第七十七話:どうしようもない彼は、こうして天使に会いにいく
「んじゃあ、ご主人が中に入れるようにちょっと設定しなおすでやんすから、ちょっと待っててくれでやんす」
のっちゃんとしても、夢の世界へは向かうには資格なしと弾かれて。
あの大きな丸扉から反則的な方法で中へ入った事もあって、ここでもひと悶着あるものだと予想していたのでしょう。
あるいは、その先に天使がいるというのも、可能性は薄いだろうが一応聞いてみた、程度のものだったのかもしれません。
「だったら初めからそうしてくれれば良かったんじゃないかいねぇ、おい」
故に、オラつくような態度でルプレがシャーさんに突っかかっていくのも無理ないというか、のっちゃんの言いたい事を代弁したと言えますが。
「ん? 初めからもなにもこうしておいらがここで皆々方に相対するのは初めてじゃなかったでやんすかね?」
「……あ、成程。確かにそう言われてみれば、シャーさんが今のシャーさんになったのは、ヴィロデさんに会うちょっと前でしたか」
資格なしと夢の世界に招待されなくて。
この大きな大きな人型の、足元にまで落とされて。
ヴィロデさんと邂逅する直前に、落ちた衝撃が何かで目覚めたらしいシャーさん。
それを考えると、確かにシャーさんの言い分も最もで。
遠回りしたようにも思えまずが、周りに周ったからこそ、今があるとも言えるわけで。
「ふぅむ。やはり某達はある意味で蚊帳の外であったのだなぁ」
「……そんな事言うなって。元々は子供たちが楽しむためのところだったんだろ、おれはありだなって思ったけど」
「ここを作ったひとも予想だにしない方法で突破してた主さまのセリフとは思えないが、まぁ楽しそうではあったよな」
シャーさんが、一言答えてから大きなスクリーンの下にあるそれに合わせて大きなキーボードのようなものを叩き出し、何やら手続き的な事を行っている中。
どこか侘しげなヴィロデさんに対し、のっちゃんとルプレは慣れない励ましを行っていました。
そんな会話で思い出したのは。
今のっちゃんたちがいるこの場所のこと、『天使』の事です。
元々は、ヴィロデさんが言うには黒い太陽=世界を破滅に導く災厄に対抗していたという、天使のための遊技場……訓練の場で。
後々のことも考えて、その場の一部を避難所にしたのことでしたが。
果たして、そんな天使がここに留まっているのものなのかと、疑問に思ったのです。
あるいは、シャーさんの言う天使と、のっちゃんが捜し求めている天使は同じ存在なのでしょうか。
誰も天使が一人などとは言っていないのです、別人の可能性もあるのではないのでしょうか。
その辺りのことを伺おうと、思い立って声をマインが声を上げかけた時でした。
タイミングがいいのか悪いのか、タタタタンと何だか格好付けるみたいに音たててキーボードを叩き終えたかと思うと。
その瞬間ぶぅんと音立ててスクリーンに仄かな光が灯り、シャーさんは準備万端とばかりに振り返りました。
「さてさて、設定終了、でやんすよ! これで夢の世界ではなく、舞台裏にご招待可能、でやんす。スクリーンがいい感じに波打ってきたらさっと飛び込んでもらえればオーケーでやんす。スクリーンに飛び込むなんてあれでやんすけど、ほら、確かそう言う感じのアクションゲームあったでやんしょ。ステージに入る感じで」
「……ああ、言われてみれば何だか思い出してきたぞ」
「っていうか、言われなくても一度体験してんじゃん」
厳密には、とっちゃんの先走りというか、勢い余ってボタン的なものを押してしまって吸い込まれたわけですが。
結構な勢いで画面が波打つ様を見ていると、確かにそのまま画面の向こうへ飛び込んでいけそうな気がして。
「……ふむ。再度邂逅したばかりで何ができたわけでもありませぬが、ここまでのようですな。某のサイズでは、入るのも苦労するでしょうし」
「ああ、それならおいらもでやんすね。一応こっちにいないと、戻ってくるのも一苦労でやんすし、大人しくここで門番やってるでやんすよ」
結局、どこに門があったのか。
どのあたりが門番であったのか、最後まで謎ではありましたが。
ある意味別れのようなセリフに、しかし今回ばかりは寂しさのようなものはありませんでした。
「まぁ、何かしらで失敗してまた戻ってくるかもしれないしな。またなってのも野暮か」
「すぐ戻るさ。そうしたら……おれが言うのもなんだけど、何か力がある事もあるかもしれない」
「おお、勿体無きお言葉。その時は何があろうともかけつけましょうぞ」
「ふふ、頼られるっていうのも、存外嬉しいものでやんすねぇ」
「一言余計なのが、ご主人様クオリティ、ですか」
これっきりでないことが分かっていたから。
何につけても人任せのようでいて、孤独になりがちであったとっちゃんの、人に頼るという奇跡があったから。
一度目の、弾かれ飛ばされ、死ぬような目に遭った事すら忘れて。
とっちゃんたちは、思っていた以上にあっさりと、二次元の壁を超えるのでした……。
(第78話につづく)