そんな負荷を少しでも和らげるためであるとも言えて。
「……眠り姫、か。ここにいる人たちみたいに、終わらない夢を見ているんだろうか」
「んー、どうだろな。あいつは夢も見ないで爆睡してるようにしか見えないけどな」
それは、直接邂逅したことのあるものとないものの差が、如実に現れている言葉で。
ある意味、オーヴェを巡っての、二人の駆け引きが行われていたわけですが。
「ご主人様が真に願えば、オーヴェもきっと答えてくれると思いますわ。彼女を起こせるのは、ご主人様だけなのですから」
「そうか。むつかしいな。二人にだって大いに助けてもらってるのに、これ以上は烏滸がましい、なんて思うくらいだしな」
「いやいや、願うっつーか、逆だろ。そもそもあたしたちだって辛抱たまらなくなって出てきたんだからさ」
思わず存在を主張したくなるような、どうしようもないのっちゃんを全面に押し出せば。
ルプレとマインの時のように、我慢の限界がきてオーヴェも覚醒し、顕在化するかもしれない。
そしてそれは、そう遠くはないはず。
マインはどこか、そう確信していたわけですが。
……それは、まさしくはかったかのように唐突にやってきました。
無駄ではなかったとは思いますが、いい加減くっちゃべってないで手分けして天使さんを探そう、という事になって。
マナや、結構久しぶりなよっし~さんが眠っているのを発見して、すぐの事です。
のっちゃんがやってきた所から一番遠い隅っこで。
不安を煽るかのように、スポットライトが点滅し始めたのは。
「ん? なんだ、電池的なものが切れたのか? あっちはまだ見てなかったよな」
「初めて見る反応ですね」
ライトに照らされている部分には夢を見続けている人々が。
消えている所はもぬけの殻で。
どちらの場合でもないのは、一体どういう意味なのか。
その明滅は、どことなく嫌な予感がして。
有無を言わさず、のっちゃんはそちらへと駆け出していって。
「……っ、翼がある。だが、だんだん透けて……?」
「天使さまいたのかっ? でも、この感じはっ」
「わたくしたちが、ご主人様にならって死に戻りするのと同じ?」
明滅する白光の下には。
寒さに耐えられず、自身を必死に抱きしめるようにして眠る、ルプレやマインと同じくらいの人形、マスコットサイズの天使の羽を持った少女がいました。
そう、それは過去形でした。
まるで、のっちゃんたちが来るのを見計らったかのように。
それまでこらえていたものが切れてしまったかのように。
世界に溶けて霞になるように。
青空のような髪の天使さんは、出会ってすぐに消えていってしまったのです……。
(第79話につづく)