第五話:どうしようもない彼は夢心地なリアルに気づく
これは夢じゃない、なんて現実を突きつけられて。
ありえないと断じたのっちゃんを待っていたのは、何度も繰り返した結末……やたらめったら色々なものに攻撃されて死ぬ、と言うものでした。
厳密には与えられたギフトによりバラバラになっただけで、ゲーム的に言うならばHPはあまり減ってはいないのですが、自身の能力を理解していないのっちゃんにしてみれば、ゾンビのごとく生き返っていると判断しても仕方のない事でしょう。
どこまでも自分に自信のないのっちゃんは、それによりすぐさま自分がここにいる事で周りに与える迷惑を考えてしまうようです。
実の所、動く度に星を撒く事自体は知覚してはいないのですが。
自分がかすかに崩れていく感覚はあるみたいで、痛みなくともバラバラになる感覚の残っていたのっちゃんは、そんな自分を見る事で迷惑がかかるだろうと、今回は直ぐに立ち上がりました。
そして、進むか待機するかを無視し、周りの風景の一部と化していた瓦礫をかき分け、うまいこと隠れる場所を見つけるのに成功します。
それは恐らく、どこかのビルから落ちてきたか運びこまれたものだったのでしょう。
四本足で立つ灰色のオフィスデスク。
その椅子をしまう場所へと潜り込み息を潜めます。
その行動が待機とみなされたのか。
のっちゃんの意思とは別に『待機』が選択されて。
ブルーのウィンドウが役目を終えて霞のように消えてすぐ。
先程の少女……マナが姿を現しました。
「あれ? いないや。んもう。しょーがないなぁ、のっちゃんは~」
対面している時よりも慣れなれしく感じられる少女の声。
やけにそこに親しみがこもっていて、ぶるりと震えるのっちゃん。
何故こんな自分にそんな態度を取るのか。
意味が分からなくて、苛立って。
そんな自分に悲しくなる。
そんな風に、紅顔を歪ませていると。
のっちゃんはある事に気付かされます。
もし彼女がのっちゃんの後を追ったとするなら。
彼女もあの理不尽な暴力の波に晒されてしまう可能性もあるわけで。
はっとなって飛び出そうとした、その瞬間。
「のっちゃん、みーつけた」
かかる声。
近い距離。
甘い……たとえるなら赤い果物の甘い香りが、のっちゃんを襲いました。
「……っ」
いつものように面倒くさいと言って避けて逃げて目を逸らす。
そうしたくても四方八方塞がりで袋の鼠のっちゃん状態なのでそれもままなりません。
ついには、追い詰められてしまったのっちゃん。
撒く星とともにだらだらと嫌な汗をかくのっちゃんができたのは……不貞腐れて開き直る事でした。
何故、こんな訳の分からない目に遭わなくちゃならない。
何で急に馴れ馴れしく話かけてくるんだ。
それ以前になんで逃げる必要があったんだこんなやつから。
恐らく、相手の余りにも近い距離にあてられてしまったのでしょう。
近しい関係になると意外と強気で生意気な態度を取るようになるのっちゃんは。
どこか怒った様子……ジト目で目前の少女に対し言い放ちます。
「……下着、見えてる。はしたない」
「~~っ!?」
普段はおどおどしていて小さめですが内弁慶なので、意外と声を張れる時は張れるのです。
マナは、言われた事を理解した途端、顔を真っ赤にして立ち上がりスカートの裾を抑えながらのっちゃんが引く位の奇声を上げて恥ずかしがっていました。
「あ~っ、もう!」
見られた事より、隙だらけの自分を指摘された。
よりにもよってのっちゃんに指摘されたと、そんな雰囲気すら伺えます。
「苺か」
「こっ、こらぁ! 忘れて、忘れろ! 忘れなさい~っ!」
のっちゃんとしては赤くなったその見た目と香ってくる彼女の気配が、のっちゃんの知るストロベリーガムの匂いである事に気づき、思わず口をついて出たものだったのですが。
ばしばし叩き星を散らしながらのマナの懇願に、してやったりとにやけるのっちゃん。
「こらぁぁ、笑うなぁ~っ!」
よって、マナの行為はますますエスカレートしていって。
いろんな意味でお互いが落ち着きを取り戻したのは、のっちゃん一人分は星が飛んだだろう時分でした。
「えっと、まず……これ何?」
それはまさに、のっちゃんが自分の能力を実感した瞬間で。
星屑の山を見て引いているのっちゃんに、やっと話が先に進めるとばかりにマナは喜々として説明を開始しました。
「ギフトだよ。きみ……のっちゃんの。ええと確か、うん。ダメージを受けてもその部分が星屑になってHPが減らないんだ。確か、【星を撒くもの(スターダスター・マイン)】だったかな? ここの来る時、転生の神様に詳しく話、聞かなかったの?」
のっちゃんが一歩踏み込んだせいもあったのでしょう。
砕けた口調になってきたマナに対し、のっちゃん自身も彼女に対し馴れ馴れしさを……よく言いかえれば親しみを覚えていました。
女性に対し生まれてこの方こんな気持ちになったのは、家族以外あまりなかったことのようで。
のっちゃんはその事を不思議に思いながらも、今の今まで溜まりに溜まった疑問を解消する事にしたようです。
「取り敢えず言ってる事がわからん。その、のっちゃんってのはおれの事か?」
最初について出たのは、何故か一度聞いたはずの問いかけでした。
その意図として、これを聞くのが一度目なのか二度目なのか把握するためだった、とかならかっこいいんですが。
一度聞いたのをのっちゃんはすっかり忘れていたようです。
「えー? そこからツッこむの? あれだよ、あれ。『余りにも現実すぎるから、ほんとの名前を伏せるよー。愛称で呼ぶから~』ってやつ、聞いた事あるでしょ?」
「っ、いや。知らん」
いきなり歌いだすから、のっちゃんはそわそわしてびくりとなってしまいます。
それは、どこかで聞いた事のある声だった事もあったのでしょう。
だからこそついて出た否定の言葉に、マナは当然のごとく頬を膨らませていて。
「びっくりするよ。話聞いてないとかそーゆーレベルじゃないし。へこむわ~。ま、とにかくあだ名よあだ名。嫌ならべつのに変えるけど?」
「いや、別にいい」
のっちゃんにとってみれば、本当に知らないし分からないのだと。
根本を理解しているマナでなければ、続かなくなってしまった会話にイライラも募っていたかもしれません。
沈黙=何もかも分からないのだから一からいちいち説明しろ、と言う事だと分かっていたマナは。
それでも苦笑を浮かべずにはいられずに、改めてひと呼吸置いて口を開きました。
「では、そんなわけでのっちゃんの現状を解説しまーす。ま、カンタンに言えばのっちゃんは今、よく読ませられてた小説の主人公と同じような状況にいるのです」
「そんな馬鹿な事」
「はいはーい。この際馬鹿でも夢でもゲームでも、のっちゃんの好きにとってくれていーよ。問題なのはこの状況を打破するために超えなくちゃいけない試練があるってこと。そのためにのっちゃんは能力を与えられて、わたしのような案内人がつけられたのです」
息を吸うように現実から目を逸らそうとするのっちゃん。
それを遮るようにして捲し立てたマナ。
内心に不安と期待を抱えつつもじっとのっちゃんの答えを待ちます。
「……なんで、おれなんだ? もっとふさわしいヤツがいただろうに」
すぐ近くにそいつはいたはずだ。
まるで、そう言いたげなのっちゃんの呟き。
マナは瞳を閉じ……しばらく顔を空に向けた後、それに答えました。
「ふさわしくは……なかったんんだよ。神様から与えられる能力も、その人の才能だから。その点のっちゃんの才能はすごいね。世界救えちゃうんじゃない? 文字化けしてるレベルで」
マナには、誤魔化したい事があると話を曖昧にしようとする癖がありました。
話す相手がのっちゃんでなければ、のらりくらりかわす事もできたのでしょうが。
曖昧な会話に慣れていたのっちゃんには効きません。
「おれの隣にさ……いただろう? それじゃあ奴もこっちに来てるのか?」
マナの台詞で、のっちゃんが奴と呼んだ人物がこちら……非現実の世界へやってきている事を確信持ったようです。
奴を表す代名詞すら口にしてくれないんだね。
せめぎ合う様々な感情に落ちる頬をなんとか制御しつつ、ひと呼吸置いてマナは答えました。
「来てるよ~、勿論。だけどのっちゃんとは同時じゃなかったんだ。向こうの世界では一秒もなかったかもしれないけど、こっちに来る時大分ずれちゃったみたいでね。人生一山ぶんくらいかな? 最初はその人ものっちゃんみたいにのっちゃんどこかな、いるかな~って探してたのよ? まぁ、同じ時代の同じ世界からの転生者が一緒にいるなんて滅多にないからねぇ」
捲し立てるようなそれに、理解してたのかしていないのか。
「そうか」と一言呟いた後、のっちゃんは何やら考え込んでいて。
その、奴なる人物の事を慮っているのかと思ったら。
「……結局、おれがこんな事になってるのは、何故なんだ?」
ついて出たのは、振り出しに戻るそんなセリフでした。
同郷の安否を訊かないのか?
普通ならそう考えるでしょう。
ですが、のっちゃんはその人物が常日頃『死んだら=異世界転生したら完結していないマイ小説の結末がパソコンにしまってあるから見ておくれ』、なんてのたまう大物だとわかっていたのです。
まさか、のっちゃんまで巻き込むとは予想外だったのでしょうが。
そう言う人種なのであまり心配はしていなかったのです。
どちらかと言うと、自己責任で心配しても無駄だと思ってるかもしれませんが。
「そうだね~。いろいろややこしいんだけど、簡単に言えば人は死ぬと例外なく転生させられるのです。でもって魂がトクベツ……キャラが濃かったりすると、前世の記憶を持ったままだったりするね」
「おれ……特別なのか?」
「うん、まぁ。わたしが今まで見てきた中でもラスボスの椅子の裏の階段下にいる裏ボスレベルの最難関、かな~」
「……」
その訳わからん言い回し、耳慣れすぎてムカつく。
むすっとするのっちゃんの心情は、そんなところでしょうか。
マナとしては意趣返しと言うか分かっててやっているので、勿論スルーして話をまとめます。
「さてさて。のっちゃんが納得してくれたところで、この世界とのっちゃんの持ってる能力について一から説明したいんだけどよろしいかな?」
「納得なんてしてないけど……頼むよ」
そして、その瞬間こそ。
のっちゃんが非現実にいる……ここが夢心地なリアルであると、諦めた瞬間で。
ようやく物語が半歩くらい進んだ瞬間でもあったのです……。
(第6話につづく)