第五十話:どうしようもない彼は突拍子もなく挙動不審
マナの翼は、人の背中にあるものとしては大きいものでしたが。
彼女の持つギフトで本来ないはずのものをつけているだけあってさすがに二人をいっぺんに運ぶ力はなかったようで。
のっちゃんとよっし~さん、一人ずつえっちらおっちら運んでいるのを自らの飛行能力で先行していたマインとルプレは、改めて井戸めいた、この先にあるものの入口を覗き込んでいました。
「な、意外と底近いだろ?」
「ふむ。本来の入口に雨風が入らないようになっているみたいですね。横穴が見えます」
「ああ、あれかぁ。うへぇ、狭そうだなぁ。あたしらは余裕だろうけど」
やはり井戸というより、地下シェルターなどの建造物の入口であるのは間違いないのでしょう。
ぼやきつつもまたしても先行して様子を見に行く腹積もりであったのでしょうが、そう言うルプレに動く様子はありませんでした。
その先に明かりがなく、闇に包まれているのもあるのでしょうが。
その先にというか、この下にあるだろう建物自体に、よっし~さんの愛車に感じたようなこの世界独特の力の残滓を感じたからなのでしょう。
「あの先の下見に行かなくてもよろしいので?」
「おい、あたしらにそういう力がないのわかってていってるだろ」
「でも、さっきは随分はりきってたじゃないですか」
「なんだぁ、一番槍とられた嫉妬かぁ? そうなら今度はお前に譲ってやるぞ」
「……いえいえ、大丈夫ですわ。わたくしには荷がかちすぎますので」
そんなわけで正直申しますと二人して怖気づく中の言葉のキャッチボールだったわけですが。
お約束の、どうぞどうぞ的なやり取りをしていると思われたのでしょう。
その結果背中を押されて落っこちては目覚めが悪いとばかりに、二人して首根っこ……いわゆる猫持ちポイントをつまみ上げられてしまいます。
「うややっ……ってなんだ主さまか。びっくりするだろっ」
「レディの扱いがなってませんわ、ご主人様。そんな愛玩動物みたいに」
「じゃあどうすりゃいいんだ……って、そんな事はいいんだよ。おれが先に行くから」
本当ならのっちゃん自ら触れてくれた事に驚くべきなのですが。
確かに言われてみるとのっちゃんにしてみれば、この扱いがある意味限界だったのかもしれません。
ぶっきらぼうにそう言った後、文字通りマナやよっし~さんに放るようにして手を放してしまいました。
「あっ、馬鹿マインが余計な事いうからっ」
「うーん、失言でしたね」
そんなやりとりに、微笑ましげにによによ、あるいは苦笑しているマナとよっし~さん。
それがなんだか照れくさかったのか、のっちゃんは背を向けるようにして躊躇う事無く井戸めいた入口へと足を踏み入れます。
「ええと……風よ? 力を貸してくれ……【飛翔】っ!」
浅いようでそのまま飛び込むには深く、捕まって降りるような出っ張りもないその入口。
先ほどのルプレのように勢いと流れだけで先行したように見えたのっちゃんは、しかしちゃんと考えがあっての行動だったようです。
まだ慣れていないというか、自分が超常の力……スキルを使えるということを信じきれていないのか疑問符つきではありましたが。
紅さんたちに対する死に戻り未遂の反省点を生かし、属性魔法系スキルの基礎にのっとって。
いわゆる『力ある言葉』、あるいは呪文を唱え、覚えたてのスキルの発動に成功しました。
世界を創り、たゆたいし意思ある力……属性に呼びかけるスキル。
風属性にあたるそれは、飛翔とは名ばかりで僅かにのっちゃんを宙に浮かせる程度の効果でしたが。
いまだ自分を信じていないというか、あるいはよくわかっているというべきか。
気持ち程度の効果しか出ないだろうことを把握していたようで。
のっちゃんは、誰に教わる事なく結果的に初めて使ったそのスキルを使いこなしていました。
僅かに浮くその力で落下の勢いを殺し、足が痛くならない程度(それでも空色の星屑のごときのっちゃんのかけらが舞っていましたが)の勢いで降り立つと。
何語る事なく、這いつくばる体勢を取って、蜘蛛のような動きで躊躇なく暗闇の向こうへ飛び込んでいきます。
「……言葉かける暇もなく行っちゃったわねぇ」
「なんていうか、普段他力本願を地で行くくせして、急に大胆な事するよね、のっちゃんって」
「そこがご主人様の魅力なんじゃないでしょうか、飽きさせないという点で」
「魅力、かなぁ? 身内びいきがすぎるような気もするが。面白いとは思うけどさ」
突拍子がないというか、挙動不審というか。
マイナスな言葉は浮かんできますが、ある意味みんなしてのっちゃんのそんな生き様にやられてしまって目も当てられません。
顔を見合わせ、そんなやり取りをしつつ後に続こうとした一同でありますが。
「―――うおっ! な、なんだぁっ!?」
その時木霊するように聞こえてきたのは。
大丈夫そうだから後に続け、などといったお決まりのものではなく。
ある意味のっちゃんらしい、切羽詰って焦ったかのようなそんな声で。
「急ぐよ、みんなっ」
また、誰もいない間にのっちゃんが星になってしまうようなことがないように。
程度は違えど、その時私達が思っていたのは。
きっとそんな同じようなものだったのでしょう……。
(第51話につづく)