第六十三話:どうしようもない彼は、居ぬ間に主役めいたスキルを覚えていた?
今、のっちゃんたちのいる夢の舞台裏、『プレサイド』と呼ばれていたらしい蒙昧なる巨人の形をしたダンジョン。
その内の一つ、横隔膜の間。
蟻地獄の巣のように、すり鉢状に沈むその場所で。
案の定というかなんというか。
私がよっし~さんとマナ(結局マナがどこにいるのかしっかり確認はできませんでしたが)の様子を見に行っている間に。
ゴール地点である脊髄の間をさしおいて、入口のある旋毛の間、右手左手、右耳左耳とある意味驚異的な運の良さで各地点の飛ばされしっかり観光と時間稼ぎをしてくれていました。
それぞれの地点にヴィロデさんのようなボスモンスターがいたり、かつてはあったらしい行き止まりの宝箱的なものをとるために様々な罠がしかけられていましたが。
ボスモンスターのみなさんはヴィロデさんの姿をみるなり、戦いそっちのけで役目を外れ自由に歩き回れるのを羨ましがっていたし、そもそも宝箱的なものを取るのが目的ではなかったので、泣く泣く割愛する事にいたしましょう。
そんなわけで十数回横隔膜からのジャンプ、あるいはワープの末にたどり着いた脊髄の間。
それまで、人体の中を探検する細菌のごとく、それに沿うようなロケーションであったのに。
その場は入口やボスモンスターの方たちが居た場所と同じように、近代的で金属めいた作りをしていました。
正面にでんと構えているのは、それが脊髄を表しているのかは甚だ疑問ではありますが、銀行などの大仰な金庫を模したのか、天井まで届きそうな大きさのまん丸の鉄扉が座しています。
恐らくは、その扉の向こうに先んじて偵察した形となった、あの無数のコールドスリープの装置めいた棺のようなものがあるのでしょう。
その大きい大きい扉は、一体どうすれば開くことができるのか。
その答えは、お誂え向きにその丸い扉の前で仁王立ちしている、最後の門番さん……脊髄を司る紅のフィナルさんが知っているに違いありません。
「フィナル殿、某……ヴィロデであるぞ! 幾年もの時が経ち、我々の守護も最早不要と聞き、代表として参った次第である!」
一寸前の宣言通り、まずはヴィロデさんがその巨体を跳ねさせ前に出て今まで見た紅のボスの方々と比べると、大分人らしいフィナルさんに向かっていきます。
その瞳を閉じて仁王立ちし佇む様は、赤備えの和甲冑を身にまとったサムライのように見えましたが。
「……同志たちの開放の宣言とともに、この先への開錠をお願いした……くぅっ!?」
無警戒に近づいた、というわけでもないのでしょうが。
恐らく、フィナルさんの守護する範囲、プライベートスペースのようなものがあったのでしょう。
そこに足を踏み入れたことによって何かのスイッチが入ったかのように閉じられていた目を見開いて。
ご多分に漏れず、紅色の瞳……残念ながら明確な意思があるようには見えませんでしたが……それが分かるか分からないかといったところで、目を離したわけでもないのに、気づけばフィナルさんはヴィロデさんの目前まで迫っていて。
いつの間に抜き放ったのか、随分とボロボロで切られたら痛いではすまなそうな刀をヴィロデさんに繰り出していました。
苦鳴の声を上げ、なんとか自身の爪でそれを受けるヴィロデさん。
申し訳なくも、その斬撃はほとんど見えませんでした。
硬いものと硬いものが軋むつばぜり合いは、太さでは断然勝っているはずのヴィロデさんが圧されています。
爪を切り削ぐようにあれよあれよという間に、そのボロボロの刀はヴィロデさんの爪に食い込み、その瞬間には断ち切っていました。
「ぐぅおっ!? くっ、予期していなかったといえば嘘になるがっ、やはり既にこの長年の縛りにより気をやっておるかっ」
確かに、満遍なく回った各部位のボスモンスター紅さんの中には、意思疎通ができなくて対処に困った方もいて。
あるいは、この場所だけはまだ役目が終わっていないとして、忠実にこの場所を守るためだけに動くキリングマシーンと化しているのかもしれません。
「……」
「ぐわわわぁぁぁっ!? ぎっ、やりおるわ、意識なくてなおここまでの動きをする、とはっ」
そんな事を考えている間にも、返す刀で爪と爪の合間をぬって切りつけられるヴィロデさん。
渋く紫色の血の割には、まだ少し余裕があるそうな気もしますが。
こうなってくると、仲間になりたそうに起き上がってきた他のボスの方々の助力も得るべきだったのではと思うのは後の祭りで。
「助太刀したいのはやまやまでやんすが、戦闘タイプではないので間に割り込むのはちときついでやんすよ!」
「主サマ、今こそ新しく覚えたスキルを使う時だぜっ、もろともぶっとばしちまえ、ヴィロデさんも本望だろうよっ」
マインも含めただ逃げ回り飛び回るしかできないしもべたちが、お前が言うなというか、いろいろひどい事を言っていますが。
さすがののっちゃんも重い腰を上げるべきだと気づいたのでしょう。
ルプレに応えるかのように、あるいは言われるがままに押し出されるように戦いの場へと近づいていきます。
「はははっ。もとよりそのつもりよっ、ぐぎぃぃいっ! 主殿ぉぉっ、某が抑えておるうちに、おたのみもう、すっ!」
「……っ」
ルプレの酷い要望を、笑って受け入れ……足首ごと断ち切ろうとする刀を、喰らい上げるかのように大口を空けるヴィロデさん。
フィナルさんは、何かを悟ったのか慌てて刀を制止しようとするも止まらず、帷子のついたその腕ごとくわえ込まれる形となって。
さらに溢れ出る紫色の血。
言ったルプレが青くなるくらいの決死の行動に、答えないわけにはいかないと。
ついには駆け出していくのっちゃん。
そしてそのまま、振り上げる利き手。
そこには、今まで見たことがあるようなないような、七色の渦のようなものが溢れ出していて……。
(第64話につづく)