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第四話:どうしようもない彼は、ヒロインに会ってもすぐ逃げ出す



「お~い。生きてるー? 」


そんな願いに応えるものか。

それとも現実を叩きつけるものなのか。


聞こえてきたのは甘い甘い声。

なのにわざとらしくなくて自然な音域。

絶賛混乱中ののっちゃんが、懐かしいと何故か思うくらいには特徴的な声でした。



しかし、呼ばれて顔を上げるかどうかはまた別の問題のようです。

何せのっちゃんは、おれって世界有数の不細工だから、女の子と会話なんて家族じゃなきゃできやしないよ、といったタイプなので、できればどこかへ行ってくらないかなぁ、なんて考えているくらいで。


そうして立ち去っていく後ろ姿を、こっそり見つめるようなむっつりさんなのっちゃんの希望は、儚くも打ち砕かれました。




「うおーい。起きてるのは分かってるぞ~。つむじつんつん。ハゲを促進するツボを押します」

「や、やめろっ。ハゲてない! 一本一本が太いだけなんひぃよおぉぉぉっ!?」



無駄に良い声の彼女が、旋毛をひと押しするたびに飛んでくる星屑。

それが楽しかったのか、調子に乗ってツンツンし続けていると。


初めての強い音域で、のっちゃんがまともに言葉を発しました。

それは、そんなやり取りすらも懐かしい、なんて思ったからなのですが。

そもそものっちゃんの言葉は最後まで続きませんでした。

飛び上がって金網に張り付きそうな奇声を上げ、機敏に立ち上がって距離をとります。




「うわ。びっくりした。そんな声出せるんだね」


言葉通り驚いてる様子の彼女。

のっちゃんはそこで改めて、まともに彼女の姿を目にしました。


腰ほどまでありそうな、虹色撒くストレートの金髪。

とにかく目立つ、桜色のゴシックでロリポップなドレスに合わせるかのように、のっちゃんより頭一つ二つは小さい、すらっとした立ち姿。


滲む赤色光る、漆黒の大きな大きな瞳は優しく。

よく動く眉は、どこか人間くささを醸し出していて。




「な、なななんですか、あなたはっ」


素面で会ったのならば、裸足で逃げ出してもおかしくないくらいの美少女。

のっちゃんは、繰り返し続く夢に混乱していて。

知らない人に対する臆病な部分はあまり出ていませんでした。


それよりも、あんなひらひらした女の子らしい服を着ているのに、下着が丸見えの体勢でしゃがみつつ見つめられていたため、言うに事欠いていきなり都合のいい夢キタ!

なんて思っていたに違いありません。


むっつりのっちゃんは、見ないふりをしつつも結果的に青みがかった白のパンツをガン見しつつ立ち上がり、距離を取ります。


ある意味、ここに来て初めてしっかり自分の足で立ったといってもいいでしょう。

正に怪我? の巧妙ってやつです。



それを狙ってやったのなら、たいしたものだったのですが。

彼女はその時、そんな事まったくもって気づいていませんでした。



空気の読めない主人公タイプならば、これから仲良くなってしばらくしてその事を暴露する、なんて展開にもなった事でしょう。


『そう』でないのっちゃんは、きっと死んでも口にしないに違いありません。

よって、単純に自分の呼びかけ応えてくれたと、お幸せな気分で喜んでいた彼女は、満足げに一つ頷いて自己紹介をしました。




「わたしはマナ! これから、のっちゃんが旅する異世界で無駄に迷って物語の停滞を生まないように案内するためにやってきたの。これからよろしくね!」



物語云々は蛇足ではありますが。

にぱっと人好きする笑みを浮かべ、手を差し出すその様は。

物怖じしない、お節介で不思議な水先案内人ヒロインとしては、ある程度うまくいっていた事でしょう。



対するのっちゃんは。

はたしてそのまま流されるのか。

あるいは警戒心を胸に秘め、その場を取り繕うとするのか。

注目したいところでしたが。



「えっと。のっちゃんてのはおれの事……ですか?」



結果は、どちらとも取れるそんな質問。

とは言え、神様ですらまともに会話が成立しなかった事を考えると、これは大きな進歩です。


えっちなのは偉大ですね。 

三大欲の一つでまっとうに動けるだなんて、のっちゃんも一応人間だったと言う事なのでしょう。



「うん、そうだよ。あだ名、わたしがつけたの。あ、わたしの事はまなっちゃんって呼んでいいからね」

「えっと……すみません。そ、それで、案内って言うのは?」



本当はきっと長い夢だな、いつになったら醒めるのかって所でしょうが。

のっちゃんはマナの提案をぎこちなくスルーし、所謂物語を進める体勢をとりました。


愛称で呼ぶ事をスルーされて、ショックを受けていた様子のマナでしたが。

それでも気を取り直し、待ってましたとばかりにしゃべりだします。



「はいはいっ。このたびわたくしは神さまの命を受け、のっちゃんの冒険の一助となるために派遣されました。いわゆる神さまの使いってやつですね。のっちゃんがお好みならば、つばさとかネコ耳とかつけますけど」

「ぅおおっ!?」


ぴろん、と音が鳴って生えてくる翼と猫耳。

急だったせいもあり、今にも逃げ出しそうな体勢をとるのっちゃん。

それをお気に召さないと判断したのか、少しだけしゅんとなってマナは元の姿に戻って。



「……おほん。それじゃ、気を取り直してこの世界、通称『青空世界』についてですけれども」

「ちょ、ちょっと待ってくれ……ださいっ。冒険? 冒険するの? 何でです?」


夢だと思うなら、そう言うものだって割り切ればいいのに。

変な所で現実主義なのっちゃんは聞かずにいられなかったようです。


舞う星屑とともに思わず詰め寄る勢いののっちゃんに、今まで空いていた間を詰めてくれたのが嬉しかったのか、マナはいっそう笑みをほころばせ、それに答えます。



「うん。冒険です。クエストと言ってもいいかも。世界によってはモンスターと戦ったり、ダンジョンにもぐったりする事もあるかもだけど、メインと言うかクリア目標は、それぞれの物語に取り残されたヒロイン達を救い出す事、かな?」



目標を達成するにはどうすればいいのか。

救い出すとは、一体どういう事なのか。

マナは話したくてウズウズしていて、得意げになっていました。

だから、のっちゃんが本題に入るための同じ舞台にすら立っていなかった事を気づけなかったのです。



「ヒロイン? 救い出す。……一体何を言ってるんだ? そもそも何でおれがそんな事しなくちゃいけないんだ? ……あいつじゃあるまいし、変な夢だな」



そんなものはファンタジーに浸かりきっているやつに言えばいい。

どこか怒りを含んだ、拒絶の言葉。

叩きつけられたそれに、瞳をしばたかせ、まじまじとのっちゃんを見つめ返すマナ。



「え? だって神さまから聞いて来たんじゃないの? それにこれは夢じゃないよ? のっちゃんは事故にあっ……え? ち、ちょっと!?」



混乱していたのはマナも同じでした。

返ってきた言葉が予想外過ぎて、言ってはならない事すら口にしてしまいます。

そこにいたのがのっちゃんでなければ、結果はどうであれ対話は成立し、続いていた事でしょう。



しかし、相手はのっちゃん。

彼女が……マナ自身が水先案内するに値すると期待していると言ってもいい、わがままで分からずやのつわものです。


気づいた時には既に遅く。

のっちゃんの姿はそこにありませんでした。




「……なんと言う、潔い逃げっぷり」


呟くような独り言には、のっちゃんと今の今まで相対してっきた時とは少々違う雰囲気がありました。

楽しげなのはより一層深まり、気安さも上がっています。


そんな地の方がのっちゃんに受け入れやすいだろうに、それにいつまでも気づけなかったのだから、水先案内人としての……押しかけ系ヒロインとしての経験はまだまだ浅い、と言うべきなのでしょう。





そんな彼女が、のっちゃんの案内人となったのには訳がありました。

元々は、のっちゃんと同じ異世界冒険者だった彼女は、故あって一つの世界に身を固める事叶わず、転生と召喚を司る神様にお願いして、後輩たちのためにと案内人となったのです。


その際、彼女は最初に案内するのをのっちゃんに決めていました。

その理由は数あれど、何より決定的だったのは。

数いる後輩達の中で異世界に馴染み、まっとうに暮らせるようになるまでの難易度が最も高かった事でしょう。



千回死んでも物語の主人公を成さない。

そんな風に揶揄されるのっちゃんと物語を紡ぐ事ができたなら。


それは、なんと素晴らしい事でしょう。

自分自身を認められるようになるかもしれない。



時間はたっぷりあるのだから。

自分が諦めなければ、いつかはきっと願いは叶う。


それはきっと、どうしようもなく自分本位な事で。




『―――対象をロストしました。確認できるセーブポイントまで戻ります』



そんなメッセージとともに。

世界の時が止まり、身動きがとれなくなって降り出しに戻ろうとするその瞬間。




「待ってて、のっちゃん。いつかきっと、お話を終わらせてあげるから……」


マナの瞳は、熱く熱く燃えていた事でしょう。


これ以上ない、むつかしい冒険譚に。

心躍らせ、弾ませ、歌っていたに違いなくて……。



 

       (第5話につづく)







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