第六十二話:どうしようもない彼は、ルーザーの観測者を救えるか
これからどんな結果になろうと自己責任の自業自得なのを理解した上でここにいるのであって。
そんな自分に気を割いてもらう意味も理由もない。
よっし~さんがそんなつもりで言葉を返した時。
のっちゃん風の青年は、まるで意を決したみたいに更に踏み込んできました。
「そんな事言われてっ……はいそうですかなんて頷けないだろぅっ! あんた、自分のコト、自分が死ぬかもしれないってコト、どうでもいいって思ってるだろ! 死ぬのはな、痛いし怖いし気持ち悪いし、そのっ、散々なんだぞっ! てか、なんでおれこんな御託並べてんだっ。と、とにかく、おれは逃げないぞっ。肉の壁にでも使ってくれ! そう言うのは慣れてるっ!!」
やはり状況が状況で、どこかハイになっているのかもしれません。
そう言う彼は普段きっとそんな事を言うような人物じゃないのでしょう。
もっと冷静なはずです。
よっし~さんは訳も分からず勝手にそんな事を思っていて。
「初めの言葉、そのまま返すわ。だったら尚更巻き込むわけいはいかない。だってあなた、大切なひとのためにここにいるのでしょう?」
「……っ」
言われて初めて気づいた、とばかりに言葉を失う青年。
やっぱり、どうしようもないお人好しなのでしょう。
本意でないのに、こんな事に顔を突っ込んでいる。
掛け値なしに違いない。
まさに、巻き込まれて異世界冒険する羽目になった、のっちゃんのようです。
ならば言葉通り、ただちに異世を展開すべきだと。
よっし~さんが割り込んできてから、何故か大人しいヘドロ山の異形に視線を向け、よっし~さんが合図のために声を上げようとした時。
「そ、そんなの、あんただってそうだろっ。大切な人のためにここにいるんだろうっ!」
「そうだったら、どんなによかったかしら……ね」
ある意味どうしようもないのっちゃんのお馴染みのオウム返し。
それが意外と、相手に響くところがのっちゃんの凄いところではあるのですが。
既に、大切な人を失ったに等しい、凄絶な瞳をたたえたよっし~さんには通用しません。
資格有りでしかるべき所に避難していればいいのにこうして外にいるのは、ある意味でよっし~さんのわがままでした。
そのわがままは、大切な人のためじゃない。
大切な人に、せめて爪痕を。
気づいてもらえれば、なんていう自分本位も甚だしいわがままであったのに。
「だったらっ! ……おれが君を心配する! 大切だって思われるような人間に、なってやるよっ!」
「……っ」
一体何を勘違いしたのか。
あるいはトチ狂ってしまったのか。
初対面で力もないのに、よっし~さんの諦観を揺るがそうとしてきます。
「『――――』だ。よおくお覚えとけっ! 何べん、何度だって諦めないからなぁっ!!」
「……っ、異世展開してっ!」
これ以上、彼のぎこちなくも力強い言葉を聞いていたら、どうにかなってしまう。
よっし~さんは、自分が自分でなくなってしまうような得体の知れない圧力を受けていました。
耳を塞ぐように、その言葉をかき消すように、異世展開の合図を送ったから。
肝心な部分は聞こえなかったようですけれど。
その時よっし~さんが感じたのは。
初めに受けた懐かしさが、やっぱり気のせいじゃなかったということでした。
その出処が、結局見つけ出す事ができなかったのは……もどかしくはあったのでしょうが。
―――何べん、何度だって。
その言葉が、ずっとずっと耳に残っていて。
思わずよっし~さんが何かを言い返す前に。
現世と異世を遮るかのごとき緞帳が下りてきました。
あるいは、口内の上の歯と下の歯が閉じていくみたいに。
二人を分かつ、黒の帳が境界を無くしていく瞬間。
下手な抵抗をせず、じっと……薄い色彩の瞳が見つめられていたのが、ひどく印象的で……。
※ ※ ※
それからよっし~さんはどうなったのか。
よっし~さんの暮らす世界は、今も残っています。
ハルマゲドンに等しい、黒い太陽が降ってきて、終わりを待つばかりだとしても。
よっし~さんは確かにそこにいました。
本来なら、よっし~さんについていって、今の今までを知るべきなのでしょうが。
この世界が滅びいく理由となったものを知るべきなのでしょうが。
鷹の目第三者視点で見ているこの夢の世界は融通が利かないようです。
取り残された側……どうみてものっちゃんな青年のもとにいました。
「きっ、消えたっ……」
今ではいろんなありえない事にも少しばかり慣れてきてしまって。
のっちゃんですらあまりしなくなってしまった、とても新鮮なリアクション。
よっし~さんと、大きい紅さんの色違いが消えてしまった事で。
その場に残されたのは夢の中なのにうるさいくらいの現実感でした。
そう、今の今までよっし~さんとのっちゃん風の青年がやり取り(ドラマ)していたのは、四車線はある大きめの道路の真っ只中だったのです。
両側から迫るは、死に場所……あるいは、生き抜くための場所を探すための車達と。
ヘドロ山の異形さんがいたことで、そんな車を捨ててあてもなく逃げ出そうとしていた人達の群れでした。
現場はてんやわんや、まさにパニック。
誰かが支持し、誘導しなくては、いらない二次災害が起こる事でしょう。
「くっ。こんな事してる場合じゃないって、のに!」
しかし、そこでその役目をかってでたのは、あろうことかそののっちゃんの姿を取った青年でした。
警察官っぽいの制服を着ているからこその、義務感があったのでしょうか。
見た目にそぐわぬ、のっちゃんらしからぬ闊達さで声を上げ誘導を始めたではありませんか。
その行動力だけで、何度も言いますが、のっちゃんに姿を取っているだけで別人である事がわかります。
まさに、主人公というか主役級のはたらきです。
やっぱり、のっちゃんのふりをしている? マナだったりするのでしょうか。
彼女ならば、そう言う役回りをスマートにこなすイメージがあったので、何とはなしにそう思っていたわけですが。
結果、多くの人々の流されるようにして、その場から離れる事になってしまって。
のっちゃん風の彼は、この夢が終わるまでよっし~さんと再会する事は叶いませんでした。
「―――また、ダメだったか。やっぱり俺には、悲劇をつくる事ができても、救う事はできないのか……」
そうして、世界に二度目の黒い太陽が落ちる瞬間。
この夢の世界が、再び振り出しに戻ろうとする、その瞬間。
青年が発したのは、どこか意味深長なそんな言葉。
それはきっと、こうして何故か聞いている私から……のっちゃんへのメッセージだったのでしょう。
問題なのは。
私自身もよくわからないそれを、のっちゃんにどうやって分かるように伝えるのか、と言う事で……。
(第63話につづく)