第四十八話:どうしようもない彼は欲しいものがあっても人には訊けない
所謂東京の屋内球場ウン百個ぶんの敷地を誇るらしい、信更安庭と呼ばれる学園。
廃墟となって久しいとはいえ、広いだけあってまだまだ見所はあるとはよっし~さんの弁ではありますが。
巨大な人の型……『プレサイド』と呼ばれる、元天使のお屋敷だったものが向かった先にこそのっちゃんの目的にかなうものがあるかもしれないということで。
その足跡に導かれるように、廃墟にできた道を抜けてその場所へと向かいました。
「おぉ、本当に海が見えるんだな。水産学校じゃあるまいし、これだけ近いと潮風が身に染みそうだ……」
「ふふ。何だか真に迫ってるのねぇ。海はお嫌い?」
「いや、そういうわけでもないんだがな……故郷からもそんなに遠くなかったし」
マインの能力的にものっちゃんの元々の身体的にも、潮風で身体が崩れ錆び付きやすいというのもあるのですが。
何だかよっし~さんに対してカッコつけているというか、傍から見ると初見時に比べると大分気安くおしゃべりしているように見えます。
マナからすれば、主にかっこつけているあたりに色々突っ込みたいというかお邪魔したい所なのでしょうが。
のっちゃんだけが未だ納得と自覚の足らない本来の目的……よっし~さんを救い上げる事について考えると、いい方向に向かっていると言えるので文句も邪魔もできません。
「こんだけちかけりゃ海での授業とかもあったのかなぁ。海上演習ってやつか」
「空を飛ぶのと同じくらいに海の歌は多いからねぇ。意外と海にまつわる能力者は多くて、そう言う実習もあったみたいよ~」
「めんどくさそうだなぁ。塩水に濡れそうで。……プールの授業ですら塩素きつかったってのに」
一方で、どさくさに紛れてのっちゃんにデフォでくっつくことに成功していたルプレは。
ぼやくのっちゃんを脇目によっし~さんと何やら専門的な会話を始めていました。
よっし~さんがかわいいもの好きな血を継ぐものであろうこともそうですが。
やはりかつてのよっし~さんには、ルプレのようなわいわい意思疎通のできる分け身……ファミリアがいたのは確かなのでしょう。
「問題というか、ひっかかるのは……どうしてその力を失ったままなのかって事ですか」
「ん? それってよっし~さんの事? 確か曲法の……ファミリアタイプの力だっけ」
そんなわけで、蚊帳の外を甘んじた上でのひとりごとではあったのですが。
そんなマインの呟きを耳ざとく拾い上げてくれたのは同じく三人の邪魔をできずにぐぬぬとしていたマナでした。
思えば、不思議で自由な水先案内人の彼女の相手をしていたのはルプレばかりであったので、何だか新鮮ではありますね。
「マナさんは、この世界の……『曲法』なる力について詳しく知っているんですか?」
「……そうね。全てを知っているわけじゃないけれど。わたしのギフトの一篇として刻まれているのは確かね」
「……」
ルプレは見た目と雰囲気の通りで子供っぽい所があるせいか、細かい事は気にしないタイプで。
のっちゃんは例え相手に興味が生まれても、それを詳しく聞き出そうという気概は生まれない人なので、今更と言えば今更なのですが。
突然現れてすっかりのっちゃんたちの懐に入り込んでいる彼女。
その来歴を知らなくては、知らなくちゃと思うのは私だけなのでしょうか。
……いえ、今思えば彼女のことはそれこそ私たちが顕現するはるか以前、前世から知っていたからそんな思考には至らなかったのでしょう。
しかし、元来人見知りで、特に女性に対しての付き合いの浅いのっちゃんにしてみれば、そんな知り合いは限られます。
家族か親戚か、偶然同じクラスメイトだったあの娘か。
女友達どころか、幼馴染すらのっちゃんにはいません。
そのどれにも当てはまらないのに、何故だか彼女の事を知っているような気がする。
禅問答か、なぞかけか。
のっちゃんの分け身である以上、そう言った事を考える事は好きでも、答えを導き出せるかどうかはまた別問題です。
故に、そんなのっちゃんにならって、直接マナに聞いてみる事にしました。
「とても今更な事で正直恐縮なのですが……わたくし、マナの事ほとんど何も知らないんですよね。のっちゃんを支え『ルーザー』を救い上げる。そんな目的意識は共有しているというのに、今までそんな事考えもしなかった」
「……」
もしかして、そういった思考誘導的なギフトを持っているのか。
であるならば、それを知るために『ステータス鑑定』を使わせてもらってもいいのか。
そんな意味合いも込めてマナを見上げると、押し黙って考え込んで。
言葉を選び探し出すが如く中空を見上げた後、よくぞ聞いてくれましたとばかりにその大きな黒目の中に微かに朱を潜ませた瞳でじぃっと見つめてきました。
「……そっか。あんまりそんな感覚なかったから、のっちゃんとは別個の存在だと認識していたけれど、
あなたもルプレも元はのっちゃんというか、その一部みたいなものなんだよね?」
「ええ、まぁ。否定はしませんわ」
のっちゃんが無意識下で作り上げた存在が私たちである以上マナの言葉通りではあるのですが。
唯一無二の『家族』としてイメージしたのならば、前世で残されたであろうのっちゃんの家族……妹達のイメージに近い所はあるのでしょうが。
それはのっちゃん自身も意識していないものであるので、あえて口にはしませんでした。
それよりも、質問の答えになっていません。
そんなニュアンスで、なおも見つめ返すと、どこか寂しげな苦笑でマナは続けます。
「わたしとのっちゃん……あなたたちと知り合いっていうか、少なくとも友達だと思っていたのは事実だよ。だからわたしはあなたたちの事をよく知っているけど、あなたたちがそうでないのはわかってるつもり。仕方ないよね。わたしはもう、随分と変わり果ててしまったから。……だからこそ、知って欲しくないってのはあるかもだけど」
「……」
変わり果ててしまったから、その事を語るのは恥ずかしい。
苦笑はそんな笑みに変わっていましたが。
そんな彼女に果て無き『もうらしさ』を感じてしまって、それ以上は何も言えませんでした。
というより、それこそがのっちゃん自身が思い出さなくてはならないと思ったのもあるでしょう。
考えていたより随分と重苦しい空気になってしまって。
そんなつもりじゃなかったのにと消沈していると。
切り替えるように、気を取り直すようにして、マナが話題を戻してくれました。
「ま、わたしのギフトの事ならそのうち教えてあげるから。多分それが必要な時がくるだろうしね。
それより曲法……ファミリアの事でしょ。わたし結構色々知ってるのよ。
例えば、能力者から生まれるタイプのファミリアは、その主が生きている限り、基本何度も蘇る事ができる、とかね」
「……それは」
まさに、よっし~さんを見てずっと疑問に思っていた事に関連するものでした。
ならば、何故よっし~さんのファミリアはここにいないのか。
何故よっし~さんは力を失ったままなのか。
続きを促すようにマナを見上げると、彼女はさっきとは打って変わったどや顔で頷いて見せて。
「たぶん、よっし~さんの元に戻ってこれないような何処か遠くにいたり、閉じ込められたりしてるんじゃないかな。……っていうか、前前から思ってたんだけど、こんなこそこそしてないで、よっし~さんに直接聞けばいいと思うんだけど」
「……っ。そう、ですね」
それは、今だけでなく。
恐らくは内々で『念話』でやりとりしていたことも含まれているのでしょう。
それは確かにそうだと。
でも、それが簡単にできないから私たちはのっちゃんのようなものなのだと。
欲しいものを探すのに、人に聞くのは勇気という名の特殊能力がいるのだと。
内心ではぼやきつつも。
唯々諾々でそんなマナに従うしかないマインがそこにいるのでした……。
(第49話につづく)