第五十五話:どうしようもない彼はめんどくさいダンジョンアタックに挑む
「……ん、ふぐっ」
眠れる森の云々と言う表現は、我らがのっちゃんにはどうあがいても似合わないというのはわかってはいるのですが。
七色の光撒きながら自らを修復しているその様は、人の型三人組にとってみれば大いに興味深く、ある意味神秘的に映っていた事でしょう。
「やぁやぁ、ルプレちゃんとマインちゃんのご主人さま、調子はどうでやんすか? あの高さから結果的に無事でいられるのでやんすから、さすがというか見た目通り人を外れてるようでやんすけど」
「……そもそも人じゃないあんたに言われたく……って、あんた誰だ?」
出会ったばかりの頃は、ぶっていたルプレのように引っ込み思案でカタコトだったのに。
今の紅のロボットさん……『シャー』さんは、喋りを止めれば息すら止まってしまうのではないのかというくらい、饒舌にぐいぐいのっちゃんに迫っていきます。
シャーさんとしても、のっちゃんの威容に驚きと興味が綯交ぜになっていたにはあるのでしょうが。
少々毒々しくもあり、全くもって変わり果ててしまっているので、ツッコミかけてのっちゃんも混乱している様子。
「おお、そういえばのっちゃんさんには挨拶がまだでやんしたね。おいらの事は『シャー』と呼んでくれでやんすよ。いきなり呼ばれたと言うか目が覚めたというか、さっきまで何が何やらでやんしたが、ルプレちゃんとマインと話し合ってだいたいは把握したでやんすよ。まずは、ええと……マナちゃんとよっし~さんと合流するべきでやんすかね。って、よっし~さんでやんすか? おいらよく知ってるでやんすよ。外にいたのに無事だったのでやんすか。よかったでやんすねぇ」
「ん? あんた、よっし~さん知ってたのか? ああ、あれか。昔の仲間ってやつか」
「ええ、こう見えても同じ能力者として同じ派閥の所属していたでやんすよ。あの瀬戸際の今際でも無事だったのなら、この『プレサイド』の中でも元気いっぱいだとは思うでやんすが……ふむ。資格アリの関係者であるなら居場所も分かりそうなものでやんすね」
そんなのっちゃんを差し置いて怒涛の語り口。
当然のごとくのっちゃんがついていけず、お、おお。とばかりに呆気に取られている中。
にぎやかしと言う意味では近しいものがあるのか、何とかルプレが調子に乗りっぱなしのシャーさんに対応していました。
「……つまり、あのスクリーンめいた入口は、資格あるものとそうでないものを選別するものであったと?」
「んー、どうでやんすかねぇ。そもそもその資格がなんであるのかはっきりしないのでやんすけど、仮に曲法をうまく使えることだとすると、このおいらまではじかれてしまった事が解せないでやんすし、やっぱりイレギュラーだったんじゃないでやんすかねぇ」
いきなり現れたにも等しいシャーさんの正体とか。
色々と興味深いところはあったのですが、のっちゃんの求めているものはそこになかったため、手始めにそんな一手を繰り出します。
しかし、返ってきたのは簡潔に言えば私達と同じ、なにかなんだかわからないというお答え。
詳しく聞いたところによると、今までは省エネ待機モードで中の人……意識はなく。
落下の衝撃とともにのっちゃんに放り投げられた瞬間に目覚めたとのことなので、何もわからないのはそりゃそうでしょうといった感じですが。
その割に、典型的な水先案内人の体をなして喋り続けていたので一同騙されていたのはあるかもしれません。
「……つまり、なんだかよくわからんが。マナやよっし~さんはとりあえず無事ってことでいいのか?」
「そうでやんすねぇ。この『プレサイド』は、黒い太陽……『パーフェクト・クライム』の被害から逃れるための、シェルターを覆い隠すための施設でやんす。簡単に言えば海水が入ってこないようにするガワでやんすね。それでも、心ともないってんで本来あのそれっぽい入口の先には……なんて言えばいいでやんすかねぇ。次元の狭間があるというか、現世と異世の境界があるのでやんすよ。であるからして、異世に入る事のできない一般人は弾かれてしまうのでやんす。それがここ、何もないでっかいハリボテの空洞でやんすね」
のっちゃんの聞きたいのは、自分たちの現状ではなくマナやよっし~さんの無事なのですが。
その遠まわしの表現を紐解くと、シェルターと言う名の異世に彼女達はきっと無事に向かっているだろうということで。
「そのシェルター? 異世ってところに向かうにはどうすればいい?」
マナやよっし~さんの無事を確認したいんじゃなくて、そこがそもそもの時渡りができるという天使のいる場所であり、最終的な目的地であるから訊いてるんだからな、といったツンデレは全く通じそうもないのっちゃんの一言。
臆面通り受け取ったシャーさんは、その言葉を待っていた、とばかりに頷いて見せて。
「現在地は巨人の足の部分でやんす。この巨体の臓器部分がいわゆるシェルター……異世のある場所でやんすね。そこへ向かうには、いわゆる『横隔膜』がある場所まで向かう必要があるでやんすよ。そこからびょーんとひとっ飛び、でやんす」
いざ、そこまでのシビれるダンジョンアタックの始まりだ、とでも言わんばかりに。
身振り手振り+くるくる一回転しつつ、シャーさんはそんなことを言います。
何だか逆に臆面通り受け取っていいものかどうかと不安になるようなセリフではありましたが。
「……よくわからんけど、とりあえず上へと進めばいいわけだな」
「まずは前進でやんすね。落ちてきた所を飛んでいくのは正直あまりおすすめしないでやんすよ」
わからんが口ぐせになっているくらい話半分に聞いているのっちゃんにしてみれば。
そんなの関係ないとばかりに、とりあえず進もうという結論に達したようです。
シャーさんも、そんなどうしようもないのっちゃんに気づき始めたのか、突然その瞳がぴかっと光り、上空を照らしつつそう答えました。
「おお、便利な力もってるじゃん。って、落ちてる時は気付かなかったけど、なんか鳥? こうもりみたいのがいっぱいいるっ」
「あれも紅の一種でやんすね。体内をパトロールする白血球のごとく、無数に徘徊してるでやんすよ。それを考えると、地に足が付けられるルートで行くべきだと愚考するでやんす」
そして、シャーさんの目からビームがなくても先の見える洞窟をような道行きを指し示しました。
つまるところ、急がば回れという言葉をまさに体現しているような展開で。
「……じゃ、行くか」
何だか早くもめんどくさそうに呟いて駆け出すのっちゃんは。
まさにのっちゃんの、のっちゃんたる姿だったと言えるでしょう……。
(第56話につづく)