第二十九話:どうしようもない彼はダイナマイトボディにびびる
「なんでぇっ!?」
瞬間、轟いたのは悲鳴に近い切羽詰まったのっちゃんの叫び声。
マナとルプレが顔を見合わせ、何があったと駆け出そうとするよりも早く。
災厄に追いかけられていた時が可愛く見えるくらい百面相なひどい顔をしたのっちゃんが、マナに正面衝突する勢いで突っ込んできました。
のっちゃんの感情の発露によっても【スターダスター・マイン】による崩れは生まれるのか、それを予告するかのように発光する星が溢れていなければ、お互いに痛い目にあっていたに違いありません。
「ばっちこーい!」
「じゃねーよ! くそがっ」
「きゃわうっ」
どこか嬉しそうに両手を広げようとするマナ。
それを横合いからその小さい足で足蹴にして、驚く事にマナを吹き飛ばすルプレ。
「うおぉっ」
「ぴぎゃっ!」
見事のっちゃんとルプレがごっつんこ、とはならず。
勢いあまってルプレを抱き込むようにしてぐるぐるごろごろと転がっていきます。
突き飛ばされ、ラッキーうんちゃらの恩賞に与れなかったマナが小さく舌打ちしていたのは、まぁここだけのご愛嬌という事にしておきましょうか。
「ええと~。どちらさま?」
と、そんな時でした。
どこまでも間延びした、だけど伺うような少女の声がしたのは。
お、もしかしなくてもこの世界の登場人物だろうかと顔を上げたマナが見たものは。
そりゃあのっちゃんが転がってくるわけだと納得せざるを得ない、肉感たっぷりむちむちナイスバディの、黒髪黒目ボブの少女でした。
ガウン風バスタオル一枚の艶姿から光る太ももと隠しきれない上乳が、マナですらドギマギを抑えきれなくて直視できないとはまさにこの事で。
「……すいません。ちょーっと着替えていただけると助かるんですけどもね、はい」
「あらあら、ごめんなさい~」
それが、この世界におけるヒロイン、よっし~さんとの二度目の出会いでした。
その時ばかりはのっちゃんばかりかマナでさえ、お互いが長い長い付き合いになることなど、予想だにしていなかったわけですが……。
※ ※ ※
一度目にこの場所……よっし~さんが寝泊りしている場所だとは露知らず……というより、置いてある家具もろともを見て、のっちゃんは男性の部屋だと思っていたわけですが。
申し訳なさそうに、あるいは怯えつつ案内されたソファの隅で縮こまっているのっちゃんを脇目に。
ルプレ&マナとよっし~は、お互いに自己紹介を済ませていました。
それは、一度目を知ることのないマナ達には分からない事でしたが。
より親密な、心開いたものだと言えたでしょう。
話の進まないのっちゃんが、恐縮して多くを語らずにいたせいもあるでしょうが。
【可愛いもの】、あるいは可愛い娘が好物なよっし~さんが、どこかで会った事のあるような気がしないでもないマナと、ジャンルとしては「こにく可愛い」ルプレがいた事が大きかったのでしょう。
「驚いたわね~。まだこんなに可愛いファミリアさんのいる能力者さんがいたなんて~」
ルプレなら驚いたのはこっちの方だこの恵体のんびり女が! くらい言いそうなものでしたが。
恐らくは本能で、目の前のぽややっとした少女が自分……ひいてはのっちゃんにとって色々な意味で危険な人物であると分かっていたのでしょう。
どこか退廃的ながらも獲物でも狙うかのような大きな黒曜石の瞳に耐えられず、のっちゃんから離れ(ここ重要)、マナの首元……うなじの辺りに張り付き隠れるようにして、警戒する猫のようによっし~さんの事を見やっています。
「ああ、一応わたしじゃなくて、のっちゃんのファミリア? なんですけどね」
お約束を外し、しっかりノックして声かけしたからよかったのか、折檻されなかっただけましなのですが。
その危険さ……やりあったらただではすまないだろうよっし~さんの実力を一回目と同じく感じ取っていたマナは、のっちゃんに負けず劣らずラッキースケベに遭遇してひどい目に遭う主人公のごとく、挙動不審を隠しもせずにそう答えます。
ファミリアとは、この世界の登場人物達が扱う特殊スキル、『曲法』の一つで。
使い魔のような存在を指すので、あながち外れてはいないのでしょう。
よっし~さんのほんわかした(だけど何だか怖い)視線が、改めてのっちゃんを向き、引っ張られるようにして背筋がぴんとなるのが分かります。
「ええと~。それで私に何か御用でも?」
「……あ、はいっ。本当はこちらの部屋に用があったんですが、あなたの部屋だとは知らず、すみません」
「部屋に? ああ、確かにここにはもともとわたしの部屋じゃなくて、借りてはいるんだけど~。この部屋の持ち主に何か用が?」
言葉面はあまり変わらないのに、前の持ち主と自ら口にした所で、警戒度と凄みが増したように思えました。
それに、あからさまに反応するマナとルプレでしたが、初めからビビり倒しているのっちゃんは、その変わり用に気づく事ができなかったようで。
「は、はい。ええと、その故郷に……あ、この世界からすると異世界なのか……帰る方法を知ってるとのことだったので、もう一度お伺いを……うどわっ」
そして、異世界へと帰る方法、などと口にした時が決定的でした。
マナもそんな話聞いてないと目を見開いていましたが。
鈍いのっちゃんでも分かるくらいの、殺気と呼ばれるような物理的な圧を感じるものがよっし~さんから生まれ、その場を支配し、思わずお得意の逃げ足を発動しようとします。
しかし、後ろにソファがあったから。
のっちゃんは深く座り込むに留まってしまって。
「異世界への帰還。あなたたちはその代償を知っていて、それを口にするの?」
「いや、知らないっす。だからに来たんだから」
「……その様子だとまっとうな方法じゃないみたいね。やっぱりのっちゃん、騙されたのよ」
マナ達を差し置いて帰ろうとしていた事は、のっちゃんならそうするだろうなって部分はあったのは確かで。
それよりも、マナ達が予定していた正規の方法以外に異世界への帰還方法があった事が意外でした。
「騙された、のかな。……あ、いや。すまん。おれ、一人で帰ろうとしてた」
「ショックだわぁ。泣いちゃうかも」
「……うっ」
そんなわけで、泣き真似するほどに気にしてはいなかったのでしょうが。
自らの過ちを認めてへこむだなんてらしくない事をするものだから、余計に調子に乗らんとするマナ。
傍から見ると甘ったるくて拍子の抜けるそれに、文字通りよっし~さんが殺気めいたものをどこかへ散らしていると。
その隙を、というわけではないのでしょうが。
ルプレが顔を半分隠したままよっし~さんを見据え言います。
「ふん。おーかたニエを必要とするとか、そんなんだろーよ。なめんじゃねえぞ。あたしともう二人いる相棒達のちからがあれば、異世界転移なんて、結構よゆーなんだからなっ」
そのぶん、その『力』を発動する素となる主人、のっちゃんの命が幾度となく代価として消えているなどとはお互いのために言わない方がいいのかもしれませんね。
そんな相棒を探すかのように忙しなくきょろきょろしてますが。
あいにく名付けを求められていませんので、出ていく事は叶いません。
「つまり、何かを犠牲にせず、あなたの力で異世界へ移動できる……と?」
「お、おうよ!」
「ちょっとルプレ。首元で偉そうなこと言わないでよ。最終的に目標を叶えたら移動出来るだけであって、今すぐ移動できるわけじゃないでしょ?」
「うっ……そりゃそうだけどよぅ」
他人を犠牲にしてまで自分の目標を達成しようとする。
そんな輩であるとのっちゃんが思われた事が、ルプレとしては我慢ならなかったのでしょう。
実際、そんな度胸がないことくらい、マナもよく分かっていたのでしょうが。
そんなあっさり異世界移動出来るのなら苦労はしないというか、のっちゃんがここに来た意味すらなくなってしまうのでしょう。
見た目と言動以上に主思いのルプレからすれば、意味なんてなくたって帰りたいというのっちゃんの望みを叶えてあげたいのが正直なところですが。
マナの言う通り無い袖は触れません。
ぐうの音も出ずに、完全にマナの首元に隠れてしまったルプレに、こそばゆいものを覚えつつマナは補足しました。
「ええと、その。ややこしいんだけど、つまりは結果だけは示せる能力を持ってるんだけど、そこに至るまでの過程が分からないっていうか、知る必要があるわけなんです。できれば、そのためのお知恵をよっし~さんにお借りしたいなぁ、なんて思ってるんですけども」
一度目と同じく異世界からの来訪者が、のっちゃん達が初めてではないこと。
この世界にタイムリミットが迫ってきている状況を摺り合わせた上でのマナの言葉。
「……時渡りの力を持つ天使がいたとされるお屋敷が、『信更安庭学園』と呼ばれる所にあったそうよ。
とりあえず、そこでよければ案内してもいいけれど……一つ条件があるわ」
マナやルプレは預かり知らぬ所ですが、一度目にはなかったはずの条件。
一度目は災厄に邪魔をされたのですから当然ではあるのですが、やはりルプレが余計なことを口にしたせいなのかもしれません。
ああでも、こちらによっし~さんが興味を持ってくれた事を考えると。
逆に進歩と言えるのかもしれませんが……。
(第30話につづく)