第五十七話:どうしようもない彼は総てのことばを理解できるのを知らなかった
「見ろ、なんか緑色のでっかい水槽? みたいのがあるぞっ。中になんか浮いてるっ」
たどり着いたのは、赤い赤い肉感めいた洞窟の終着点。
シャーさん曰く、蒙昧なる巨人、『プレサイド』の左足の付け根……かかと部分であるとのこと。
単純に言えば、その行き止まりを利用して上へ上へと向かうとのことですが。
「おお、それでやんすよ。その水槽の天井部分、上層まで続いてるでやんしょ? ここからなら、門番を撃破するだけで上へ行けるお得なスポットでやんす」
「んー? あの緑の水の中に浮かんでるやつがそーなのか? 確かによく見ると足っぽい形してるなぁ」
先ほど落ちてきた場所から上がろうとすれば、有象無象の敵性達が夥しく襲いかかってくるが、このゲームらしい正規のルートならば、中ボスを一体撃破するだけで上へと向かえる。
つまりはそう言うことなのでしょうが。
果たしてのっちゃんと人形サイズのマスコットファミリア三体で撃破できる相手であるのか、というのが問題です。
「……こんな事を言う自分がどうかしてると思うが、嫌な予感しかしないんだが。具体的に言うとあのマグマの巨人クラスか」
「臆面通り受け取りますと、少なくともシャーさんにマナさんくらいの力量がなければ突破は不可能、ということになりますけれど」
「あー、存外な期待をしてもらって悪いでやんすけど、機動戦士な見た目に反しておいら自身に戦う術は皆無でやんすよ。追尾ミサイルどころか、ビームサーベルすらももってないでやんす。できることで言えば、相手の情報を詳らかにするくらいでやんすか」
「へっ、それだけでも十分だろがい。あたしもマインも戦いにおいては『懐マスコット』に徹するのがせいぜいだしな」
心外だ、と言いたいところですが。
ダンジョンアタックで考えると、地図を出したり(今まで使ったことがないのが悲しいですが)生還率二分の一の選択肢を出せるルプレの方が絶対役に立つと言えるでしょう。
痛みを感じないかわりに防御力を皆無にするマインのギフトは、正に二画面で音なしプレイをしているに等しく。
ルプレの言うダンジョンアタック中は、プレイヤーの懐に隠れて大人しくしているマスコットよりはた迷惑な存在と言えるでしょう。
「……はっきりそう言われるとぐうの音も出ませんね。大人しく懐に参ります」
「うおっ、急になんだよっ。やめろっ」
ルプレにお荷物であると言われたことより、それを自分で納得してしまったことが大きくて。
のっちゃんの薄くて狭くて硬い……加えて時々色とりどりの星が溜まっている……懐に潜り込もうとするも、それすらもけんもほろろにあしらわれる始末。
恥ずかしながらも泣きそうになっていると、覿面にうろたえ出すルプレとのっちゃん。
「おま、なんだよ。言葉のあやだろがいっ。地味にリンクしてるんだからこっちも悲しくなっちゃうだろ」
「……あー、もうっ。たくっ」
瞬間、焦って近寄ってきたルプレごとマインを引っつかんだのっちゃんが。
これで我慢しろとばかりに私達を懐に突っ込む……かわりに両肩に乗せてくれました。
「こんな状況でも妬ましい……というか、仲良きことは美しきかな、でやんすね」
「……それはいいから。とりあえず相手の情報、出せるのなら出してもらおうか」
第三者をきどって語るばかりで、結局何の役にもたってないのではないかと。
随分と取り乱してしまった事に反省しきりな間に、のっちゃんは自身の行動を照れ隠しで誤魔化すようにして、何だからしくないようでらしい、高圧的な態度でシャーさんに対していました。
シャーさんは、やれやれとばかりに肩をすくめてみせてふわりとホバリングし、緑色に透ける水槽へと向かっていきます。
のっちゃんに両肩に落ち着いた状態でその後についていくと、シャーさんの言う門番さんの威容が明確になってきました。
「うおこわっ、足首んとこに目と口があるっ。まさに化物の中の化物ってかんじだな」
「そんなまた、陰口言って、目を覚ましたらどうするの……って、だから言ったんですよ!」
「うほおぉっ、猫みたいな目だな、まっすぐのラインがこわっ」
恐らくは、ルプレの陰口というより、一定距離まで近づいたことで反応したのでしょう。
子供達のためにお父さんが作ったというアトラクション? にしてはトラウマ級の怖さがあります。
さすがののっちゃんも思わず腰を引く中、それでも触れさえしなければ出てこないとわかっているのか、
隈なく観察し撮影するみたいに旋回しながら近づいていったシャーさんが、ある程度周回したところで満足したのか、どことなくドヤ顔を浮かべて戻ってきました。
「スキャンしたでやんすよ、敵性名……ヴィロデ。種族は紅袴・左足。弱点は後頭部……いわゆるアキレス腱の部分でやんすね。有効なのは斬撃、炎属性攻撃で、強さとしては通常の紅の15倍程度、といってところでやんすか。……ちなみに、あの筒状のものに触れることで戦闘開始、となるようでやんすよ」
「……っ」
実際、通常の紅さんたちと戦っていたのはマナやよっし~さんであったので、15倍と言われてもピンとこないのですが。
それでも戦うための前準備としては、十分すぎるくらいの情報だと言えるでしょう。
のっちゃんは炎の魔法的なものは使えませんが、災厄……【ボレロ・アンフラメ】のガーディアンとの戦いで覚えた『精霊化・火』はきっと役に立つでしょう。
あとは、どうやって相手の弱点のある背後に回り込めるか。
ここまでで覚えたスキルを駆使すれば、きっといくらでもやりようがある。
こうなったら、懐マスコットにもなれない役立たずを返上するために、的確なアドバイスをせねば。
などと内心で勢いこんでいたのですが、しかし当ののっちゃんは何だかあまりシャーさんのどや顔解説も聞いていなかったようで。
あからさまに息をのんで、ヴィロデという名前まであるらしい、その左足の怪物を見据えていました。
「主さま、どうかしたのか? 今更ビビってるって感じでもなさそうだけど」
「……どうかしたかって、聞こえないのか? あいつ喋ってるぞ」
「ふむ、それはそれは。もしかしてのっちゃんさん、紅の言葉がわかるのでやんすか」
言われて思い出されるのは、今まで覚えていると実感のなかった『完全言語把握能力』のスキルのことでしょうか。
本来なら、この異世界にはあまり見えない異世界の人々との会話で悩むことのないように与えられれた基本スキルですが、のっちゃんはこちらに来るのが半ば強引であった弊害というかプラスに働き、そのレベルは∞になっていました。
そこまで来ると、意味不明なはずの術の発動文どころか、意思のあるものならなんでも言葉を拾えるレベルなのですが。
マグマのガーディアンも虫の大群も話しかけてはくれなかったのて失念していたスキルでもあります。
しかし確かに言われてみると、ヴィロデさんは聞こえづらい波長でィロロロロと断続的に鳴いているのが分かりました。
「ヴィロデさんは、なんと?」
「長かった……やっと会えた、助けてくれ。ここから出してくれ……って言ってるけど」
「ええ、それはなんつーか見た目と違うっつーか、言われてみるとかわいそうになってきたぞ」
「それはまた、予想外、でやんすねぇ」
またしても、のっちゃんの前に降ってきたイレギュラー。
今更ではありますが。
やはりのっちゃんの道行きは、通常ではないのが常、なのかもしれません……。
(第58話につづく)