第六十話:どうしようもない彼のいない夢のリフレイン
明らかに敵性であった、まさに紅色をしたロボットの事を疑うような仕草を見せつつも。
結果、率先してスクリーンの先へ消えていったのっちゃんとその可愛らしい(手前味噌で申し訳ないです)使い魔たち。
マナやよっし~さんとしては、理由の程度は違えどのっちゃんに追従するしかないため後に続く形になったわけですが。
スクリーンの向こう……飛ばされたどり着いたその場所は、のっちゃん達と異なっていました。
正確に言えば、今この現実がのっちゃんにとって『莫迦みたいな夢』であるからして、今更夢を見るも何もなかったことと。
そうではなかった二人の差が出てしまったと言えるのかもしれません。
いわば、現在のっちゃんが攻略に格闘中のあの場所は、そんな夢の舞台裏と言えるのかもしれなくて。
一方で、そんな夢の舞台に飛ばされてしまった二人は。
解放されし時が来るまで、永劫繰り返す夢の世界、『LEMU』と呼ばれる異世に取り込まれていました。
意識が奪われていなかったのならば。
その場所へと運ばれていく瞬間は、神様に転移をお願いされたときと同じような酩酊感であったとマナは感想を漏らしていたのでしょうが。
正しくも、世界の滅亡の危機から転ばぬの杖(一時しのぎ)的な意味合いで、隔離される地下シェルターであるからして。
資格ありの登録の流れで、マナとよっし~さんはそれぞれが酸素カプセル……いえ、コールドスリープの装置の中へ転移させられていました。
ちょうど顔の部分だけガラス張りになっていて、曇ってたりしなければ眠っているお顔が見えるという仕様のようです。
そしてさらに、同じようなコールドスリープの装置が、その暗い部屋の中仄かに照らす明かりの数だけ存在していました。
ざっと見て百ほどあるでしょうか。
その全てが稼働しているわけではないのでしょうし、この部屋が避難者の全てではないかもしれませんが。
滅亡の危機に瀕している世界からのノアの方舟……避難者の数として多いかと言われれば微妙なところかもしれません。
そんな彼らは、それぞれが悠久に続くかもしれない避難生活の慰めとして、夢を見ていました。
その中には、この蒙昧なる巨人『プレサイド』を終の棲家として暮らす近未来の人々の生活であったり、
帰らない主を探しに幻想の旅に出る天使の物語であったり、人により様々でありますが。
マナとよっし~さんは、ここへの転送が同時であったせいなのか、同じ夢を見て……取り込まれていました。
しかしそれは、他の多くの眠り続ける者達と違って、心安らぐものとは言い難い所がありました。
―――よっし~さんの夢。
引き返したくても引き返せない。
後悔ばかりで、何もできなかった。
二度目黒い太陽が落ちた……一週間前から、全てが終わるその日までの、繰り返しの夢です。
そこにマナは巻き込まれたのか。
あるいは、その過去……現実に共にあったのかは分かりませんが。
同じ場所、同じ時間に取り込まれ繰り返していたのは確かで……。
では早速。
その始まりの一日目からまとめ……見てみる事にしましょう。
※ ※ ※
連続した銃声のような音。
聞こえる雑多な怒号、悲鳴。
「二人は異世を展開する準備しておいて! こちらから取り込み仕掛けるわよっ!」
「はいっ!」
「了解ですっ」
車を抜いて人垣を超えて、騒ぎ、あるいは反対方向へ逃げ惑う人並みをかき分けて。
相変わらず曲法の力を緩めようともしない中心地へと踏み入れるよっし~さんとその仲間たち。
「……っ」
「うわでかっ。新種の紅かな。赤い色してないけど」
そこにいたのは、最早人の姿をなしていない異形でした。
二車線の大きめな道路をまるまる塞ぐようにして、斑色……ヘドロが折り重なり積み重なったような、『おぞましい』と言う表現にふさわしい『紅』に似て非なるもので。
「……」
ダララララッ!
よっし~さん達に気づいているのかいないのか。
見た目ほどには何も語らず、そのヘドロの山の頂上いわゆる頭の上にある、それだけ唯一異質な金色の六花……金属めいたその花から、先程から感知していた曲法の力の塊のようなものをいくつも打ち出しています。
大きくよれて止まっている車などありますが。
今の所一般の人達に被害はないのは、幸いでしょうか。
やはりその異形は、よっし~さん達を待ち伏せしていたのかもしれません。
目的はまだわかりませんが、今のうちによっし~さんたちが戦うためのフィールド……異世に取り込んでしまうべきなのでしょう。
そう思い、仲間の二人に声を掛けようとしたよっし~さんでしたが。
「うおおぉぉぉっ!」
その山のような斑色の異形の向こう、後ろの方から勇ましくも震えた咆哮と言うか悲鳴に近い叫び声が聞こえてきました。
よっし~さん達よりも早く、仲間……曲法能力者が駆けつけていたのかと思いましたが。
それからすぐに響く、先程のものよりだいぶ細い銃声が聞こえて、よっし~さんは何かに気づいたらしくはっと息をのみます。
それは、警察官などが持つ拳銃の音でしょうか。
恐らく、一般の公僕に類する者が、駆けつけ対処しようとしているのでしょう。
その勇気は敬服に値しますが、流石に状況が悪すぎると言えます。
「二人はすぐにでも異世を展開出来る準備を! 合図はわたしからするから!」
よっし~さんは思わず舌打ちし、先程口にしたばかりの同じようなセリフを仲間の二人に向けた後、
返事を待たずにほとんど無意識のままに四肢に力を入れて跳躍しました。
常人……力を本当の意味で失っていたのなら、それすら無謀であったのでしょうが、
その時は未だ健在であったのかそうでないのか、その跳躍は、目を見張るものでした。
この世界において、過去を見れば曲法能力者以外にも超常の力を持った者達が幾人も確認されていたようで、もしかしたらよっし~さんにも、そう言った血が流れているのかもしれませんが……。
それはまさに、天使の羽を持つものの飛翔のようで。
目の当たりした人々の心に、深く深く根付いた事でしょう。
実際は、よっし~さんの心に棲まう天使がもういないことに。
本人を除いては、誰も気づかないままで……。
(第61話につづく)