第六十一話:どうしようもない彼は、理想の姿で夢にも出張ってくる?
遠巻きに囲むギャラリーの、今までとは異なる歓声めいたものが沸き立つ中。
よっし~さんは山のような異形の背中部分へと舞い降りました。
そこには一人の、思っていた以上に若い、警察官? らしき青年の姿がありました。
なんだかどこかで見たことがあるような気がしましたが、何故だか絞り出そうとしても思い浮かんできません。
もしかして、マナがこの夢の世界に登場するのに、無理やり辻褄合わせの結果がこれであると一瞬思いましたが……それこそまさかでしょう。
自己主張に激しい彼女のことだから、きっとそのうち出てくるのに決まってます。
それはともかくとして。
終末にかけて誰もが終わりを意識し、準備をする中。
仕事を放棄せずにいる事は尊い事ではあると言えるでしょう。
とはいえ、ヘドロ山の異形にとってみれば、そんな彼は取るに足らない存在であったに違いありません。
持っていた拳銃の弾を全て吐き出しつつも何ら痛痒を見せない異形に呆然と空撃ちしているのが見えます。
「……くっ、くそおおおっ」
しかし、亡失していたのは僅かな間で。
腰に据えていた警棒を取り出すと、果敢にも打ちかかっていくではありませんか。
それにはさすがの異形も気づき気に障ったようです。
ペッと吐き出すみたいに自身の体の一部を、無造作に打ち払うが如く打ち出しました。
「うわああぁっ!?」
見目が良くない事も加えて、それを受ければ人の体などただではすまないのでしょう。
声上げ、自らの手で自らを庇おうとした警察官風の青年でしたが、いつまでたっても嫌な衝撃はやってきません。
代わりに、なんと表現したらいいのかも分からないくらい、極上の柔らかい感触が年若い青年を包み込んでいました。
そう、間一髪、よっし~さんが青年を救ったのです。
結果、抱え込むようにして倒れこむ二人。
外れた斑肉色のヘドロの塊は、アスファルトをじゅうと焦がし、溶かし、何とも言えぬ嫌な匂いを漂わせます。
どう見てもまともに受けなくてよかった。
間一髪で、勇敢な青年を助けられた事に安堵したよっし~さんは、それでも状況が切羽詰っていた事もあって、思わず声を上げてしまいます。
「無謀な事を! 警察官ならカーヴ能力に関する事案が発生した場合、対処法は学んでるはずでしょう!」
この場合、自分も含め一般人を近づけないようにし、曲法能力者に連絡、その場からの逃走も視野に入れられています。
何せ、ここは能力者たちが戦う専用の空間……『異世』の中ではありません。
能力者達ですら生身でカーヴの力を受ければ、ただではすまないのです。
大げさに言えば、『黒い太陽』が降ってくるのと同じ緊急事態なのです。
逃げても文句は言われないだろうし、そうするべきであったのに。
「……っ、知らないよっ! おれだって何でこんな事になってるのか分かんないんだよっ! でもだって、家族は助けたいっ。しょうがないじゃないかぁっ!!」
職業意識が強い上の蛮勇なのかと思ったら、どうやら違うようです。
警察官の青年自体、状況をよく把握していなくて、混乱していたのかもしれません。
でも、それでも。
家族のために。
その何だかどこかで聞いたようなフレーズが、ある意味自棄になって八つ当たりしていた部分もあったよっし~さんの意識を覚醒させたようです。
「……っ。あなたは」
そして、そこで初めて。
抱き抱えるようにしていた人物の事を、はっきりと認識し視界に入れました。
よっし~さんが何かを問いかけようとして思わず言葉を失ったのは、どこかで会った事があっただろうか……なんて思ってたからなのでしょう。
過去、あるいは未来か。
この世界を救うために、そのどちらかへ向かわんとする者達がいる以上、その可能性はおおいにあります。
しかし考えようとしてもうまく答えが出てこないようです。
少なくとも、どこか懐かしい感じがしているようなのですが。
誰かに似ているのかと思えば、そんな事もなく。
交流の途絶えた親類親戚筋かとも思いましたが、少なくとも脱色したかのような薄茶の短髪に、よっし~さんは見覚えがないようです。
顔立ちは西欧風、とでも言えばいいのでしょうか。
日焼けしても黒くならず赤くなるタイプの、髪と同じ薄いブラウンの瞳をした青年です。
見た目相応のちゃらい雰囲気は皆無で、言葉の強さの割におどおどした雰囲気がそこにはあって。
……あれ、これってもしかしなくてものっちゃんそのもののような気がするのですけど。
一体、どう言うことなのでしょう。
この夢が、よっし~さんの過去であるならば、マナはよく分かりませんがのっちゃんが存在しているはずはないと思うのですが。
夢であるから、もしかしなくてもマナの理想の姿をとった、とでも言いたいのでしょうか。
気持ちはわからなくもないですが、まだちょっと否定したい自分がそこにいましたが。
「これは、曲法の力……?」
極めつけは、蝶の鱗粉のごとき七色に光るオーラのようなものでしょうか。
というか、ぶっちゃけマインの能力のエフェクトそのものであるからして、目の前にいる彼がのっちゃんであるのは確定でしょう。
本人がその虹色撒くオーラ的なものにに気づいているのなら。
能力者の素養があるとして、こんな蛮勇に出た事も頷けますが。
本人の主張によると、そうではないようです。
恐らく、のっちゃんと同じように目の前の彼は根がお人好しなのでしょう。
本意ではなかったのでしょうが、体が動いてしまったのかもしれません。
きっとどこかにいる大切な人を守るために。
「……っ」
そんな事を考えたからなのか、何故胸抑えているよっし~さんがそこにいましたが。
そんなものは気のせいだと切って捨てて、何とか起き上がると(密着していた事に気づいたのか、避けられるように離れられて地味に傷ついたようです)、改めてこんな事を考えている場合ではないと口を開きます。
「……言い分はわかりました。ならばここはもうわたし達に任せてもらって大丈夫です。異世を展開しますので離れてください」
蛮勇、無謀ではあったが嫌いではないし間違っているなんて言えない。
これ以降の役目は専門家に任せておけばいいのだと。
そう言って顔を向ければ、青年は少しばかり何だか怒ったような顔をして離れるどころか、より一層七色のオーラ擬きをキラキラさせて、再び近寄ってくるではありませんか。
「いや、ダメだっ! あのヘドロみたいなやつ銃も効かないんだっ。君みたいな、なっ……かわっ……女の子が、一人でだなんて危ないよっ」
つま先からてっぺんまで舐め回すように見つめられた後、返って来たのはしっかり言葉にならないようなそんな言葉です。
定型であるなら、『かわいい』なのですが。
見た目がダイナマイトでアレなので、とんと言われた事がなかったらしく、よっし~さんにはいまいち伝わっていないようで。
「大丈夫、一人ではないですから。それに……危ない事から守ってもらう必要などありません」
とはいえ自分に向かってそんな心配をしてくれるなどと思いもよらなかったのか、何だか新鮮で照れくさそうにしているよっし~さん。
しかし、これからどんな結果になろうと自己責任の自業自得なのを理解した上でここにいるのであって、そんな自分に気を割いてもらう意味も理由もない。
よっし~さんはそんなつもりで言葉を返した時。
青年は、まるで意を決したみたいに更に踏み込んできて……。
(第62話につづく)