第三十話:どうしようもない彼は嫉妬されても気づかない
「条件……とは?」
「もし、あなたたちの言う異世界へ渡る方法……この世界の結末とは違う世界線へと行けるのなら、わたしも連れていってほしいの」
願ったり叶ったり。
むしろそれが最大の目的であり望む所。
謎の水先案内人を自称するマナは内心でそうほくそ笑んでいたことでしょう。
嬉しさは多少顔に滲み出てはいましたが、目的達成に近づいたね、などとおくびにも出さずマナはそれに答えます。
「ええ、その結末まで付き合っていただけるのなら、もちろん。……それでいいでしょ。のっちゃん」
「ん? あ、ああ」
本当は、よっし~さんに対する交渉も、全てのっちゃんがやるべき事ではあるのですが。
のっちゃんにはそれよりも気になる事、聞きたい事があって、だけど聞くに聞けなくて上の空でした。
それはそう、この部屋の奥にある寝室のベッド……その下にある本来の家主が作ったであろう秘密の地下の存在です。
よっし~さんは、その部屋の存在を知っているのでしょうか?
のっちゃんとしては、彼女は知らないだろうと判断していました。
彼女はおそらく、本当にただここを借りているだけで、元の主の持ち物に手をつけていないだろう可能性が大きかったからです。
つまりは、地下へ導く同士に対するメモも発見できず、彼女達の前で一度目のように不躾に家探しする事もままなりません。
一度目は知らなかったからいいものの、女性の寝室に入り込むなどもっての他です。
当然、それらの事についてよっし~さんにのっちゃんがお伺いを立てられるはずもなく。
「それじゃあ、旅の準備をしますので、ちょっと待っていてください~」
「旅……ってことは、結構ここから遠いんです?」
「そうですねぇ。空を飛べなければ二日はかかるんじゃないでしょうか~」
「あ、あたしは人を乗せては飛べないからなっ」
七色透明の羽根をぱたぱたさせて強がるルプレに和み、まとまるその場の空気。
結局、よっし~さんが着替える事で部屋から出る事になったため、のっちゃんは今ループにおいて秘密の11階へ降りる事はできませんでした。
それが、早く帰りたいのっちゃんにしてみれば、随分と遠回りをする羽目になるなどとは、言いたい事も言えないのっちゃんの自業自得ではあるので、まぁ仕方のない事なのかもしれませんが……。
※
半刻置いての集合場所は、門番さん……鶴林一太のいる『喜望ビル』避難所入口です。
よっし~さんの準備を待つ間、長旅になるらしい準備を、マナ達も一階広場のバザーで行いつつ、これからについて話しあっていました。
「そう言えば最近ご無沙汰だけど、選択肢は出てないの?」
「ん? ああ。『蒙昧なる人の型の眠る場所、黒い太陽の落ちた場所。どっちに行くか』って選択肢は前っから出っぱなしだけど」
「ちょ、ちょっと。そう言う事はすぐに言いなさいよっ」
「だって、どうせどっちも選ばないんだろ? どっちかに引っかかりそうなら警告するし、いいだろ」
「これから向かう所だったらどうするのよ」
「まぁ、死にたくなければ引き返すしかないな。そうだろ、主……って、いねえ!」
元より存在感などあってないようなもので、当然そばにいるものと思っていたのっちゃんは、何故か門番さん……一太さんと話し込んでいました。
どうしようもない人見知りの引きこもりなプーさんなイメージのあるのっちゃんですが。
これでも一応れっきとした元社会人だったのです。
神様を名乗る老人であったり、いきなり好感度の振り切れている……扱いにくい女性であったり。
手のひらサイズの口悪い小悪魔妖精であったりして。
のっちゃんからしてみれば、出会う人物ほとんどがまともじゃない人ばかりであったので。
いかにもまともでフツー(モブ)な門番さんに、安心感を覚えてもおかしくありません。
「……」
「……ちっ」
途端眉が上がり眉間に皺が寄り、嫉妬丸出しの表情を浮かべている事に、マナもルプレもお互いに気づき、微妙な空気がその場に流れます。
「……そう言えばルプレ、セーブどうしよっか。このあたりで一つしちゃってもいいと思う?」
マナはその微妙な空気を払拭するみたいにそう呟きました。
「何を言うかと思えば、さっきしたばっかだろ。アレは特別措置だ。てゆーか、本来あたしには権限がねーのよ。それは主が決めることだかんな。……まぁでも、実はセーブっつのは裏コードなんだ。あんまりおすすめはできねぇな。一応冒険の書的なやつは三つあるけど、単純にセーブしどきを間違えると、取り返しがつかなくなる。ここに来るまで見事最初の中ボスはやっつけられたが、この状況が果たして正解なのか、分かりようがねぇからな」
ヘタを打つと戻れなくなるどころか、死に戻りループの繰り返しが起こる可能性がある。
それを聞いて身につまされたマナは思わず全身を震わせて。
「またまた、セーブの破棄っていう裏ワザもあるんでしょ?」
「……知らねーよ。ボケ」
大勢を考えれば一度目のセーブもすべきではなかったのか。
そんな後悔がマナに過ぎりましたが、それがほとんどマナのわがままであるとわかっていたので、ルプレはにべもありません。
「……なんだ、何かあったのか?」
「ううん。あ、うん。聞いてよのっちゃん。ルプレったら選択肢出てるの、黙ってたのよ」
「お、おいっ! なんでそっこーでバラしちゃうかな、このぶりぶりっ娘はっ」
「二回繰り返さないでよ、なんかきちゃなく聞こえるでしょ……って、別にぶりっ子じゃねーしっ」
ルプレが小さき人の型を取り、自由意思を持つ事になった結果。
実の所選択肢の出す出さないは、のっちゃんの手を離れルプレの裁量にかかるようになっていました。
最初に喜望ビルへやって来た時、災厄に襲われる前と同じ選択肢が出ていたのですが。
ルプレが口にした通り、どちらかの選択肢を選ぼうとすればわかるので、ギリギリまではいいかと黙っていたのです。
それは、選択されない現状が無意識下においてルプレにとってみれば自分の存在価値がないみたいで、いやだと思っていたためでした。
そのわがままを指摘される事となり、顔を真っ赤にして慌てるルプレは可愛らしく、ぶりっ子な自覚があるのかないのか、マナは敢えて蓮っ葉な言葉でそれを否定しようとルプレに手を伸ばし、捕まえんとしています。
何だかちょっと、二人が深刻そうに見えたので声をかけたのっちゃんでしたが。
そんな二人を見ていると気のせいだったのかと言う気にもなるでしょう。
死に戻る前の色々な意味でレベルの低かったのっちゃんならば。
聞いた事に答えろよとばかりに拗ねて、やっぱり話さなければよかったなんて思ったかもしれませんが。
今は心に多少なりとも余裕があるのか、かしましくも可愛らしい二人のやり取りを、生暖かく見守っていられるくらいには進歩したようです。
ルプレの、サイズはこの際置いておくとしても。
まさか今世……と言ってものっちゃんには自覚があまりないのですが。
冷静に考えても、前世では相手にされるはずもないステージにいる二人です。
それはよっし~さんにも言える事で。
これからしばらく行動を共にするようなので、一体どんな会話をするべきなのかと、のっちゃんは考え始めました。
故に、はっとなって質問に答えようとするマナの接近にも気づけません。
「んじゃどうする? 選択肢、ルプレに任せちゃうの?」
「うおわっ」
ルプレを頭に乗せた状態での下から覗き込むようなお決まりの上目遣い……何だか久しぶりな気がしなくもない、癖になっているらしいマナの急接近に、懲りないリアクションで飛び上がって後退ります。
そして、案の定。
その勢いのまま逃げ出そうとして……。
(第31話につづく)