第五十九話:どうしようもない彼は今更現実感を持ち出してくる
それからののっちゃんと愉快な仲間達の道行きは。
『プレサイド』最下層のボスの一人であるヴィロデさんが、流れのままなし崩しに仲間になったことで、
不必要な戦いを回避できたこともあり、思っていた以上に展開の早いものになりました。
階層に複数いるというボス的モンスターさんたちは、必ずしも全員の相手をしなくてもよいそうで。
何年もこの海の底にスタンバイしている他の出会わなかった方々の事を思うと、身につまされるというか救援に向かってあげた方がいいかなとも個人的には思ったのですが。
それぞれの人の部位を象っているという、この蒙昧なる巨人『プレサイド』のボスの方々は。
当然のように、もともとは一人の主から生み出されたものらしく。
今でこそ主はこの巨人そのものと昇華し、明確な命令系統は存在していないそうなのですが、その代わりに全てのボスを総括する……中心となる部位の方がいるそうで。
その方に会う事ができれば、ただただ出番を待って身を潜めていなくてもいいのだと、伝える事ができるだろう、とのこと。
そして、その代表たる部位の方こそ、これから向かう横隔膜の間の先……夢の異世、その入口を守る真の門番さんらしく。
探す手間が省けるというか、ご都合主義にすぎるというか、それじゃあシャーさんは一体何だったのかという話題で、本人とともに盛り上がっていました。
その際、やはりのっちゃんは忠実で頼もしいしもべたちを暖かく見守るマスターらしき体で殿を努めていましたが。
実際は今更ながら思ったよりスピード感のある展開についていけなくなっていたなどとは、私の心だけにとどめておく事にしましょう。
「問題なのは当の『脊髄』の……フィナルが某の言葉に耳を傾けてくれるか、ということであるか」
「あん? だってそいつ、ヴィロデたちのトップなんだろ? さっきと言ってる事が違うじゃんか、ここまできて」
そんなこんなで、道中出会う様々な部位の方々とも、ヴィロデさんのおかげで戦う事もなく。
逆に俺も私も仲間になりたそうにこちらを見ている状態であるのを、これ以上増えると描写的に捌ききれない……ではなく、のっちゃんがぞろぞろ付いてきても面倒見切れないぞと素直に開けっぴろげにぼやいたことで、結局同行の相手はヴィロデさんのみでここまできたわけですが。
ルプレの言うこことは、案内役をヴィロデさんに奪われちょっとだけ大人しくなったシャーさんが最初に口にしていた、ぴょんと跳ね上がって目的地まで飛べるという横隔膜の間です。
そこは、いわゆる蟻地獄が最下層に潜んでいるかのごとき三角錐型のそれなりに深いくぼみのある場所でした。
下から上がってきたはずなのに、何故か上の方から出てきたのっちゃんたち一行でありますが。
その、一番くぼんでいる部分まで足を運ぶ事で、自動的に大地が大きく跳ね上がり、然るべき場所に運ばれるとのことで。
「……いや、ちょっと待てって。今まで何気に流してきたけど、おかしいだろ。なんでこんなので移動、ワープできるんだよ。百歩譲ってこれが跳ね上がったとして、上は完全に壁っていうか天井あるんだけど」
と、そこで。
今まで会話に参加したかったんだけどできなくて、それがここに来て溜まりに溜まって吐き出されたかのような、のっちゃんにしては随分と饒舌なツッコミが入りました。
「んー、細かい説明をすると長くなるでやんすけど、ここは異世でやんすからねぇ。そう言う仕様なのだと納得できないのならば、ダンジョンのステージ変更で考えるとわかりやすいでやんすかね。ほら、それまで岩の洞窟みたいな見た目だったのに、テーマが変わってジャングルの中みたいなものに変わったりするでやんしょ。それとおんなじものだって考えてもらえればいいでやんすよ」
「なんだよ、主さまー。それこそ今更だろうがい。ここまでくるのに、ひじょーしきな移動方法てんこもりだったろう?」
「うーん。確かにそう言われればそうなんだけど、納得できるかはまた別問題なんだよなぁ」
周りの皆が特に違和感なくこの展開を受け入れているのに、自分だけ納得いってないのがのっちゃん的には不満なようです。
確かに、現実的な目でみれば訳がわからないというか、それこそどうかしてるといってもいいのかもしれません。
第三者的な目で俯瞰しているからこそ、そんなのっちゃんの葛藤も手に取るようにわかってしまうわけですが。
いまだに文字通り異世界に染まり慣れていないところは、さすがどうしようもないのっちゃんの面目躍如であると言えるでしょう。
「いいんだよ、こまけぇことは。主さまは黙ってうしろにふんぞりかえってればいいんだって。それより、話を戻すぞ。最後のボスの話だ」
「うむ、フィナルのことだな。確かにあれは元主がいない今、全てを司る役割を担っておるが、彼奴の守護する場所は全てにおいて優先されるのだ。その先へ向かうとわかれば、融通のきかぬ可能性があるのでな」
「……つまり、場合によっては戦いになるということですか?」
ファンタジーにのっちゃんの現実主義を持ち込むなと。
そう言わんばかりのルプレのスルーに、言われた通り黙るしかないのっちゃん。
その間に、逸れていた話題を戻します。
すなわち、ここに来て期待していなかったと言えば嘘になる戦いへの可能性です。
「まぁ、そうなる事態をも考慮して欲しいといったところかの。いざとなれば某が矢面に立つゆえ、主殿のお手を煩わす事のないよう努めるがの」
「ああ、ええと。そうなったら頼むよ」
いざとなれば、刺し違える覚悟をもって。
きっと、ヴィロデさんはそこまでの強い意思を秘めた言葉だったのでしょうが。
いまいち現実感のないままののっちゃんには、そこまでは伝わってないようで。
「……あー、そういえば思い出したでやんす。これから移動するのはいいのでやんすけど、よく考えたら必ずしも行きたい場所にいけるわけじゃないのでやんすよね」
「む? むう、某としたことが、肝心な事を失念していたようだ」
「え、どういうこと? ランダム転移なの?」
気を使って話題をまた逸らしたわけでもないのでしょうが。
いざ決戦というところで出鼻をくじくというのは、まさにこの事なのかもしれません。
実際、目的地である脊髄の間以外に、左右の手や、入口のあった頭上へも移動できるとのことで。
これ以降、まさにのっちゃんが死に戻りするがごとくやり直しでここに戻ってくる羽目になるわけですが。
それこそ眠くなるような、繰り返しの単純作業であるからして。
その間に、俯瞰の第三者視点として、ずっと気になっていたマナやよっし~さんの動向を追ってみる事にしましょう。
(第60話につづく)