第三話:どうしようもない彼の、初めての死に戻り(三七回目)
タン、と。
思った以上に小さく軽い音がして。
最初に飛んできたのは銃の弾丸でした。
なかなかの腕なのか、それは違わずのっちゃんの後頭部上方へ向かっていって……。
瞬間、辺りに断続的に響くのは甲高い鐘の音にも似た音。
弾丸に抉られた分だけ、派手に飛び散る星の屑。
キラキラの光も乱反射して、一層強く輝きます。
撃った相手は何らかの反撃をされた、なんて思ったかもしれません。
しかし能力を把握せず、生まれてこの方自らの星舞う様を見た事がないのっちゃんは。
痒みを覚えた程度のリアクションで、後頭部をかく仕種をしただけで。
変わらずあっちをふらふら、こっちをふらふら、正しく夢遊病者のごとく徘徊していて。
正しくその瞬間でした。
矢と炎の塊が飛んできたのは。
ザンっ!
「あちっ!?」
今度は、まるで発泡スチールでも貫くかのような軽い音。
のっちゃんが最初に理解したのは、背中に当たった熱さでした。
炎に溶けるように、ぼろぼろと背中から星を撒いていたのです。
だけどそれより先にのっちゃんの目に入ったのは、お腹から生える矢尻でした。
「……あ?」
目を見開き、呆けた声を上げ無意識のまま矢尻に触れるのっちゃん。
そのまま引っ張ろうとして、噴き出してくる色とりどりの星の屑。
もしかしたら、今目に見えているものはのっちゃんの能力による幻で。
のっちゃん自身が目の当たりにしているもの……血が噴き出す様こそが、本当だったのかもしれませんが。
「あ……あっ、ああああああああっ!!」
抜けばもっとひどいことになると分かったのでしょう。
のっちゃんは矢尻をそのままにして走り出します。
当然、矢の飛んできた方向とは反対側に。
ピロリン。
―――『鋼の矢を入手しました。後退しますか? 前進しますか?』
そんな、笑えない一文と選択肢。
のっちゃんは気づかないまま前進します。
そもそも、何故敵性だと勘違いしていたとは言え、ただ歩いているだけののっちゃんに攻撃をしかけたのか。
それはスキル【挑発』の効果は勿論、のっちゃんが何となく向かおうとしていた先に、攻撃してきた人々の住処が……彼らの家族の住む場所があったからです。
ある意味では、のっちゃんの選択はどこまでも正しかったわけなのですが。
矢が、銃弾が、炎が、氷が、風の刃が。
一目散にのっちゃんに向かって飛んできて。
それらがスローモーションに見えるくらい、終わりを悟ってしまったのっちゃんは。
その瞬間、何を思っていたのでしょう。
きっと、何故襲われたのかという理不尽より、なんて夢だ、なんて思っていたに違いありません。
爆発四散し、無数の星が流れ星となり、四方八方に舞う様は。
下手人達にはむしろ、夢幻を与えていたかもしれませんが……。
『―――対象をロストしました。認識できるセーブポイントにまで戻りますか?
はい いいえ 』
そして、その一文こそが。
『星を撒くもの(スターダスター・マイン)』と『現に戯れしもの(リアル・プレイヤー)』の真骨頂で。
基本、死は終わりであるのにも関わらず。
それを無かった事にするのっちゃんのちーと。
実際は、砕けても小さくなって『生きている』だけなのですが。
ほら、止まった世界の中、星が集まりどこかへ飛んでいきますよ。
早速追いかけてみましょう。
※ ※ ※
星の集まったものがやってきた……時間ごと巻き戻されたのは。
最初のセーブポイント、つまりのっちゃんが転生して、自覚も責任もないままに連れてこられた場所です。
ですから、のっちゃんにとってみれば時すら戻しスタート地点からやり直しになったなんて事、分かるはずもありません。
いきなり攻撃され、痛みはないものの身体がばらばらになる感覚を味わったのっちゃんの行動は一つでした。
「うゃあああぁっ!!」
思ったよりも早いダッシュ。
その先が安全かどうか、なんて考えません。
ただただ本能のままに駆け出してゆくのです。
留まるべきか、移動するべきか。
現れたウィンドウに表示された二択。
『移動するべき』の方は灰色がかって一度選んだ事を示しているのですが、のっちゃんは構わず突き進んでいきます。
のっちゃんの、異世界行脚の旅。
冒頭でその様を見たように、物語を進める気は全くなく。
主人公としての自覚もないので、物語におけるカットすべき部分が多いなんてものじゃないのです。
この後。
のっちゃんは走り出して銃撃され、粉々になって元の位置に戻されるといった一連の行動を。
さながらリピートしているかのごとく繰り返しました。
数えて37回。
意外と体力……と言うか精神力が見た目の数値よりもあるのだと感心していると。
それでも力尽きたのか38回目にしてようやく変化が訪れました。
細切れになって星撒いて、逆再生のように元に戻ってはスタート地点。
走りかけ、何もないのにつまづいて転んで……そのまま動かなくなったのです。
「うぅ~」
呻くも起き上がる気配はありません。
その様は、ぐずる赤ん坊のようで。
人によっては母性をくすぐられるかもしれないそれを遮ったのは。
再び現れる青いウィンドウでした。
どうやら、動かなかった事で今まで選ぶ事のなかった選択肢を選択する事になったようです。
実は、選択肢のどちらかを選ぶと死ぬと言った『リアル・プレイヤー』の外れ効果を知るためのチュートリアルだったのですが。
はたしてそれによりループが回避できたのか。
無事、お話を進める事ができるのか。
……なんて思っていると、蹲るのっちゃんの背中に人影が差しました。
始めの頃ならば、人の気配にびくっとなって、ほうほうの体で逃げ出すのっちゃんが見れた事でしょう。
しかし、心身ともに草臥れていたのっちゃんは、その人影がすぐ傍に来ても反応しませんでした。
どうにでもなれ的な心情と、致死性の攻撃を受けても死なないらしい自分に、ここに来てようやく気づいたのもあるのかもしれません。
変わらないのはただ一点。
夢なら早く醒めてくれ。
そんなのっちゃんの願いだけで……。
(第4話につづく)