第三十八話:どうしようもない彼は、青い車で海に向かうのか
「じゃじゃーん! これが私の長年の相棒、『サーティーン』よ~」
そこは、のっちゃんにとってこの世界における、始まりの場所。
マナに出会った場所にして、セーブポイントの程近くでした。
ビル建物などの瓦礫……鉄筋やコンクリートなどの、文字通り残骸を。
よっし~さんは、片付けはできないけどどこに何があるのか把握しているのよ、とでも言わんばかりに、自分の部屋を漁るかのような手軽さでひょいひょいとどかしていきます。
喜望ビルを出てすぐの、そんなよっし~さんの突然な行動にのっちゃん達が唖然としていると。
もれなく現れたのは、思っていたより平らに均されていた地面と、そこに入る長方形の切り込みでした。
こちらから見た底辺のあたりには、金属製のフックがあり、どうやらそれで持ち上げる仕様になっているようです。
そのまま口笛でも吹く勢いで、金属製のフックを引っ張り、あっさり持ち上げるよっし~さん。
その先に見えるのは、例えて言うなら二段ベッド式の駐車場とでも言えばいいのでしょうか。
持ち上げられせり上がった地面の下から、斜面に止まる形で、ビートルな形をした青い車が出現します。
「おおぅっ。 街道沿いのろいほーに行くやつだねっ。 かっこいい、可愛い!」
「車って……いや、別にあってもおかしくないのか」
最早転生転移界隈ではベタでもある車の事故でこちらに来たようなものであるからして。
思うところはあったのでしょうが。
二人のリアクションは、特にその事を気にした様子はありませんでした。
逆に最初に喜望ビルにやって来た時にマナが門番さん……鶴林一太さんについた嘘。
地下シェルターにいて、食糧がなくなったからうんぬんかんぬんを信じ、よっし~さんとともに外に出るのっちゃん達に妙に納得していた風だったのがよく分かります。
恐らく門番の一太さんは、よっし~の立ち位置とともに、この場所も把握していたのでしょう。
もしかしたら、よっし~さんは普段からこの車を使ってパトロール的なものをしていたのかもしれません。
……などと思っていると、のっちゃんの分身としてファンタジー的な存在ながらも、車などの知識があるはずのルプレが、マナの頭上から飛び上がったかと思うと。
そろりそろりと警戒するみたいに、『サーティーン』と呼ばれた青い車に近づいていきました。
「……なぁ、よっし~さん。こいつって、あたしが言うのもなんだが、ファミリアってヤツなのか? 何だか気配のようなものを感じるんだけど」
そして、そう言いつつも恐る恐る屋根の上にある電波の線を掴んだり、青く光るボディをぺちぺちして反応を確かめていました。
「あら。さすが、分かるのね~。まだしっかり自我はないかもだけど、私のなけなしの力を込めて名付けたらね、ファミリアの卵とでも言うべきかしら。私も最近ようやく、わかるようになったのよ~」
同じファミリアかどうかは分かりませんが、ひたすらペチペチしながら度や顔をしているルプレに。
やっぱりファミリアだと分かるのかしらと、よっし~さんは感心した様子です。
ルプレに分かるのだから、同一にして姉妹にも等しい私……マインも、当然それに気づけたわけですが。
どこ無意識にも、役割分担している所があったのでしょう。
ルプレが表面的な部分をアピールしている一方で、マインは別のことに着目していました。
なんとはなしに、よっし~さんの卵という表現に違和感を持ったのです。
何と言えばいいのか、それこそ感覚的なものなのですが。
生まれたてでこれから親(この場合よっし~さんですかね)の愛情を受け、すくすく育て大きくなっていく……そんなイメージが沸かないのです。
どちらかと言うと、いつ消えてもおかしくないようなか細く幽き気配の印象を受けました。
それは、栄養も愛情も与えられていない……という意味ではなく。
よっし~さん自身がそれを育む事のできる力を十分に持っていない、という印象です。
「いいなー。このカブトムシさんの色違いのやつ、ずっと欲しかったんだよねぇ。……あ、えっと。わたしは助手席でいい?」
「ええ、どうぞ~」
「ほら、のっちゃんたちは後ろね」
「お、おう」
そんな中、無意識に運転席に行こうとして、はっとなって誤魔化すように、車の天井の所でごろごろくたくたし始めたルプレをとっ捕まえつつ、乗り込んでいくマナ。
そんな彼女に、のっちゃんもどこか気になる所があったようですが。
取り敢えずは同じように考え事をしてフラフラ飛んでいきそうだったマインを捕まえようとして、その実触れるのが初めてだと言う事に気づき手をわきわきさせて戸惑っている所で、マインもそんなのっちゃんに気づきました。
ならばと、改めましてとばかりにマインは、のっちゃんの人より水分の乏しいカサカサの手のひらの捕まり、車に乗る事にします。
「あ、おめっ。ちゃっかりずりいぞっ。……って、ナニをするっ、はなせぇーっ!」
「やーだよ。いっぺん膝にマスコット乗せてドライブしてみたかったんだから」
気づけばすっかり仲良しになっているらしいルプレが、マナの膝の上に抱き抱えられるようにして座っていました。
口では抵抗を前面に押し出してはいますが、恐らくはきっと中々の座り心地だったのでしょう。
逃げもせず、しっかり収まっているルプレに、マナも運転席に乗り込んだよっし~さんも楽しげな笑みをこぼしていて。
「それじゃ、出発するわよ~」
久しぶりの休日に、友達とドライブにでも行くかのような、今の状況を忘れてしまいそうな朗らかさで。
青い車は出発していくのでした……。
(第39話につづく)