第七十五話:どうしようもない彼は、素顔の笑顔を見られない
「オオオオォォォッ!!」
まさしく、一瞬の隙をついたかのような、のっちゃんの強硬手段。
まるで、人ならざるものに変わってしまったかのような、咆哮。
三者三様で硬直する事となりましたが、最初にそれに気づいたのはルプレでした。
「おいっ、これってあれだろ、マグマのあいつからパクった能力っ」
「【精霊化】っ!」
「……っ」
流石に、何者かの攻撃を……マイン達に悟られずにのっちゃんが受けてしまうほど会話に没頭していたはずはなくて。
ルプレが言うように、のっちゃんが自ら自身に火をつけたのでしょう。
しかし、これまで使った事がなく、レベルの低いものだったはずのそれは。
本物を彷彿させるくらい、業火と言う表現が相応しいくらい燃え盛っていました。
コントロールができていない?
……いえ、違うのでしょう。
あくまでものっちゃんは、それを自らの意思、選択で死に戻りの手段として使おうとしているのです。
のっちゃんのギフト、あるいは一部として、本能的のそれを悟ったルプレとマインは、のっちゃんの意思の尊重をと考えたが故に咄嗟に動けませんでした。
しかし、マナはそんな事関係ないとばかりにのっちゃんの元へと駆け寄っていきます。
「のっちゃん! ……ぐっ、熱っ!?」
「オオオオオオォォォォッ……っ」
まるで、自身の力全てを使った火種にするかのように。
マナ達がいたずらに巻き込まれないように。
叫びつつ精霊化……世界の自然そのものへ一体化して行こうとするのっちゃん。
余りにも苛烈な炎の塊に、苦悶の声上げて手を引っ込めるマナ。
ここまでくれば、のっちゃんの意図にマナも気づいてはいたのでしょう。
しかし、それでも心情としては納得できない、と言わんばかりに更に手を伸ばそうとして。
「おい、やめとけって! 主さまの気持ち、くんでやれよっ!」
「何よ気持ちって! そんなの、そんなの自分勝手すぎるじゃないのっ!!」
「……わたくしたちが責を負うくらいならと、お思いになったのでしょう。ある意味主さまの行動はわたくし達のせいではありますね」
「なっ、なんでそんな冷静なのよっ……って、あなたたちも消えてっ」
ルプレとマインの小さすぎる体では、本来そんなマナを止めるべくもなかったのですが。
自分勝手の独りよがりがお互い様であると、心のどこかで理解はしていたのでしょう。
ただ、周りに迷惑……労を負わせるくらいなら自分でやるという意思を示したのっちゃんに対して、悔しいような気持ちがあっただけで。
「ああ、あれだな。死に戻りの定義って、主さまの存在を見失うことだもんな。よくよく考えたら、本当に死んじまう必要ないんだった」
「……なるほど。これは自死ではなく、この世界の自然と一体化したってことなのですね」
「だから気に病む必要はないって? ほんと、みんなして、ずるいんだから……」
残されるマナに対してのフォロー。
元はみんなしてのっちゃんのようなものなのだから、みんなというのは語弊があるとは言えますが。
のっちゃんも、初めから自死するつもりなど毛頭なかったのでしょう。
初めて使うスキルでありながら、『精霊化』の本質を誰よりものっちゃんが理解していたと言えます。
のっちゃんがマグマのガーディアンから得たのは火の精霊化ではありましたが。
どうやらこの世界において精霊化とは、目に見えない自然の力そのものへと昇華する事のようです。
力を込めれば込める程それは顕著となり、私たちにも見えなくなる。
それによって、ルプレの……『リアル・プレイヤー』の裏技にして今は最も使用頻度の高いものに繋がる。
何より驚きなのは、まさにあの一瞬でこの答えを考え出し、実行したのっちゃんの凄さ、でしょうか。
答えの出せない選択肢かと思っていたのに、のっちゃんだけは諦めてはいなかったのかもしれません。
そんな事を考えているうちに。
消える寸前のマッチのように、さいごの一瞬だけ強く燃え盛ったかと思うと、のっちゃんは完全にその場から姿を消しました。
正確には、私達に見えなくなっただけで、この世界の一片として、そこに在るのでしょうが……。
『―――対象をロストしました。認識できるセーブポイントにまで戻りますか? はい いいえ 』
本来ならば、まだルプレが顕現する前ならば、示されていただろうセリフ。
現実ではない、夢の世界、異世であるからして戻れない、という懸念もありましたが。
どうやらなんとかなりそうです。
「……なんとか予定通り戻れるみたいだな。こっちは任せたから。せいぜい主さまのために頑張ってくれよな」
「また、会いましょう。どちらが天使を早く見つけ出すか、勝負ですね」
そうして。
感覚で、その死に戻りにおける合図を察知する中。
それでも取り残され、その合図があった事も分からないマナのためにと。
二人してそんな捨て台詞を残しつつも、だんだんとこの世界から剥離していく感覚。
「うん、またね。こっちは任せておいて。目的ができちゃったから、頑張れるよ」
本当は、この瞬間の、この時間軸の彼女とは二度と会えなくなるとしても。
お互いに、そんなことはおくびにも出さず。
その後の残された彼女のことも、極力考えないようにしながら。
そんなマナの泣きたくなるような笑顔に見送られて。
私たちも、世界の粒子となって消えていくのでした。
数多くあった死に戻り(別れ)の中でも、絶対に忘れないだろう瞬間を、心に刻みながら……。
(第76話につづく)